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ZEROミッシングリンクⅨ【9】ZERO MISSING LINK 9  作者: タイニ
第七十一章 青の狼
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6 引継ぎ


※性に関すること、不貞など不快になるような表現があります。苦手な方はお気を付けください。



そんな孤独なベイドゥは、それでも美しい女性であった。



誰もが言う美人ではないが、背が高く、モデルか何かの選手のようにのように引き締まった肉体を持ち、放っている空気が他とは違う。


なので、もちろん孤独なベイドゥに寄り添おうとする男性たちもたくさんいたのだ。そしてこんな場所だから、それなりの男たちも集まって来る。中には、非常に誠実に思える者たちもいた。


「ベイドゥ、私と一緒になろう。こんな空しい生活は終わりにできる。」

「夫にここまでされて、それでいいのか?」

「まずはカノープス家を出るんだ。」


それでも絶対に首肯しない。




一時期は夫好みの女になろうと強い巻き毛をストレートやカールにし、化粧や物腰も変え様々に努力もしたが、数年して虚しさにそれもやめた。嫌いでもないが、好きでもない夫のために、これだけ自分を変えても振り向きもされない。


怒りもあったが、虚しさが勝った。

何度も無気力と高揚を繰り返す心。



絶望。


でも、あきらめるにはまだあふれるエネルギーが許さない。

その中で身もだえする体。


まだあきらめない男たちもいたが、全てに蓋をする。



何よりも、北斗自身が愛されたかったのに。


いつか夫と歩けるかもしれない庭園を造り、SR社の事業を内々に学び、ほぼ在宅で様々な修士も得、ベイドゥは日々を過ごす。




しかしある日、事件が起こった。

カノープスが連れ歩いている女の住民証明の写真が、一時期まで別の人間だったのだ。過去が入れ替わっている。この時代、顔写真は立体で残されるのだが、後頭部の長さも違う。そして、脈も指紋も違う。過去データそのものもすり替えられていた。女には事故歴も整形歴もないが、顔には特徴的なメスの痕が確実に入っていることも分かった。美容ではなく顔を変えるための整形。データも本人の顔も霊視も途中から全てが違い特定できず、入国ルートも分からない。その女自身も自分の本当の経歴を知らなかった。


途中まではごまかせても、継ぎはぎだらけだったのだ。



これまでの女たちも素性がおかしい者はいたが、ベイドゥがカノープスの部下に報告書を出し、間接的に説得すればそれらの女たちを避けてはくれた。


けれど、よほど馬が合ったのか。



しばらくカノープスはその女を離さず、機密であるはずのその話もどこからかユラスの親族に伝わり、両者はさらに険悪な状態になってしまった。




***




カストルは目の前の強き女性に頭を抱えた。



「北斗、しばらく休むんだ。カノープス家を少し出た方がいい。」

「どこに?ユラスに?ユラスに帰ったら一生、国から出られないでしょうね。」

皮肉っぽくベイドゥは言うも、周りにいる牧師たちも心配気な顔で様子で見守る。


「それに私はもう北斗ではありません。」

「すまない……。ただ、あまりにも君に負担が掛かっている。少し療養が必要だ。」


霊性が高かったベイドゥは、アジアラインや北に関わる全てに過敏に反応していた。周囲には夫の女の管理人と言われ、さらに嫉妬の塊とも言われる。夫人たちだけの小さな世界でも、敬遠されるようになった。方々(ほうぼう)で、カノープスにも掛け合っているが、手ごたえはなかった。


「それに今の状況は君のためにも……子供のためにもならない………」

「あなた方が私に最初の話を持ち掛けたのに、今になって私に引けと言うのですか!」

「そうでない!ただ、あなたの身が心配なんだ。」

「……今更?」


ひどいクマとやつれ具合のベイドゥを、カストルの妻デネブが心配し、そっと肩に手を寄せた。この結婚は正道教関係なく進められたが、北斗の人となりを見てこれからの計画を話し、周囲にもアジアでよく暮らしていけるよう仲介をしたのはカストルたちだ。


「今は愛人の話だけでなく、ニューロスや北勢のこともあります。」

もう北斗は止まれなかった。



「………北斗……」

目の前で苦しそうな顔をするカストルと、自身の横で肩を支える妻であるデネブ。



カストルを見ると胸が少し高鳴り、そして痛む。



「………」

北斗は羨ましかった。


この人たちもあまりにも多忙で、お互いそれぞれ出張も多い。数年会えなかった時代もあるらしい。それでも夫婦で支え合っていける。離れていても、一緒にいても。


そしてカストルのような、話ができる夫が羨ましかった。

高等教育を受けた夫や母親でさえ理解できない話を既に解し、かつ知ろうとし、きちんと話し合ってくれる。相手を対等に考え、共に熟考してくれる。


会えば気遣いもしてくれる。


夫と共に作り上げ、子供にもいつか継いであげることのできると思っていた何もかもが、自分にはない。



自分は一体ここで何をしているのだろう。

でも、今、自分の位置を空席にはできない。




「北斗……少しみんなと温泉や乗馬など静養に行きましょう。」

そう言うデネブを少しだけ見て、北斗は横に首を振る。アンタレスの正道教中央部は現在廃墟やスラムのことで二つに分かれ、あまりいい雰囲気ではない。


デネブのように公平な天秤を持つ者は、泥をかぶるような仕事があちこちもあり、ゆっくり過ごすことなどできないであろう。それに恋焦がれるように羨ましいと思っていた心を知られたら、あまりにも恥ずかしく、苦しく、そして自分を支えてくれるデネブに申し訳ないと思った。


