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ZEROミッシングリンクⅨ【9】ZERO MISSING LINK 9  作者: タイニ
おまけ

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31/33

ベガスのあれこれ6-2 二人で



「貴様、それでも男か?」

「……男とかどうとか関係ないと思いますが?そういう言い方はやめてくれますか?」


ここは、ユラス軍ベガス駐在所。


偉そうな男にチコはキレ気味だ。

「ああ?結婚生活を前に今更くそったれた事ぬかすな……。」

「男とかどうとか言うなら、あちらにも女性としてどうかと一言言ってほしいのですが?」

「黙れ。言い訳はするな……。」

頭を悩ませるチコに、男は全く動じない。



一瞬議長かとも思える長い髪、けれどそれよりは少し甘い目。

しかし、今は議長に並ぶ不愛想さだ。


「カーフ、チコ様に失礼ですよ。」

ガイシャスも、全く動じない様子で一言添える。


チコに呼び出された男、それはカーフ・カプルコルニ―であった。



ユラスは体面は自由主義だが、軍事国家であり宗教国家だ。西洋東洋混ざり合ったような不思議な文化を形成しており、各族長はそれぞれの国で国父母の位置になる。最長老をユラス議長におき、最たる父母は神だ。東洋五倫も強く、法律よりその情が勝ることもしばしあり、その宗主、総祖父母の位置である議長決定に逆らう者はあまりいない。あまり。


数年前に、結婚相手を結び付けてくれたのは、カストルとサダルだ。


そして議長決定に目の前で逆らったカウスに続き、結婚前に揉めている人はカーフである。結婚の祝福はもらっているので、実質的な家庭生活をスタートさせるかの話だが。なお、カウスは父や兄に蹴られて仕方なく結婚を進めた。まあ、今、幸せではある。



「ならなんだ?やめるか?」

「向こうが嫌がっているのでどうしようもありません。」

前回の面会で何か言い合いになって終わったらしい。

「お前がツンケンしてるからだろ!!」

「してませんが?」

「下町ズやファクトにはニコニコして、女性一人に愛想も振り撒けんのか!!!」

「……」

そう言われて、カーフは目の前の議長夫人を真顔で見返す。


「議長ご婦人のことで?」

「っ?!!」


「…………」

生意気すぎる後輩に頭を悩ます。

カーフ。まだ少し前までは、チコ様チコ様と慕ってきて、ファクトのようにかわいかったのに。どこで拗れたのだ。

ちなみにファクトは相変わらずあの性格だが、最近知恵を付けてあの愛想であらゆることをうまくすり抜け、生き生きと自分の行きたい任地でしたいこと……もとい仕事をしている。最近……いや、元からか。




「………なんでお前らは仲が悪いんだ……?」

チコは独り言のように疲れ切ってこめかみを押さえた。そして、お似合いなのに……と言いそうになるが、若い二人にそれを言ったらさらに亀裂が入りそうなのでグッと飲み込む。


何せ二人、お互い容姿が良い。ただの感想としても、並んだら似合いそうなのになーと言いたいが、この二人にそれを言ったら危険である。仁徳の宗教者がそんなどうでもいいことで人を評価するのですか?と詰められそうだ。



「……アセン。カーフに一言あるか?」

仕方なくチコは、将補アセンブルスに振る。自分より気の利くことを言ってくれそうだ。


「……結婚生活が始まれば、思うことも変わりますよ。」

「……だそうだ………。」

とくにすごいことも言わない。


だが、手も繋いだことがないらしいので、体で溶かすこともあるかもしれない。ユラス教は初夜も教理に含まれる。昔と違って、新世代は男女共に愛人を作ったり夜遊びを良しとしないし、双方貞操の場合が多い。することをすれば気持ちが変わることもあるだろう。


