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ZEROミッシングリンクⅨ【9】ZERO MISSING LINK 9  作者: タイニ
第七十一章 青の狼
3/33

2 嫌いだったのに



ムギは初めの頃を思い出す。



あのバカそうな学生がチコの弟だと知った時、絶対にチコに近付けたくないと思った。


だって、チコは中身が子供のあの高校生のために、自分を一番の生きた被験体にしたのだ。




チコは言う。

「別にポラリスの息子の代わりじゃないよ。もともと私は体力もあったし親和性がよかったから。」


いつもそんなことを言って、笑うだけのチコにもイラついた。あの息子が逃げ続けたのに。男と女では体が圧倒的に違う。


日常生活では義体は非常に便利なものだが、本来戦うための物ではない。女性の肉体は、強化義体との強度差に男性ほど耐えられない。サポートを着けても激しい衝撃や押し引きに延々とは耐えられないのだ。




「チコ、何で笑うの?」


優しく笑うチコに、涙が出る。


「大丈夫。そこらの人より体も強いし。」


チコはもっと泣いてもいいのに。

ミザル博士がチコを避けているのも、身内がいないチコは研究対象にしやすかったから、その罪悪感からではないかと。それにチコは必要以上に熱心に協力したから、当て付けをされているとでも思ったのか。


ただ、深くは分からないけれど。ミザルはチコみたいに真っ直ぐな人間が苦手だったのだろう。



あそこの博士たちは他人の子供たちを被験体にしたのだ。なぜ自分たちの子供だけ逃げられると思うのか。子供が被験体になるかはともかくとして、子供ももう少し親のしている仕事に関心を持たせてもいいのではないか。協力でも反抗でもいい、全く知らないとはそれもそれでどうなのか。隠しきれると思っているのか。



自分たちだけ、アジアで平和に過ごせるとでも?


西の人々の血を吸って。



ムギの中で、これまで見て来たたくさんの傷跡が、抉れた肉が、誰かの痛みが軋む――






一方、親が夜を徹して働いているのにのんびり部活とゲーム三昧で、ナヨナヨしているあの息子とは絶対に相いれないと思った。



なのにいつの間にかチコよりも背が高くなって、私より強くなってしまった。


武器持ちではまだまだ負けないつもりだけど。





でも腕の上に天井が落ちてきて、正直もう死んでしまうかなと思ったけれど、どこかで知った背中に抱えられて、私の代わりに歩いてくれる。




タビトさんが教えてくれる。



『あっちじゃないよ。ムギ、そこの道に行くんだ。』



この森はまだ君が来るべきところじゃないと。



「タビトさん、そこは壁だけ。あっちに行かなきゃ。」

『ここに道はないけれど、もう少し待つんだ。』


「ふーん。ねえファクト、行っちゃだめだって。聞いてる?いつ地盤が傾くか分かんないのに、またどこかに行く気?」


ないはずの手でパシパシ叩いてもファクトは気が付かない。ここに留まって死ぬよりはいいと動こうとしている。やっぱり間抜けだ。せっかく教えてもらっているのに。


「でも、タビトさん。ここのドアは開かなかったんだよ。」


タビトが、壁を擦る。

『縦はもう開いたけれど、ここは横の中で一番大きな結界を解く物だったからね。過去の人たちが、自分たちの意にそぐわない人に利用されないように、いろんな方法でたくさん鍵を掛けたんだ。』


もう顔もはっきりは思い出せないけれど、タビトさんもチコみたいに笑う。



『赤星が3つ揃ったから、青龍が呼べば開くよ。』



理解し合えないような、自身とは()()()()()



