表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZEROミッシングリンクⅨ【9】ZERO MISSING LINK 9  作者: タイニ
第七十一章 青の狼
5/33

4 自分以外は



「ファクト、元気か?」

「お、リゲル!!リゲルはよく死ななかったな!」

桜スキンヘッドのリゲルが病室に顔を出す。


「死んでたまるかよ。お前こそよく死ななかったな。」

「まーね。」

「でも、死者ゼロじゃないからな。重傷重体の人もいるし。」

「え……、そうなの?」

ちょっと固まる。


「まあ仕方ない場合もある。何度も何度もに艾葉立ち退きを要請しても逃げて、軍まで出したのに居残るからだな。ヒムやシドーたちは大丈夫だったらしい。ナックスのばあちゃんと伯父もどうにか避難したよ。というか、ばあちゃんに関してはそれでも揉めて強制だったらしい。」

「………」

ヒムとシドーは河漢民のアーツメンバーである。


「そんであそこ、会館あるだろ?そんで、ばあちゃん含め大変な人たちの一部を、仮設地域35地区に入れたんだけど、お互い相当不満らしい。」

タウをとことん(おとし)めた35地区だ。


「…………ふーん。いいんじゃない。あの人たち、河漢民の福祉向上を訴えてたし、河漢民同士お互い助け合ったらいいよ。」

「でも、ランスアさん言うには、人が足りないからベガスからもっと派遣してほしいって言ってるって。河漢行政に言えばいいのにな。」

「………すごいね。」

絶対に行きたくない。なぜ、河漢民が増えたのにベガスの人間を要請するのだ。自分たちで補え合えばいいのに。

彼らは、艾葉民と我々は違うと大声で言っているらしい。ならこちらは、ベガスと河漢は違うと言いたいのだが。所詮みなアンタレス市民である。



「あとこれ。ソラやライたちからお見舞い。」

「おおおーー!!!天才!!!」

肉々しい鶏肉の甘辛ソースが入っている。


頂きますとおいしそうに食べているファクトに、リゲルは聴いてみる。

「あといいか?まだ話があるんだけど……」

「ん?何でもいいけど、リゲルも食べてよ。」


しかしリゲルはチキンに手を付けず、ドアの方を向いて人を呼んだ。

「おい、入って来いよ。」


「……?」


そして、申し訳なさそうに現れた人物に思わず目が点になる。


「ラス?」

「………ああ、ファクト大丈夫か?」


「おおおーーーーー!!!!

ラス!うまいぞ。食え!!」


「………」

テンションが高くなるファクトと反対に気まずそうなラスは、それでも相変わらずなファクトにため息をついた。

「………はぁ……」


「ラス、こっちに座れ。」

「………」

リゲルが言ってもドアの近くで立っている。

「ラス、食ってよ。女の子の奢りだよ。ちょっとうれしくない?」

ラスはしょうがないようにファクトの前に出て、それから覚悟を決めた。


「……ラス?」

「ごめん!」


「え?」

「ファクト、ごめん!!」

「………え?」


「あ、えっと……その……。リゲルもごめん。

………ごめんなさい…。悪かった。」

「…………」

どうしていいのか分からないファクト。世の中、謝らない人間の方が多いので、謝られると困る。



「あ、いや、俺もさ、ラスに言わなかったこともたくさんあるし。」

「………その後も話合いに来てくれたのに、聞かなかったから……」

「俺も、聞きたくない話からは逃げるけどね。そんでチコに怒られるんだけど、チコもあれこれ逃げてるし、みんなそういうのはあるよ…。」


「……でも俺は……、

多分ファクトに嫉妬して、自分の凡庸さにイラついていたんだと思う………」


「………。」

リゲルは何も言わない。でもこれが、人に言うには勇気のいるセリフということだけは分かる。



簡単なことなのに、とても難しいことだ。


それこそ、ユラスが改宗したほどに、ギュグニーがひっくり返ったほどに。




「…………」

ラスはうつむいたままだ。


「嫉妬??あ、……ああ、とーちゃんかーちゃんがあれだと、生まれた時からいろいろ特典付いてくるからね。でも俺は、ラスやリゲルの家が羨ましかったし……」

「………」

いつも家に帰れば小うるさい家族がいて、イベントがあれば連れて行ってくれ、夏はキャンプや花火、遅くまでみんなと歩ける、いつもと違う夜道。とくに小学校中学年までは、子供の力だけではできない体験をさせてくれるのが本当に楽しかった。そして圧迫もない。



