ベガスのあれこれ7 2つのお話。
*いつかの君と*
「はー、最近おもしろいことがないな。」
今日もアーツ食堂は平和だ。
「だなー、思うよな。なんつうかこう、楽しいことがほしいよな!」
「問題を起こす、ファクトもムギもいないし。」
「生活にパンチがないな。」
そんなアーツ男子一同を、冷めた目で見るファイ。
彼らは国家どころか国際レベルの何かを起こしてくれる。サダルも加わると宇宙に行ってしまうのでやめてほしい。ここ数年サダルはめっきり顔を出さないが。時々来ても、裏方か大衆の中で講演などで会話など出来ない。数年前のあの近さは奇跡だったのか。
「………。問題が起こってほしいの?考え方変えたら?」
「あ?ファイこそ性格悪いな。なんでそう思う。お祝いとかおめでたいことだってあるだろ!そういう発想がないのか??」
「ファイ、ナオスとオミクロンの両族長が結婚相手をあてがってくれるという、アジア人初の特殊位置にいるのなぜ逃げる!」
こんな楽しいことはないのに、楽しい人ほど盛り上げない。いや、正確に言えば、みんな人のことはワイワイ見ているが、自分が注目の的になりそうになると大人しくなるのだ。
「あんなのホントの訳ないし。もう顔も見ないし。
だいたい、ユラスってほとんどが大卒で超真面目だよ?ごめんだっつーの。あんなど真ん中に連れて行かれたら、いつもお行儀よくしてないとだめだし。激高して戦争起こしそうな人たちがいる世界だよ?」
口の悪いファイだが、族長周辺で不平を垂れられるほどの度胸はない。実際にその場に立って見知らぬユラス人に囲まれたら、猫を被りまくって超絶大人しくイエスマンになるであろう。干からびてしまう。
「独り人生を行くか、性格は冴えない誰かと結婚して世の表舞台からも陽の世界から逃げきる……」
これがファイの最大の野望だ。そして趣味に生きるだろう。
「それは賢明だ。アジアの恥になるからやめておいた方がいい。」
見た目はダサいが、陽キャのフイシンも頷く。少し未来に自分がユラスに行くと知らないので、余裕のフイシンである。
「だがこの前、絶対にお前好みの細身美形キャラを見かけた。軍服を着ていたので中身は引き締まっている可能性がある。」
自分の事でなければユラス人を巻き込みたいアーツ陽キャの肉屋リューシン。既に二児の子持ちである。
「そんなもの全部いやだっつーの!私の言うことをハイハイ聞くアンタレス市民でいいし。胸板なんてなくていいし、ひょろい人でいいし。」
「ギャップ萌えしないんか?したいんだろ?」
「妄想以外、完全安全圏でいい。」
「お前、絶対結婚できないな。」
アンタレス市民もごめんである。
「ファイさん!」
そこに現る、テミン。
「テミン!」
「こんにちは。見て、ファイさん。太郎君から!」
既にファイより頭一つ分大きくなったテミンが、友達たちから離れてやってこちらにやって来た。二人は少し席を外す。
ファイがテミンのデバイスを覗き込むと、そこには四方に広がる波模様、『青海波』があった。
揺らめく『流水』や『波』加わり、いつしか卍崩しの『紗綾形』も加わり、地から空に駆け抜け、唐文様から曼荼羅、そして散りばめられた煌めくガラスのような万華鏡へと変化していく。
その波間や風間に、たくさんの花や葉、動物たちが飛び交った。
こんな映像は既に過去、たくさんの作家やAIが描き切っている。けれど少しゴシックな感じで展開されるこの世界は、他の世界よりもさっぱりに見えて、でも忘れられない全てのようで。
「そのいろいろ出てくる要素、僕が撮った写真もあるんだよ。」
「………へぇ…」
この映像の指示者は太郎だ。こういう時はファイも職人の目になって画面を覗き込む。
これは響のサイコスのビルドで見たものから発想を得ていた。もちろん響も知っている。
「ウヌク先生が間に入って、遂に舞台になるんだって!」
「……ほんとに?」
モダンダンスやバレエの事だろう。
「監督とかは、あの子は来ないんかって言ってたみたい。」
太郎君は見方によっては非常にミステリアスで、何か醸し出している。
それはそうであろう。かたぎではない。チコのようにはっきりした目立つ顔立ちで、少し東洋が混ざりスッキリもし、少し影も抱えている。皆さん使いたいキャラなのだろう。目ざとい。
でも、そんな太郎くんも、話してみるとファクトやレサトみたいに何も考えてないんかな?となり、闇どころか軽すぎて図太過ぎてどうしようもないのだけれど。
「……太郎君は……来ないよね………」
寂しそうにテミンはどこかを見る。ファイだってよくは知らない。けれど、彼が表の人間ではないことは知っている。
「花札の写真、揃ったのに……」
時長の山でトゥルスたちと冒険をしたのだ。
「…………」
「テミン、元気だしなよ。」
きっといつか、舞台を見に来てくれるだろう。
***
*過去の自分に負けるキファ*
南海の事務局周辺。
久々に海外から戻ってきたキファは、ベガス南海の隅っこで迷子になっていたその子供を見て、一瞬で誰の子か分かってしまった。
「………お前………」
「……うぅ………」
すすり泣きを我慢している小さな小さな子供。
「何でこんなところにいるんだ?いくらベガスでも危ないぞ。」
そう言って、建物の端っこで立っていた子供の顔をしゃがんで覗き込む。
「…………」
その子供の顔をじーと見て、疲れ切ったようにため息をついた。
「………はぁ……」
そして、言いたくないことを言った。
