表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZEROミッシングリンクⅨ【9】ZERO MISSING LINK 9  作者: タイニ
第七十一章 青の狼
8/33

7 カノープス



ベイドゥは自身の子供に父親の身辺管理をさせた挙句、未成年でニューロス研究に関わらせた最悪の人間だった。



コーヒーを飲みながら、シャプレーはそんな母を思い出す。

シャプレーにとって母は、確かに仕事と研究の鬼のような人であった。冷静沈着で本心は分からない。父は飄々として掴めない。父方の曽祖父母、祖父母ですら、孫や子であるカノープスの扱いに困り果てていた。カノープスは()()()()()()()()が苦手なんだとそれしか言わない。


でも、二人は合わない同士のようで、とても似ていた気もする。



母が死んでからも今も、父の女癖はそのままだったが離婚も再婚もしなかった。今もしないとも言っている。褒められた生き方ではないが、世の中がどうあれ、何に執着してはならず、何を捨ててはいけないか分かっていたからだ。



父カノープスは今の世にあるほとんどは、あっという間に消えゆく物と知っていた。



栄光も誉れも全て過ぎ去る。自分の事業すら、血眼に求めたニューロスすら過ぎ去ってしまうということを知っている。





―――天は言う。


お前たちが思う世界と、私が最初に描いた世界は違う。

私の世界は、お前たちの作り見る世界を遥かにしのぎ、遥かに広大に輝く。


宇宙より大きく、龍の鱗よりも尊い。


けれど、重力の重さで誰もそれが見られない。

皆ひどく頭でっかちになって、何の重石でよろけているのかも気が付いていない―――




「残るのは命の小さな灯だけだよ。」

愚かな父がそう言う。


「それを灯そうとした、小さな小さな愛だけだ。」


一度だけ言ったのだ。シリウスが完成した後の初めての母の命日に。




他の誰かが聞いていたら、お前がそれを言うのか?と問い詰めるだろう。でも、突拍子がなく、つかみどころのない父の性格にしっくりくる気がした。



今の世にあるほとんどのものは、骨に付き過ぎた脂肪に似ている。さらにその上の皮膚の汚れを落とそうと、ある者はクレンザーでゴシゴシこすり皮膚まではぎ取り、ある者は合わない薬でさらに膿を作り、ある者は混ざり物のない自然の薬でこれが素晴らしいと塩を擦り込む。


けれど、どこにも真理はない。




天は広大な自然をも凌ぐ。


それは天の一部だから。



人も全てを凌ぐ、本来は天の最も尊い嫡子だから。



今あるこの世界とは全く違った世界を作り上げる英知を人は持っていたと、根本から忘れてしまったから。


人間も、その社会も、髄の髄が願っていた肉身とは全く違う体になっている。だから体が(きし)むのだ。設計図に合っていないから。




カノープスは愚かな男だったが、世界を見る目は全く人と違う眼識を持っていた。




「みな頭でっかちで大きなヘルメットを被っているが、お前の母は何も被っていない。母の目元はよく見え、目の光彩が眩しくて苦手だ」と。

世界にそうそういないのに、そういう者が多くて疲れるから、ニューロス分野の人間やカストルたちも嫌いだと言って、メカニック開発分野が任せられるようになると、違う事業を受け持ち他大陸に行ってしまった。







「社長、ギュグニー駐在の東アジアから、急の連絡が入りましたがよろしいでしょうか。」


窓の方を見ていたシャプレーに、シャシャオが伝えた。シャプレーは疑問に思う。一旦報告書を通すので、直接話が来るのは珍しい。


「なんだ?」

「こちらを。」

シャシャオがメールを表示する。


【社長個人に関わる話です。こちらでも一部の者しか知りません。お話しできる時に御連絡ください】


「………」

なんだと思い、シャシャオにも席を外させる。




「先ほど連絡を貰いました。シャプレーです。」

答えて驚く。

「………ファクトから?」


少し話して何のことかと思う。心星ファクトから連絡を受け、ギュグニーに社長へのメッセージがある言われた。何のことかと思う。ファクトはずっとアンタレスにいるし、心理層以外ではファクトはギュグニーに関わっていない。




けれど、その内容はあまりに想定外だった。

送られた画像の、紙に書かれたメッセージを直接見て驚く。


『こんにちは。ロワイラルです。』


そう始まった手紙の写真は、少し風化してとてもとても古い物にみえた。





***




そして、ベガス。



その数日後、片腕がないまま南海の事務局に歩いてきた少女にみんな固まってしまった。



「………?」

長袖で腕は隠れているものの、何かおかしい。元々ベガスは四肢がない人もそれなりにいるので、その違和感の正体にすぐ気が付いてしまう。

「………ウソだろ?」

「………」

声を出せない者もいる。



そう、このまままたしばらくどこかに雲隠れしようと思ったが、意識を取り戻したムギはもう開き直って普通に仕事や学校に現われたのだ。休んでなどいられない性格である。



実は先日までも大変であった。

『……ううぅ』

『もう、響、泣かないでってば。響のせいじゃないし。』

響は打撲や擦り傷切り傷で済んだが、倉鍵の病院でムギに面会した時あまりにもショックを受け、そのまま点滴を受けてしまった。

『私がムギにバングルをかざしてって言ったから!』

と、しばらくショック状態。


そして、先祖の形見であり、貴重な宝石の入ったカップリングのバングルを傷物にして行方不明にしてしまったため、ムギは動けるようになってからロディアに謝りに行った。


もちろんロディアも怒るどころか、何かあったとすぐ悟る。

そして腕がないことに気が付き、自分のせいだ、自分でシェルターに行かずにムギに行かせたせいだと次の日まで泣きはらしていた。ロディアは少しだけ当時の状況を聞いている。