彼らの親がいなかったら、火がパチパチと手元で世界を作る手持ち花火なんて知らないままだっただろう。小さなファクトは、そんなささやかな神秘が好きだった。


目の前で作ってくれる、かき氷やタコ焼きやお好み焼きも不思議で。兄弟がいなかった自分には、特別に見えたリゲルの従兄のジャミナイ。だからラスやリゲルの家に泊まりに行く時は、自分にも兄弟ができた気がしてうれしかった。



そしてファクトは続ける。

「それに……最近、物を受け継ぐことは負債もたくさん請け負うって分かったよ………」

元々十四光の世話にはなるまいと思ってはいたが、やけにアンドロイドに好かれて、結果こんなんだ。せっかく武具を習ったのに今後、銃は握れるのか。


神学の講義で習ったことだが、人は生まれや個々人によって、それぞれ背負えるものがある程度決まっているらしい。孝徳の霊線がどう流れているかだ。なので、親の遺産を受け継いでもうまくやっていける者と、そこで身を亡ぼす者が分かれてくるのだ。自分の身に余る財産は、手放した方がいい場合もある。けれど、どうしてもそれを背負っていくならば、一つの覚悟と万物を負えるだけの世界性を身に付けていかなければならない。


どういうことかと言えば、その才能や財産を個人に留めずに、父や母のように世界のために流していくのだ。無い物には真摯に向き合って。



自分が金塊にでもなった立場で考えてみればいい。金にがめつい人間の手元にいれば、サッサと外に出ていきたくなるだろう。


小さな電子が延々と動いて、他物体との関係性を持ちながら形を保っているように、万象は循環が止まれば滅びていく。個人の私欲の(もと)に留まりたい万物もいない。


自分の力量も、背負う財産の重さも分からないならば、謙虚に学ぶしかない。




「ファクト……」

「あ。まあ、ラスにいろいろ言われた時は、俺もちょっと頭にきたこともあったよ。」

自分の気持ちにしこりを残さないためにも、ラスとまた同じことを繰り返さないためにも、自分の詰まっている思いも言っておく。きっとずっと付き合っていくから、あんな風に気を揉む仲でありたくない。


「それに、もっとすごい、話の出来ない人たちもいっぱい見てきたから……」

35地区とか……35地区とか、35地区とか……。


相当35地区が苦手なファクトである。実はファクトも35地区のおじさんに絡まれたことがあるのだ。アーツの末っ子チームで、話し掛けられやすい分とことん苦労してしまった。



「それに、他の人にもお前はムカつくとかよく言われるから、まあラスもそういうことはあるよ。」

けっこういろんな人にムカつくと言われる。正直、サルガスやタウやタラゼドみたいに、誰もが何かしら敬意の一線を置く、もう少しクールな見た目か人格でありたかった。でも、社会に出たらいつか自分も少しはそんな大人になれるんだと、まだ勘違いしているファクトである。

元々の性質もあるが、大きくなっても自動で立派なサラリーマンや夫になれないように、学ぼうとしなければ、変わろうと謙虚にならなければ、何もなければ力量も性格も基本そのままである。




そこに、また鬱陶しく現れるのはラムダ。


「ファクトーー!!ソラ、野菜買っていかなかったからサラダ持って来た!