そんな、ケンカしていた者たちの意思が疎通した場所に、

道は開く。




「赤星?シャプレーもファクトも……響も青いんだよ?」

誰かな……と考えるも、分からない。


西アジアにある蛍惑は、東のその東から僧が渡って来てできた都市だ。西アジアで最も青を残す。




『今はアンタレスとここ、艾葉を()()とするんだよ。』


「……?………あ、ここが中心になってる!」



世界の大激動はギュグニーで展開されているけれど、要点はここにもある。


いや、ここに全ての大きなものも持って来たのだ。



形骸化した都市のアンタレスは、たくさんの命を、血を背負うことを拒否した。血を流したのは西の人だ。かつて人々を背負ったアジアは全ての重みを捨ててしまった。


けれどカストルは分かってた。


その場合、違う形でいつかアンタレスが、アジアがまた重石を負うことになる。先人が積んできたエクレシアを自分たちのために使ってしまったからだ。規模が大きければ大きいほど反動も大きい。



だから、セイガが血を流すときに、その重荷を少しでも担う。



例え人が動かなくとも、体面でも。


天に請う時のために。



お願いです。

天よ、アンタレスを滅ぼさないで下さいと。


最後の時に、アンタレスもあなたのために死力を尽くしたのです。


自由世界のために………と。




そう、体面だけでも請うために、カストルはアンタレスを世界の中心に置いたのだ。




魔物が住まうと言われるも、それでも自由の砦、アンタレス。

世界の自由経済を握るSR社のシャプレー、命を握る東の心星夫妻。



『だから、ここより西から来た者が今は赤になる。』


タビトさんが、腕とその先の人差し指を、真っ直ぐ西から東に示す。



ムギは知らないが、意図して戻って来たのか、たまたまだったのか。ギュグニーとユラスの子、チコも今、ここにいる。誰が、何が意図したのか分からないが、全て集まっているのだ。