「これ持ってきます?」

「!!」

と、横からカウスが夫婦生活の書Ⅱを開くが、チコに叩かれる。

「おわっ!チコ様何をっ。大事なことじゃないですか!」

「しょっぱなからそんなものいらん!Ⅱってなんだっ。」

「なぜですか!大事です!!」

「黙れ!」

信仰的な女性が多いので、最初は普通でいいのである。



「…………。すみません、校長に呼ばれましたので行きます。」

しょうもない先輩方の様子に、カーフはため息をついた。

「何が校長だ!こっちは族長だ。食事くらい一緒にしてやれ!命令だっ!」

「食事くらいしてますが?」

「する前より険悪になって何の意味がある。やり直せ!」

「ユラスより……ベガスや学校を優先させろと言ったのは、チコ様ですが?」

「…っ!」

かわいくない顔で、かわいくない返答をする。

「何年前の話をしている!!」


そうして、怒るチコを皆に宥めてもらい、部屋を後にするカーフであった。




***




「カーフ!」


それでもその日の夕方、しつこく追い駆けてくるのはチコであった。しつこくてもう言いたいこともない。

「…………」

「カーフ、話がある。」

振り向いたカーフは冷たく答える。

「私は、もうありません。」

「こっちがあるんだよ!」

すぐに怒るチコを、護衛カウスたちが後ろからで冷めた目で見ていた。




仕方なく人気のないルーフバルコニーに移り、ベンチに座る。チコは小さな結界を張ってため息をついた。

「とにかく、ちゃんと考えてくれ。」

「だから、私は何も否定していません。向こうが勝手に対抗意識を持っているだけです。」

「………あのな……」

そこで力なくチコが言う。


「陽烏はな………」

そう、カーフに繋げた相手は、エリスの娘陽烏(ようう)であった。


アーツとは仲がいいのに、陽烏はなぜかカーフ世代を敵対視している。



「陽烏は…………」

もったいぶってなんなんだとカーフは思う。

「ユラスでも……アジアでも……、いじめにあっていたんだ………」


「?」

初めて聞く話にカーフが一瞬止まる。

「…………まあ、お前みたいなのには、だから何だ?と思う話かもしれんが……」

カーフたちもユラス本土やアジアからひどく煙たがられてきたし、様々な人に責められ対立しながらここまで来たのだ。


「それがけっこう陰湿で………」

エリスの異動で、子供の頃から何度も引っ越しや転校をしてきた陽烏。


「ナオス北中央にいた時が一番ひどかったんだ。」

「………。」


カーフはナオス族だ。北中央と言えば、カーフのカプルコルニー領になる。サダルがまだユラスで地位を確立していなかった頃の土壌。

ユラスではアジア人と言われ、アジアではユラス人と言われ。そして、南ユラスの肌や髪の特徴を備えた陽烏は、北ユラスでは憎しみやからかいの的であった。周囲にも同じ人種はいたのに、様々な理由を付けられ、服を脱がされそうになり抵抗した事件が発生するまで、多忙だった両親はそれに気が付かなかった。



カーフたちも敵意を向けられたり、差別されたのは同じであったが、陽烏は独り。

親の異動もあるし親友もできない。


そして、小さい頃は手芸が趣味でかわいいマスコットなどチクチク縫っている性格で、アジアに抜擢された初期メンバーほどの積極性も能力もなかった。


アジアとユラスの仲を保つ仕事をしていた両親のために、抵抗もしなかったし、そうする術も知らなかった。




「………この話をしたことは、陽烏には言うなよ。」

「…………」


相性があまりよくなさそうなので、正直チコも、カストルとサダルの推進に始めは抵抗を覚えた。拗れるとなかなか面倒な立場だ。

それに普通、結婚相手に関して、相思相愛以外はあまり身近な生活環境圏に居る同士は繋がない。上手くいかなくなって気まずくなり、どちらかがその土地を離れざる負えないこともあるからだ。



けれど、サダルからは何も聞いていないが、カストルからは少し説明を受けた。



カプルコルニー北部は世界が知る虐殺の現場となり、長い間対立やテロもあった場所だ。


豊かな自然がある反面、人間歴史の土地背景が重いため、献身と強い霊性の背景のある人物を送りたかった。


そして、辛いことがあった幼少期と土地を怨まなかった幼い陽烏の天啓は、その土地の霊たちに愛されることだろう。





「というわけで、カーフ。お前が嫌われるくらい受け入れてやれ。」

と、現在に戻ってチコはカーフに指摘する。

「は?」


「そのくらいの度量は見せろ。」

「は?」

「陽烏がお前に噛みついてくるくらい、何だというんだ。」

「………」

「包み込んでやれ!」

「……………」

嫌そうな顔をしている。


「何が歯向かう女性は嫌いだ!」

「……そんなこと言ってませんが?」

「言ってるも同然だ。わがまま言うな!」

「それなら、チコ様もまだ犬を飼いたいと周りを困らせていると聞きましたが?」

「………」

今度はチコが黙る。


何かの折にベガスで犬を飼いたいと言い続け、ガイシャスやサダルの将補メイジスに毎回ダメ出しをされている。もう何年も。ベガスで犬など飼ったらこちらに根が生えてユラスに戻らなくなるから、ユラスで飼って下さいと。チコの好きな軍用犬もたくさんいる。子供も生まれるし、広場も多い。議長邸は敷地も広いのでユラスの方が圧倒的に飼いやすいであろう。