キファも来なよー。キファ、外で待ってるんだよ?入ればいいのにね。」

ラムダは陽キャと二人っきりは無理だけれど、みんながいれば声は掛けられる。


「え?」

「っ…………」

ファクトと共に、実は泣き顔になってしまったラスも振り向いた。


「あ、え?お取込み中だった?ごめんっ。」

「いいよ。ラムダも入れよ。」

サラダだけおいて去ろうとするも今度はキファが止める。キファはラムダより先に病室に入り、ドスっとテーブルに差し入れのドリンクを置いて、ドスっと遠慮なく椅子に座った。


いきなり不愛想で怖そうなキファ。

何か空気が気まずい。


「え、でも大事な話だったら悪いし……」

「いいんだよ。ファクトとリゲルの友達だろ?」

「……でも」

泣いてるし……とラムダが言いたくても、キファは自分の持って来たドリンクを出して自分で飲みだす。


「大方、ベガスに来たら自分がいたファクトの横ポジションに、自分と似たような天然が収まってるから、ムカついてたんじゃないか?」

「……は?」

キファ以外みんな意味が分からなくて、ラスとラムダを交互に見る。全然違うタイプなのに、そういえば背丈と少しくりくりした目、雰囲気は似ている。


「……あ、ほんとだ。俺、ベガスの人間にも嫉妬してたのかな。」

ラスがぼやいてしまう。こうなったらもう全部言ってしまうしかない。


「……多分みんな嫌いでみんな羨ましかったんだ。」

「えええっーー??!!!」

ファクトとラムダで驚いてしまう。


認めるのは子供っぽくて嫌だったけれど、よくよく内心を見ればそんな感じだ。小さな嫉妬。

そして大人な人とは、ただうまく人生を歩いているというだけではないんだなとも思う。自分の弱さを認められるだけでなく、その上で他人にも時に頼り、時に不得手なことをさらけ出せる。



横からキファがもう一言。

「安心しろ。俺は一緒に仕事をしながらも、イオニアもタラゼドもウヌクも石籠(いづら)もシグマもローもチコさんもサルガスもファクトもラムダも全員嫌いだ。タラゼドに対しては、嫉妬しかないことを認めよう……」

なぜか賢者である。


「え?あ、はい……」

ラスは、それ以外何を答えていいのか分からない。チコ以外誰だか知らんが。目の前のこの人も知らない。


ちなみにキファは、ローには蹴られているし、サルガスとシグマはもっと仕事しろとうるさく言われている。ファクトとラムダは響の真の弟ポジションに収まって、未だ気軽に食事やお茶をしているので気に食わない。


「リーオも嫌いだったが、今は奴に同情する……」

ラスは思う。それも誰だ。




ふと息をつく。


ラスは、突然来てファクトの将来を全部持って行ってしまったようなチコが嫌いだった。


ファクトのことも好きで、嫌いだった。

多分自分が一番醜かったんだと思う。子供の頃に描いていた未来と違い、思い通りにならない世界も不安で嫌いだった。自分の持つ世界が一番大きく寛容で理性的だと思っていたから、それ以外の多くは許せなかった。根の部分では違うと知っていたのに。


そんな中、自分が自分のことしか考えてない中で、

あのチコという人は、同じアンタレス生きながら、全然違う世界を見ていた。


人に対しても自分に対しても、ラスが見る世界と違うものを持っていた。




でも幼馴染三人が久しぶりに揃う。


まだ、涙腺が止まらなくて、「ううぅ」「ごめん」「いいよ」と、小学生みたいな会話になってしまう。キファは何も言わずにクスリとも笑わずに、そのみっともない風景を見ていた。


とても子供っぽくって情けなかったけれど、こんな機会はないし、今、みっともなくても、そうでもしないと元のように戻れなかった。



少なくともみんな違う人生を選んだ。


でも子供の時とは違いながらも、今度はさらに新しい世界を持って、違う展望もお互い眺め合いながら、また三人で会えるような気がする。



もう少し、新しい奴らも加わって。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