裏切った者たちも、罪を犯した者たちも、傷ついた者たちも。



重要な全てが。



だから生還にしても滅びにしても、ここを象徴として事を起こせる。本来、他の中心行政区に向かうはずの激動を、人口のいないこの地域に代理で集中させたのだ。


西アジアで、ユラスで、アンタレス中央で暴動や災難が起こるよりは犠牲者が少なくてすむ。




ただ普通に生きる市民たちは知らないであろう。


世界に叩かれたこの場所で、その人々が、アンタレスやアジアの滅亡を艾葉に集中させたことを。



ただ、時を知る人材たちが……時を知っていたがゆえに集まってしまった、そんな人材が代理で失われるかもしれないが―――





「シャプレーは……?」

『彼は批判されてもただ天を見て母の(めい)を受け継いだから、西から来た母の赤星を代理できる。』


それでも響と二人だ。立体は3点を得なければ成されない。



『ムギだよ。』



『君も赤星だろ?』

「……そうだっけ?」

それは知らない。


なんの思想も主義も知らなかった、ただの廃れた山から来た野山を駆け巡っていた子供である。



『ははは。分からなくていいよ。

少なくとも、西の隙間から来たからね。ムギはアンタレスに対して赤なんだ。』


アジアラインは現セイガ大陸の最大のレッドラインでもある。




「タビトさん。」



そいえば、懐かしい感じがして心が弾む。


『何?ムギちゃん。』


「タビトさん……」


地で生きる自分と交換したい人。この生きた体に。



『………君を守ってくれる人が増えてうれしいよ。』

「でも私は……」

『君を担いでいるその子も。』

「………」

ムギは分からなくて、その温かい背中にまた顔をうずめる。




けれど、まだ先は長い。


ギュグニーは、アジアラインは、これからまた変化のための揉め事もあるだろうし、多く身悶えすることだろう。



「…………ここで留まれない。」



そう言って、離れがたい背中からムギは顔を上げた。




長い、長い、でもあっという間にやってくる未来のために。







―――――






ピピピピピーーーーーーーーー



と音がする。





「はっ!」


激痛でファクトは目が覚める。

横たわるベッド、マスクや点滴に繋がれた自分。




「先生!心星さんが目を覚ましました!!」

横でいろんな声がする。


「心星君、大丈夫?」


声も出ない。


「心星君、ここはベガス総合病院だよ。私は倉鍵から派遣された外科医。安心してね。

私の言葉や質問が分かったら、二回瞬きして。」


「っ……」


そう言われながらも喋ろうとし、なおかつ自分が瞬きをしているのかも分からない。



「鎮痛剤を。少なかったかな。」

といろいろ聴こえる。


痛いんですけどと言いたいし、ムギは?とか、テミンやイオニアたちは外に出られたのとか聴きたいのに何もできない。響さんも来てた気がする。大丈夫なのか。


というか、痛い。とにかく痛い。

混乱しているのか、何が痛いのかも分からない。大怪我をした覚えはないのだがどういうことだ。




あとで分かるのだが、ファクトは思ったよりもあれこれ怪我をして、そして手と腕を中心に変な形にやけどをしていた。落雷を受けたような痕だったらしい。



それって、必殺技『ライデーン』しかないし。と、脳裏のどこかで思う。


ファンタジーの世界では自分や味方の攻撃は受けないけれど、現実の必殺技は死と紙一重ということが分かった。ファンタジーは甘くないのだ。切ない。




***




「ファクト~~!!」

次の日、一般病棟に移ったファクトにラムダが泣きそうだ。


「あの日の後、ファクトだけじゃなくてムギもテミンもファイも、響さんもいないし!!」

絶対何かありまくりなこの状況、ラムダは初めて天に皆の無事を心から心から祈ったそうな。


それで、取り敢えずみんな無事で、あれこれ怪我をして、それぞれ分散していろんな病院に運ばれたためしばらく会えないとは聞いている。無事と分かったとたん、早速祈ったことも忘れているご利益信仰ラムダだが、一応神様にありがとうは言っておいた。そのくらいは学んでいる。


「……」

なんとも言えない顔をしているジェイは、言葉少ない。


「……ジェイも河漢にいたって聞いたけど大丈夫だったの?」

「俺は何も……艾葉には行ってないし。」

でも、ジェイはカーティンおじさんのマンションを出て行ったムギが気になる。



突然ロディアにバングルを貸してくれと言い、出て行ったきりだ。


先祖の形見であり、結婚相手であるサルガスと(つい)のバングルを、本人たちが着けるより先に持って行ってしまったムギ。ムギをよく知らない龍家やカーティン家の面々はちょっと常識がないんじゃ、それはありえなくない?と不満を漏らしていた。身内でもない子が、半強引にカップリングの腕輪を突然持って出て行くなんて信じられないと。


でも、ムギを知る一同はまた何かあったのではと心配していた。



「ファクト……。ムギちゃんは?」

「………」

状況的にも気持ち的にも答えられない。


報告では、民間人は艾葉の中心にいた者以外、怪我人がいても命に別状はないとある。軍と一緒にいた者も大丈夫だ。けれど、命に別状がないと言うだけで、麻痺になっても手足がなくなってもそう報告されるのだ。ベガスにいる何人かは全くの民間人でもない。民間人でも行方不明者がまだいるし、行政の管理登録を逃げ切っていると、もしかして見付けられない者もいるだろう。


「………はあ……」

ジェイはダルそうにため息をついてそれ以上聞かなかった。





河漢も歴史的なニュースになるほどの災害だったが、なにせギュグニーが解放されたのだ。


早朝、既に一般向けのニュースとなり、世界はその話題で持ちきりだった。



そして、それまで事を知らなかった世界中の各組織が、内覧や援助に名乗り出ていた。一旦アジアとアジアライン、そしてユラスの連合国既存団体で処理する旨を伝えてはいる。ギュグニーが解放されたら、経済も政治も生活も揺れる。下手をしたら近隣国家は今までの生活が保てなくなるかもしれない。


どの国も敬遠するかと思いきや、やじ馬根性も含め、思った以上に批判だけでない関心が集まっていた。





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