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ZEROミッシングリンクⅨ【9】ZERO MISSING LINK 9  作者: タイニ
第七十一章 青の狼
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3 痛いよ 



ファクトが退院して驚いたのは、ムギだけでなくファイもまだ入院していたことだ。

ファイは南斗の総合病院にいた。


しかも、目覚めたのはファクトの後。

普通の治療をしていたら一生消えないやけどの跡が残るらしい。ファイは当時プロテクターを装着しており、衝撃や飛んだ埃や破片には耐えられたものの、それ故にメットや帷子(かたびら)形状の隙間に入り込んだ熱がすぐに消えなかったのだ。耐熱性を持ち通気性がよかった分、肌の中で少し燻ってしまった。



「ううぅ、痛いよ……痛い……」

鎮痛剤が効いているはずだが、精神的なものも含んでいるのだろう。人体気持ち悪い、胸を押す応急処置なんてできない、骨格や筋肉の解説図を見るだけでも気持ち悪い、怖い怖いと言っていたのにかわいそうだ。当時は髪や皮膚の焦げた匂いもし意識のあった時間はショックであったことだろう。比較的後部だったのがせめてもの救いだ。自分では見えない。



「首の皮膚がおかしなまま固まってしまう前にできる、いくつかの治療法があります。頭皮部分はどうしても痕が残ってしまうかもしれませんが、髪の毛で隠せるようにはどうにかしたいと思っています。」

まだ微熱があるものの、ソアとサラサが連れ添って医師の説明を聞く。


そのまま一般的な治療なら皮膚は速く塞がるが、火傷の深さによってケロイドが残る。溶解治療という一旦表面をゼロにして細胞の能力に合わせて皮膚を再形成する治療もあるが、ジュクジュクしている期間が長く体質や位置によってはうまくいかない場合もある。他にもいくつか選択があるものの、ベッドで無反応なファイの背中をイータが軽く擦る。



ベガスも大房も男気質で傷だらけの者が多いが、ファイは一般的なアンタレス女性。しかも吊り橋を叩いて渡るレベルの繊細さで、美容や皮膚管理には非常にこだわるタイプだ。普段はカジュアルスポーツスタイルで大して身なりにこだわっていないようでも、頭のアホ毛一つ見逃さずサラサラストレートボブをキープしていた。


喪失感もすごいであろう。




「柄にも合わず人助けするからだぞ。」


なのに、先生が去った病室でそんなことを言うのはタラゼドである。サラサは先に戻り、ソアはまだ一緒にいる。

「………」

一応褒め部分なのだが、それとこれとは別である。それでも、小さなナックスが大きな怪我もしなかったのだから、もう自分の行動を誇るしかないだろと慰めてはいるのだ。ただ、今言うセリフでもないので遠回しに励ましたつもりだ。


「……」

患部に触れないように横向きに寝たまま、ファイは何も言わない。

「ファイ………」





「ファイ!入るぞ!」

そこに、KYな感じで配慮なく入って来たのはチコであった。昨日はあまりに忙しく来れなかったので、今自分の治療のついでに寄ったらしい。ついでと言っても病院も区も違うが。


「チコさん!」

ソアが慌てて迎える。

「……ファイ、大丈夫なのか?」

「………」

布団を被って目も上げない。


しかし、チコの突入にさらに驚いたのはソアとタラゼドたちの方だった。

大きなマスクをしている上に、目の周りも隠すように何かバンドなど貼っていた。しかもチラッと見える皮膚がどす黒い色をしている………どころか覆っても分かるくらい腫れている。ソライカに往復ビンタを食らった時の比ではない。どう考えてもおかしい。


「チコさん……どうしたんですか?バンド!」

ソアは思わず椅子から立ち上がってしまう。ファイも反応するが、布団にもぐったままだ。

「……あ、これ?こけた。」


絶対違うと思う二人。

崖から落ちるくらいしなければ、あんな青タンできるわけがない。


「ファイはどうなんだ?」

「チコさんこそ、大丈夫ですか?」

「何が?」

「あの、顔……」

「滑ってこけただけだから。」

「………」


「………起きてるのか?ファイ。」

チコは背中を向けているので触ろうとするも、肩付近まで治療してあるので、空で手を止める。

「………ファイ……」


「……チコさん……」

それでも、ファイはやっと顔を持ち上げた。

「あぁっ……」

鋭い痛みが走る。

「ファイ、そのままで!」

ベッドを回って反対側に行き、マスクをもう少し上げて顔を隠しファイに話しかけた。


「……ファイ。よくここまで頑張った……。しばらくは安静にしていてくれ。

………それから、申し訳なかった。………取り返しのつかないことをしたと思っている…………」

チコも少し力ない。


「………でも、テミンもナックスも、それからファクトの友人も無事だった。みんな退院している。ありがとう。」

堪らない気持ちになるも、子供の話をされたら何も言えない。


「……リアーズは?」

「リアーズ?」

「篠崎さん。」

「……ああ。まだ聞いてないな……」


「…………チコさん……」

「……ん?」

ファイは痛いのが怖くて縮みながら布団から手を出した。


チコは、一般的に自分は相当心配される顔をしているのだと気が付き、少し身を引いてしまう。有事や戦火では顔が吹き飛んでいることも珍しくないので、平和な地での振る舞いを時々忘れてしまう。



