ベガスのあれこれ5 婿にしておこう
*大房民は反省しない*
「………という訳で、『後から来た者が先になる』。
自分たちの後から来た者たちが、遥かに優秀だということを忘れないように。」
そう説明を締めた、アーツ顧問のチコ。
その前列で数人が、わざわざ前に座らされて、ブスッとした顔をしている。
今日はアーツ主力メンバー集められた中で方向性の話をしていた。
現在アーツは、河漢も含め試用期間を経た正会員700人以上で構成されている。この数は賛助会員は除いたもので、アクティブ会員の数だ。この数年、方々から優秀な若手が多く集まり、初期メンバーが他都市に赴任し新しい支部所もでき始めている。優秀な人材は、ベガスの試用期間のみで現地派遣する場合もあり、認められた場所で教育をうければ、今は支部でも正式な正会員となれた。
ここでまた新しい問題が起こる。
力量的に不足でも、全体的な同一の理解とまとまりあったのは第4弾まで。彼らがどんなに単独行動派でも、草の根からアンタレスで同じ世界を見てきた経験値は大きい。
とくに第3弾までは、チコの側近たちに直接指導も受けて、会話もしているし関係も深い。下町ズは知らなかったが、ユラスではまずありえない特例扱いのことで、本来はユラス中央の優秀な人材が受けるべき教育であったが、多くのユラス人が不安定になったチコを蔑ろにしたのだ。
けれど、下町ズもそれ以降はもうワズンやカウスのことを知らない面々も多い。
と言っても、しっかり学習をして同じ理念を有しているし、離れていても基本会話もできる時代で、代表やリーダーたちの声も聴けるので、まずは問題はない。
第5~7弾くらいまでは、初期人員直下の指導を直接受けているし、未開発地域の自治体形成の開拓に携わって、更地から開拓のような苦労もしている。
けれどいるのだ。
どこにでもイキる者たちが。そして、自分たちこそが優秀であり、功労者だと思う者たちが。
「なんで、俺たちの作った資料を勝手に翻訳してんだよ。」
「あの地域に最初にいたのは俺たちなのに、どうして三年後に来た人間が市長に表彰されてんだ?」
「…………」
呆れてしまうチコと、数年ベガスにいても、表彰されようなんて思ってもいなかったメンバーたちが唖然としてしまう。
「別にアーツが組織として感謝されたんだから、どうでもいいだろ。」
「市も別に、最初に来た人間をおろそかにしてるわけじゃないし。」
「異動があったから仕方ないだろ。」
個々に賞金でも出なければ、賞など何も欲しくない下町ズには理解できない。内申点でも欲しいのか。下町ズはどうせ格のある大学にも行けず、大手に就職できるわけでもないのでそんなもの求めないのだ。人前で表彰とかもごめんである。この面を世界に晒すのか。
「いやいや、俺ら謙虚過ぎない?それなのに、奴らと来たら。」
「チヤホヤはされてみたいけどな!女の子に!」
と、ナンパ男たちは本音が出る。
以前も対立はそれなりにあったが、困るのは不満を溜めてそれをきちんと消化せず、横流しにする者も多いということだ。
チームはあくまでも現時点の活動範囲のもので、全員が共有意識を持ち、どこに行っても誰と組んでもどんな仕事でも出来るような気持ちを持ち合わせてほしいと言ってあったのに、チームや所属、仲間意識の中で対立が起こっている。
そして新人が非常に優秀だったり、周囲からのウケがいいと、自分と同じ苦労をしていないと暗に責める者も出て来た。大手を蹴って、青年期を削って仕事に取り組んできた者もいるので、言いたいこともあるであろう。けれどその精神性のままでは、牽制し合って反対して揉めて揉めて話が進まない過去世代と変わることはない。
チコは会場を見渡してはっきり言う。
「全員、ここで積んで来たノウハウを自分の物と思わないように。
我々はここに積んだ全てが、天の印を受けた、天の物だと思っている。」
「………」
「それに、今あなたたちが新しく積んできたと思っている物も、多くは既に誰かが通って誰かが積んで来たものだ。功績や苦労を世に流布しなかっただけで。
それを言ったら、アーツやVEGA、藤湾のシステムも君たちの物ではない。なら創立者の物か?創立に関わった者は誰もそう言わないだろうな。」
チコは、これは天の事業で天の業績だと、生涯一貫して思っている。