北斗自身もまだアンタレスの誰かに心が開けるほど、ここで解放されてはいなかったのだ。


親族たちと起こしたような揉め事はもう嫌だった。





「北斗、一つ聞いてもいいか?」

横で聞いていた仏僧が最後に質問をした。


「……はい。」


「カノープスの避妊は、医学的投薬もしていないし、性機能を切除しているわけはない。それに寝ている間に何をされるか分からないからない。子供を持ってしまう可能性もある。」

「………っ?」

北斗は虚を突かれたような顔をし、周りもいいのか?と反応する。


ベイドゥが夫の庶子を拒むのは、もちろん当たり前の倫理からでもあるが、カノープス家やSR社を独裁や人本主義国家に持っていかれないようにするためだ。庶子でも血統は血統。時に庶子の方が歴史に選ばれる可能性もある。


「……その場合どうするのかね。」

「……」

答えず黙ってしまう。


もうやめようと周りが言おうとした時だ。



北斗は、うつむいたまま答える。


「……カノープス家の根幹に関わらないなら、必要な生活費も養育費も払いますし、遺産の相続も受け入れるしかありません……」


けれど、しばらくしてすすり泣きが聴こえた。


「……それでも夫がこの家に受け入れると言ったら……シャプレーと同じように私が育るか、実母が嫌がれば、そっと見ていてあげます……」


「………」

誰もが黙る。



ユラス人の多くは、幼い子供を見捨てるなんてできない民族だった。

誰もが寛容で、誰もがまともでもなかったが、そうやって何千年も生きてきた民だ。


そして、女のいがみ合いが民族を分けたことも知っている。



人前で初めて流した北斗の涙は、歪んだ世界ですら、崩れていく砂の城ですら、必死になって囲って集めて雨風を防ぐ寝床にしてあげ、誰ももれることなくミルク匙をあげたい、そんな涙だった。



北斗は聖典に示された、本来あるべき人間の姿を知っていたから、たとえ愚かな人間であろうと、一人もあきらめきれない。


その糸を千年掛けてでも、どうにか繋げて天に返したかった。


命を持った全てが、神の手に刻まれた、たった一つの存在だから。





***




世の中にあまり知られていないカノープス夫人は、すっかり周囲の信頼を失った頃に、また極端な奇行を始めた。



まだ子供のシャプレーに、自分の仕事を任せることにしたのだ。


息子は既にいくつかのグループや支社を経験し、SR社の他業種でも身分を隠して働いている。工場から営業、取引先から子会社とのやり取り。カノープスは息子を小売の店頭にも出した。同時に医大や工学部にも出入りし、研究者たちの助手を経て、ラボにも同行する。

中学三年の頃には、体格のいい両親に似て、背丈も周りを越していく。


言葉少なく、子供時代を飛ばして成熟してしまったような息子は、マギマス以外で北斗のたった一人の横にいる理解者だった。


あまりに聞き分けがよく、北斗ですら怖いくらいであったが、北斗の勘はこの子は父や自分より大きな業が成せ、真っ直ぐに揺らぐことなく聖典歴史を歩むだろうと予感させていた。



なので、自分だけでは限界が来るだろうことも、子供に引き継ごうとしたのだ。



夫やシャプレー自身の周りに着く人間の調査と管理。

つまり、部下だけでなく、父親の愛人関係も知っておけということだ。



そんな行動がどこかで知られ、それはあまりにひどいと、周囲だけでなく正道教やいくつかの僧からも反発を受けたが、北斗には余裕がなかった。ニューロス研究にも本格的に世界歴史の軌道に乗り出し、夫だけ見ている訳にもいかなくなったからだ。

そして、たびたびの体の不調も感じていた。



夫は憎むべき存在というよりは、顔だけ知る他人のようになっていた。心の底の全ての期待までは捨てきれなかったが、会えないのでどうしようもない。


夫は対外活動以外は自分の好きにはさせてくれる。彼がこれまでひどく怒ったのは、北斗の親族の暴挙の時だけだ。事業経営には関われないが、お金も好きなだけくれたし、カノープス家の名でする事業支援や寄付活動はどんなに使っても何も咎めなかった。


時々敷地で顔を合わせると、戸惑ったように目を合わせるも、嫌がっているふうではなかった。どちらかというと、

ああ、うちの嫁だったか?

という感じで、倉庫に入れてすっかり忘れていた物でも見るような顔をした。息子のことで顔を合わせるようになると、周りの従業員と同じような対応をされた。



一見、人のいい父親だが、内情を知る者は夫の妻への扱いに、今度は息子を心配した。



しかし、周囲の心配をよそに、息子は反抗期を迎えることもなく、反対意見を言っても怒ることもなく、異様な家族関係の中でも良識を損なうこともなく、胸の内はどうであれ、非常に淡々とし冷静な男に育っていった。



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