「タラゼドじゃん。」
「……ひっ!……え……う………」
ため息をつかれてまた泣き出しそうな少女。
「あー!泣くな。お前に呆れたわけではない!」
この顔、どう見てもタラゼド家の顔である。
「…………」
まだ3、4歳くらいの女の子は小さなぬいぐるみを抱いて身動きしない。
「名前は?」
「………ぅ………」
「名前。言わないとタラゼドって言うぞ。」
「……………」
それでも何も言わない。
「六連遺伝子強すぎんだろ。」
タラゼドと響の子供は、今のところみんなタラゼド似だ。タラゼド似というかタラゼドの妹たちに似ている。せっかく美人な母に似るかと思いきや、みんなにタラゼド遺伝子だと言われていた。ちなみに一部大房民は、大房愛が強すぎる上、楽しいこと大好きなのでタラゼド似大歓迎である。ヴァーゴの長男がヴァーゴ寄りでないと知った時は、くやしんだくらいだ。
「……俺は父ちゃん母ちゃんの知り合いだ。だいたい親は何やってんだ?なんで一人なんだ?」
「………」
「オカンは忙しいんか?」
「……………」
質問される自分の心を持て余したのか、熊のような宇宙人のような変なぬいぐるみの両耳を引っ張り始めた。
「やめろ、この間抜な顔が嫌がっているだろ。」
と、ぬいぐるみを取り上げるも何も言わない。
「………」
「取り戻さないんか?」
「………うぅ………」
「あー!分かった分かった!親に連絡するか?」
返してあげるとまたぬいぐるみを抱きしめた。そもそもベガスは監視カメラ台数が多く、子供もデバイスも持っているので位置情報がすぐわ分かる。
「………ぅう………」
「……はぁ…………」
キファは、泣いているのかいないのか分からない子供を仕方なく抱き上げた。
自分のデバイスで確認すると、この壁のすぐ向こうがキッズルームとある。少し進み角を曲がるとすぐに遊び場が出て来た。
「リュイ!」
すると先生らしき女性が駆けて来る。
どうやら名前はリュイらしい。リュイは無言で先生の方に手を出すので、キファはそのまま先生に渡してあげる。
「ありがとうございます!この子、あの端っこが好きでよく行ってしまうんです。」
「お前か。」
泣きそうな顔をして、柵もサッと越えてしまうらしい。その時に信号が鳴るも、先生たちは他の大変な子たちでてんやわんやしていた。
「ここはいつからキッズルームなんですか?」
「ここですか?1年半くらい前だったと思います。私も1年前にベガスに来たばかりで。」
「……へぇ……。」
キファが知っている時期は普通の会議室だった。まだまだ空き家空き部屋の方が多かったのだ。
キファがアジアライン周辺に関わり、その後オリガンに向かったのは2年前。2年は帰国もしていない。
初期のベガスは、南海に行けばだいたい顔見知りに会うというほど世界が狭かったのに、いろいろな事が変わって人が増えて、よかったと思う反面少しさみしい。
………さみしい?
「………!」
そう思う自分の心に驚いてしまうキファ。響さん以外どうでもいいと思っていたのに。声を掛けてくれる人がいなくて自分は寂しがっているのか。妄想チームか。
「……?あの、アーツの方ですか?」
「……あ、そうです。」
「その入館証!」
キファは、かなりの場所に入れるスタッフ証を持っている。
「私もアーツ参加してたんです!」
「え?そうなんですか?」
今まで同郷とか後輩とかどうでもよかったのに、さみしさの中に共通の繋がりがあったことに、何となくうれしさと高揚を感じる。歳か。
「私は第7期です。お兄さんは?」
「第1弾です。」
「……え?……最初ですか?」
「最初です。」
「えー!!すごい!」
少し横にいた他の先生も話に入って来る。
「え?何が?」
「最初って、セイガ友好の足掛けになったって!」
「飲食を削って、夜な夜な勉強し、対立する東アジアとユラスを一つにまとめたって、ウワサです!」
「ユラス議長夫人の直下の部下だって!」
「………いや、普通ですが。」
なんだ。これは、あの日の藤湾を思い出す。
下町ズとしては、仲良くするきっかけなのに移民のおっさんと花札するなと叱られ、言葉巧みに吹っ掛けてくる宴会代を値切って交渉力を高め、ネット見てダラダラしたいと逆らっても消灯だからと寝かされ、運動してこなかった者は運動し過ぎて疲れて何も食えなく、ただただユラスや世の強烈な方々に振り回されていただけだ。流れに身を任せていたというに尽きる。
周りが強者過ぎて自分も強烈と自覚していないキファであった。
過剰な期待はやめてほしい。こういう時は毎回あとでボロが出て、妄想チームに「僕たちの心に負担をかけないで下さい!」とグチグチ言われるのである。
「わー!!」と盛り上がって、しばらく放してもらえないキファであった。その間、リュイちゃんはキファの横に座ってずっとお絵かきをしていた。
「…………」
響の顔が何より好きだったのに、ずっと一緒にいると、憎きタラゼドの顔もなぜかかわいいと思ってしまう。絵を褒めるとやっとクシャっと笑う顔に泣けてすらくる。ここだけ響にも似ている。
クレヨンを持つ小さな小さな手が、何よりもかわいいと思ってしまった。
複雑な、でも、ほんわかもする、そんな昼下がりであった。
●すごく期待されて危機を感じた時
『ZEROミッシングリンクⅠ』50 知らない期待
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