「そして、そういう青年を育てていくことこそ、アーツの仕事だ。自分たちの達成感は必要だが、自分が功績を上げるためにここに来たわけではない。」
チコは少し息をついて続ける。
「報酬の話が聖典にもあるだろ。朝から働いた農夫も、後から来た農夫も同じだ。同じように福を受けるし、先人からの賜物を既に享受してこの時代にいる。
今の人類は皆、後から来た農夫だ。そして、天の与えられる物に不足はなかったはずだ。その意味を考えろ。」
「…………」
「名は天に残せ。まずは自分と天との間だけでいい。」
全体が沈黙する。
「それから、チームや個人の名を立てたいのか?名は天に刻むだけでいい。この事業の意味を悟るように。
公益のために尽くしたい者は、新しく優秀なものが出て来れば、わだかまりではなく喜びの方が大きいはずだ。事業全体の成功を願っていたら、本来そうなる。この意味が分かるか?」
サルガスやゼオナス、ライブラやイユーニたちは心で頷く。したいことも出来ず、したいように物事を動かせず、そんな時にそれをまかなえる人間が来た時どれほどうれしかっただろうか。喉から手が出るほど、青写真を一緒に描ける人々がほしかったのだ。
「…………」
「まあ、多少生意気な者もいるから、嫌な思いもするだろう。そういう時はまず自身を高め、ベガス構築に関わる意義を見直し、全体を見ろ。それでも難しいことは相談しろ。」
「……」
「自分より優秀な人間たちが育ってこそ、成功と言える。これも言っただろ。
私たちは人としても頂点ではない。途上だ。頭の良さやサイコスにおいても、霊性においても、これからもっともっと優秀な人間が出てくる。
そういう人々を受け入れる心の準備をしておけ。」
そう、これからもっともっと優秀な人間が出てくるだろう。
力においても、精神状態においても、心の在り方のおいても。
新世代は自分たちが寝る間も惜しんでも得られなかったものを、一跨ぎで越えていく者たちも出てくるだろう。
けれどそれは、天が描いた全ての者たちの一部で、自分もその手足であり、糧でもあったのだ。
「いちいち嫉妬していたらきりがないからな。」
「嫉妬じゃありません!」
と、前列の方で食って掛かる者がいる………も、今多くの人が聴いているので、その男は黙ってしまった。
「なら……君。後で話そう。相談にのる。」
「え?直接??」
実は、チコと直接話すのは初めてのメンバーである。
「え?え?」
「いやか?秘密にしてほしいことは守るし、基本は話し合いの結果もちゃんと全体に共有する。安心しろ。」
閉じ込めて脅したりはしない。
「だが、しかし………」
ここでチコは話を変える。
「第1弾!お前らは別だ!!」
は?
まさに第1弾たちを中心に、なんで俺らの話が出るの?有名大出がわんさかいるところでやめてくれない?と思ってしまう。なんなのチコさん?と。
「全員とは言わないが、お前らはお前らで考え方を正せ!」
「は?なんっすか?」
「今更何を。」
思わず言ってしまう。
「今、後方に座っている初期メンバー、もっと前に来い!やる気があるのか!!」
「俺らまた何か言われれる。」
後方席でジェイがダレていた。
「優秀な人材が来て焦ることもなく、むしろ出来るのが来たら、全部任せて楽できるとでも思ってるだろ!!」
チコ、怒る。
「はあ??」
「俺らこんなに頑張ってるのに!」
「そういうのもあるけど、そんな訳ないじゃないですか!!!」
「もともとブラックなんだから、そのくらい期待してもいいででしょ!」
大房民も怒る。
「先からどうでもいいという顔をしやがって……。」
「どっかで賞をもらって来るくらいの気概を見せろ!」
「なんて貪欲な!」
「言ってることが逆!」
「賞を獲れば助成金対象になりやすかったり、市民賞でも取れば信頼を得て現地で活動の幅が広がるだろ!大房民はもっと欲を持て!!」
「!」
「東アジア圏やベガスと違って、まだ義務労働で食っていける地域は少ないからな。金を生みだせ。先立つ物は金だっ……」
「え?!無理です………」
みんな大人しくなる。
「もう、ユラスやヴェネレや西アジアの商人さんが儲けてますから……」
「最初からあきらめるな。」
途上地域や危険地域はVEGAのお膝下で働かせてもらっている。ベガスで生んだお金が他地域の地域開発にも使われているが、現地で生みだしていくのが最も理想だ。