「………誰に聞いたんだ……。」

「……犬が生まれる各所から聞いています。」

「…………。」

頭を抱えるチコ。行く先々で「一匹ほしいな~、かわいいな~、私のことが好きかも」と呟くも、「大きくなったらかわいくありません。マスティフライクです」とみんなにかわされ、「下町ズですらあんな面でもかわいいだろ?」とほざくので、ベガスでペットは買えませんと言う中央本部令まで出ている。


「……はは。」

そこで初めてカーフが笑う。少し顔を隠して。



周囲の側近や護衛が、心でため息をついた。




カーフは少しだけそんなチコを眺め、どこかの、遠い外の風景を眺める。

そして立ち上がった。

「分かりました。考えておきます。」

「考えるってなんだ?何も考えるな!それに、離席を許していない!」

「申し訳ありません。」


さらに最敬礼をして去ろうろする。

「勝手に敬礼をするな!」

「……チコ様もお時間です。」

とアセンブルスに横から言われた。

「~っ!」





フロアに出たカーフに、廊下で待機していたカウスが先輩面で絡む。


「おい、カーフ。」

ウザく肩を抱く。

「これ以上引き延ばすな。チコに叱られてうれしいのか?」

「………」

また嫌そうな顔をしてしまった。

「言われたくなかったらケジメを付けろ。」

と、カウスはカーフの首に親指を持って行く。クイっとすればあの世に行く位置に。


「まあ、カーフ君。人間の一人格(いちじんかく)を見たら人なんて愛せませんよ。

いつも天啓を見て下さい。陽烏が子供時代にそうしてきたように。」


そのまま、少しだけグっと首に入れ、

「陽烏ちゃんはチコ様のかわいいかわいい妹なので、上手くやって下さいね。」

と言って、バッと離し開放した。





***




その数日後。



ギュグニーから戻ってきた陽烏が、指定された面会のためにカフェバルコニーで座って待っていた。



いつもの如く浮かない顔をしている。


「陽烏さん、すみません。お待たせしました。」

そこに入って来るカーフに、浮かない顔をして立ち上がるも、え?と驚く。


「え?……え?」

「どうしましたか?」


カーフの髪が短い。


「髪……」

「ああ、いろんな人に気持ちを変えろと言われてていたので。何年も。」

「え?気持ち?」

「ウザ絡みして来る人も多くなって……」

「うざがらみ?」


「でも、そうでもしないと………

そうしていないと復讐しそうだったし……」

「復習?」


ユラスで長髪は、出家中や不殺生を意味する。



「……??」

陽烏は完全にこんがらがっていた。

「議長と間違えるから切れとも言われていましたし。」

「………」


「ギュグニーはどうでした?」

「え?あ?え?……先週ファクトが来て、ニッカさんの作ったプログラムを対戦形式に変えてしまって怒られていました。その調整を……。でもまあ、ファクトが来ると賑やかなので楽しかったですが……」

ニッカが作っているのは普通の義務教科の学習プログラムだ。それをどうしたら対戦形式に変えられるのか。

「はは。」

笑うしかない。


陽烏はキョトンとしてしまう。




カーフは陽烏の顔をとくには見ないが、しばらく近況報告をし合ってお互い立ち上がる。



そして、少し散歩をしましょうと立ち上がり、店を出て歩き出すとそっと手を握った。

「?!」

驚く陽烏。



まだ二人の関係はあまり公にはしていない。


しかも、年下で子供の頃から存在は知っているのに、思ったよりも手がごつくてびっくりしてしまう。

「いやですか?」

「………」

嫌というか、想像と違って脳内処理が追い付かない。嫌われているし、相手は子供だと思っていたのに。


少し手を引いてしまうも、覚悟して決め、捧げた未来だ。


「…………そんなことはないです。」

と、諦める。





平和な日差しが差すアンタレスで、


二人はそれぞれユラスの荒野を思い出す。




人は一つ二つの人生しか負えないが、山脈は、荒野は、数十、数百億の人生を見守ってきた。


誰一人、忘れることなく。





離れてしまった数億の手と手を思い起こし、ケンカしながらでも、一つくらいしっかり握りあっていてもいいのではとも思う。



カーフは指を絡め、会話もなく二人はベガスの道を歩いた。







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