もし見付かっても、どこかで他人の腕と共に血まみれになっているバングルなどもういらないであろう。寒いくらい涼しい地下だったが外はまだ暑い。腐っているのか、どうなのか。


申し訳なくて何かお返ししたくて、怒っているらしい龍家の人間にあのバングルはいくらくらいか聞いたら、ムギにはちょっと無理なお値段であった。埋め込まれている宝石は欠片のためにそれほど高くないが、有名な職人の物だったらしい。今度はムギがショックを受けるも、バングルを持ち出した本人が、バングルどころか腕も無くしてきたので龍家も何も言えない。


「でも、シェルターが開かなかったら、テミンもナックスも、ファイもイオニアも、もしかしたらみんな死んでいたかもしれないんだよ。響はよくやったよ。」

と響に言ったことを、ロディアにも言っておいた。響のせいではない。それに小回りの利く自分だから河漢のネズミのように動けたのだ。自分が行って正解だったと思っている。もっとうまい方法があったのかもしれない。けれど初めての艾葉の深層で、前後も分からない、たった半日で起きた出来事には、あれが自分では精いっぱいだった。


誰にというわけではないけれど、あの日救えなかった人にごめんなさいと思う。




ただ、これでガーナイトに求婚されていた件もなくなってしまっただろう。

カストルの願いに添えなかったことを申し訳なく思うも、次の道を歩むしかない。


まあ、悩むことが減ってスッキリしたと割りきる。






「……チビッ子……。お前、どうしたんだ……それ………」

「……ムギ……??」

そこに現るのは、四支誠に行く前のウヌクと出勤前のクルバトやラムダたちであった。


「………事故して挟んだ。」

「あああああ???!!!!」

「ええ??」

「人身事故???」

「大きな声出さないでよ。」

先、事務局で騒がれたのに、行く場所行く場所でこうである。この人たちには、触れないと言う選択肢はないのか。しかし、触れないという選択肢がなさ過ぎる事情にムギは気が付いていない。


「どこで!」

「……どこでもいいよ。ウヌクも運転は気を付けてね。」

「………」

ベガスでいつも思う事、絶対に違う。そもそもよっぽどの事故でなければムギが負傷することはなさそうだし、そんな事故聞いていない。もうこれは、ギュグニー前夜に何かあったのだろう。


「チビッ子……」

「近寄らないでっ。まだ、完全に塞がってないし時々痛いから。」

「………つうか、そんなんで学校行くなよ。静養していなくていいのか?」

と、いうところまで言ってみんな気が付く。ムギは手先や素早さが基本の人間だ。腕がないのにこの先どうなるのか。


「ムギ、……大丈夫なの……?」

「しょうがないよ。」

「チビッ子、勉強もできないのに、器用さも駆使できなくなったらどう生きていくんだ……」

「黙っててください。必要なら義体も無償でもらえるって。取り敢えずこれでいくけど。」

心配されているのか何なのかよく分からないが、顔だけ見ているとみんなムギより辛そうな顔をしている。どこからかすすり泣きまで聞こえてきた。



あの日、ウヌクはテミンたちを待ったまま、艾葉から運ばれてくる避難民に対応していた。想像以上の人間が艾葉周辺に残っていたのだ。別の地区も南海の青年やアーツが動員され、大きな治療の必要ない人々の整理にあたる。他、移動命令に従わなかったような気の強い河漢の商売人などは、一般職員には対応が無理。アーツや特警、軍が動いた。

どこも大騒ぎだったのだ。




「………ムギ……」

そこに今度は同じく病み上がりのファクトが現われた。


「あ、おはよ。」

しばらくムギを見て、ファクトは無反応な顔で静かに聞く。

「………おはよう。………大丈夫?」

「どうにかね。」

「………そっか……」

ファクトが無言で驚いたのは、もうムギが日常生活に戻ろうとしていたことだ。完全に傷が癒え、周りにどう対応するかエリスたちとあれこれ話し合うまで帰ってこないと思っていた。



みんな、いつもの如くファクトも現場にいたのかなと思いつつ、何も聞かない。多分そうであろう。ムギもそれ以上事故には触れないが、ファクトの両手を見てしまう。


ファクトも服である程度隠してはいるが、手の周りと首周りを特殊湿潤シートで治療していた。


みんな本当にため息しかない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