ただ青年育成と共に自力での生産性ある形に持って行くまでには、ある程度の地域基盤がない限り数年、十数年の仕事になるし、地域ごとで出来ることも向いていることも手法も違う。
「まあいい。とにかくこういうことの、姿勢の立て方の講義も定期的に入れて行こう。」
こうして場を治めるのは、ベガスアーツの事務局長を1期務め終わり、この前まで弟のいるオリガンに行っていたゼオナスだ。
もう頭いい人たちがいっぱい来たので難しいことは任せたいのに、チコの気分で矢面に立たせられる第一弾であった。
***
*婿にしておこう*
会議が終わって、チコが一部下町ズに呆れる。
「なんでお前らはもっと欲を持たないんだ?出世欲はないのか?ベガスが社会主義過ぎて、楽に食える環境に甘んじてしまったのか?」
「……チコさん、違います。」
下町ズはここで学んだのだ。栄光と言われる場所には、それ相応の重責が伴う事を。
聖典を読みこんでしまって分かる。
栄光という場には、それを失敗した時の反動もその規模に応じて大きい。かつての預言者や歴代王、使徒たちがそうであったように。最後は国や大陸を揺るがす。
最初は、ユラスの元貴族やお金持ちと逆玉でもして採掘や石油王にでもなる?とか、SR社の誰かと縁でも結んでチートな仕事もらっとく?とか思っていたが、あんな頭脳人間関係鬼レベルでこなすエリートたちでさえ疲弊して、死もよぎる世界など耐えられないであろう。早々に悟ったのである。賢明だ。
「このベガスで蟻のように働き尽くして、師匠に栄光をお返ししたいのです……」
第1弾フイシンがカッコいいことを言う。多分。
フイシンはBチームトップクラスで背丈はそれなりだが、見た目は微妙で、カチューシャで邪魔な髪を上げて、オシャレもしないおっさん臭い男である。本人変える気もない。
ただし、着用アイテムは何気にレアもの。
「フイシン………、成長したんだな………。」
「精神まで大人になれたのは、チコ師匠のお陰です。」
そして感動しているチコは、隣にいる護衛であり侍女でもあるユラス兵、ジライトに言ってしまう。
「ジライト。フイシンはどうだ?私にも文句を言えるの度胸のあるの男だぞ。しかも、今、1つ大人になったらしい。これなら婿になれるだろ。」
は?
またみんな、は?となる。ユラス陣営も。
「?」
こうなっているジライトではなく、フイシンが慌てる。
「チコさん!!何を言ってるんですか!!ユラス女性など恐ろしくて無理っス!!俺は前々からこう……胸に収まるくらいの女性がいいと!」
と、言ったところで、恐ろしいと言われたジライトがショックで固まっている。
「っ…………」
「は!違う。違います!あなたが恐ろしいのではなく……。その!何というか……」
「………っ。」
よく見ると、ジライトの目が潤みそうだ。
「あーーーー!!!!違うけど!!名前からしてユラス人、もう強そうとしか言えないしっ。」
「……ジライト……。お前の名前まで嫌らしい………」
重ねてショックを受けるジライト。
「え?違います!!」
「何が違うんだ。泣かせたなら面倒を見ろ。」
「え?へ?俺がなんで!!」
「…………っ。」
「あー、すみません!!違うんです!!!」
と、一通りなぐさめてから、中核のリーダー会議になるので、フイシンはリューシンたちと去っていく。
「…………」
シーンとなった部屋。
「ジライト。いい相手が見付かってよかったな!」
とチコが言うと、潤んだ目で何も発言しなかったジライトが、なんでもない顔でサッと姿勢を整える。
「お断り致します。」
全然先の弱り顔ではない。男子を中心に、一同引いてしまう。ユラス人恐ろしい。
「子供っぽい男は嫌です。」
「えー。フイシンは全然子供っぽくないだろ。」
むしろ20代にしてオッサンだ。
「見た目ではありません。性格が子供は嫌です。」
「でも、ジライトが弱ってると気い遣ってくれていい奴だろ!根は大人だぞ。あいつ、お堅いユラスにちょうどいい性格してるし、なんだかんだ気も強いし。」
「……………」
勝手にうれしそうなチコに、全く動じないジライト。
なぜフイシン?
いやいや、チコの侍女に大房民はだめだろ、と下町ズは思うのであった。
そして1年半後、ジライトの故郷に婿入りする未来を、
今はまだ、誰も知らない。