なので、少しだけ遠慮しながらファイを見る。

「……チコさん、顔を……」

ファイがそっと手を出すので、チコが手に顔を寄せた。

「……ひどい顔……」

「はは。」


そして、ファイが消えそうな声で静かに呟く。

「………大丈夫。………前にチコさんが祈っててくれたから、今度は私が祈っててあげる……」


「ファイ………」

少しかすり傷のあるファイの手をチコが握る。


「……チコさんのことだから、ファイも大したことない!って言うと思ってた……」

「……そんなわけないだろ。ファイの中で私はどこまで外道なんだ……」

チコはそっと顔を寄せる。肌には触れないがくすぐったい。



「チコ様、お時間です。」

ドアをノックして開けた護衛が時間を告げる。

「分かった。すまん、ファイ。もう行く。よく休めよ。」


そう言って立ち上がるので、チソアとタラゼドもチコを見送った。






なお、あの地震から深い地下にいたチコたちがどうやって助かったかと言えば、さらに下層にあった正に地下組織ならぬ、地下研究所に避難していたのだ。研究室とも言い、ギュグニーのアジトとも言える場所。


そこも一部区域が、『前村工機』ほどではないが頑丈なシェルターの造りになっていた。空調も電気もその地下施設のために整えられていたのだ。これらがこれまで隠れていられたのは、インフラなどのデータ改ざんもあったが、通常の電波が届いていない、不動の『前村工機』の尻尾に紛れていたからだった。


既に東アジアも情報を掴んでいたが、錯乱させられれいたし、証拠を確実にするために極秘になっていた。その後、壊れていない脱出路をいくつか探索し、順に外に出た。



しかし、地下には東アジアを裏切った渡長博士もミクライ博士もいなかった。そもそもミクライはギュグニー現地で拘束されている。




***




そしてベガス。



もう退院してもいいのにと思ったが、ファクトのいる場所は何と言ってもベガス総合病院。好きなだけ入院してもいいらしい。


皮膚の引きつりが治るのかは分からないが、無理をしそうなので大人しく病院にいるように言われてしまった。ウォーキングマシンは使ってもよいが、胸部より上に関わるものはだめ。走るのもだめ。少しでも疲れや熱が出たらすぐに休むように言われ、結果すぐに手にまで痛みが出たので、病室で大人しくニュースを見ていた。



なにせ世界の一大転換点に遭遇したのだ。


後に名前が付いて。教科書に載るレベルの大事変である。

ついでにその内、あれこれドキュメンタリー番組にされそうだ。昔の人が、「あの国は昔名前が違ったんだ」とか、「分離して名前が分かれたんだ」とか、「統一されたんだ」とか、「お前ら世代は知らんのか」とかよく言うが、きっと自分も子供たちにそういうことを言うのだろう。


そういう出来事だ。




統一政権でもない閉ざされた複数主権、複数政権の国。何があるのかすら分からない。


ギュグニーからは何が出てきたのだろうか。



間に西アジアを挟んでいるのでアンタレスは少し遠い。一般の人は無関心だったり興味深々だったりと好き勝手思えるが、ファクトにとっては宇宙の人たちがいた場所だ。



歴史の片隅に消えて行った、尊い、女性たち。




すごく昔の話に思えるが、ジライフ外交官オキオル拉致事件の人々は、考えてみればまだそこまで歳でもない年齢だ。考えてみればチコの母たちなら祖母よりも若い自分の親世代前後。関係者の全員が死んだと確定はしていない。


バナスキーことロワイラルの母、ロワースは?生き残っているだろうか。



娘さんがここで生きていると知らせてあげたい。


けれど同時に、あまりにも人が簡単に死んだ世界も見てしまったファクトは、少し興奮した気持が冷めてきた。

「………」

気を抜くと絶望してしまう。



それに、体を相当いじられ、最後は寝たきりになってしまったロワイラルを見て、母親は嬉しいのだろうか。やっと脱出できた自由の地での身の上と、独裁だったけれどみんなで寄り集まって暮らし、歩くことも食べることも一緒だったあの頃。どちらが幸せなのだろう。




今に始まったことではないが、先進地域は家族に面倒事を掛けることを嫌がる傾向がある。ロワイラル本人も面倒を駆けたくないと考えるかもしれない。


ファクトには分からない。


違う人生を歩んできた者同士、新天地で人生が上手くいくとは限らない。同じアンタレスにいても、分かり合えない親子もいるのだ。


再会に救いはあるのか。


…………。




でも、彼女たちが持っている家族観や人生観は、アンタレスでゆるゆる生きてきた自分たちとは全く違ったのだ。


同じ正道教精神でも、彼女たちは初めから全ての覚悟を持っていた。か弱い女性たちだと思っていたのに。


闇にすら道を残す覚悟で。

彼女たちの出身国ジライフは人本傾向の国であったのに。



そう、彼女たちは始めから闘う人生を歩んできたのだ。人本主義の楽さに迎合せず、自由主義の豊かさの中にも迎合せず。武道をして、ほんの少しギュグニーと対峙した自分よりよっぽど気高く。


目の前の敵を相手にするだけでない。嘘と陰謀と疑心の国で、自分と、隣人への不信とも闘いながら。


彼女たちは、誰よりも戦士だったのだと思う。




ただ、そんな細かい話や、世界の軸を揺るがすような話はどこのニュースにも出てこなかった。きっと今度も出てくることはないだろう。




と、あれこれニュースをパチパチしていると、見舞客が来る。




現在直していますが、「正道教」が、初期「正堂教」になっていました。


多分、「正しい道」の宗教くらいの感覚で付けて、でも少し捻ってお寺や教会っぽいから「堂」にしとことなって、そのくせ漢字だけ変えたのを途中で忘れたようです(´;ω;`)

現在「正道教」で統一しています!



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