ベガスのあれこれ2-1 下町ズは学ばない
というわけで、少しお茶の時間になって、総括に入る。
「あのね、ここ全体を見たんだけどね。
いきなり第2級組織になって、河漢がスタートして。
これだけのことが起こるって、あなたたち一代で成したように見えるけど、実際は数代積み重ねて、失敗した残りカスだけでも寄せ集めて、また積み上げてを繰り返した結果だからね。もっと言えば数千数万年の積み重ね。神様はもっと早くそれを成したかったんだよ。少なくとも百年以上前には。」
みんな聞き入る。それもそうだろう、本当は倉鍵が動くはずだったのだ。
素直に理解する大房民。
関心を持たねばならぬのに、誰も手を付けなかった巨大廃墟。
放っておけば、本当の廃墟になったであろう。
「………最初に失敗して、そこに辿り着きたかった天意の―――」
子供が横でまだサンドイッチをもぐもぐ食べている。
「旧教が囲ったものを新教が打ち破り、新教が盲目になったところで正道教が杖で懸命に探し当て、ヴェネレやサウスリューシアが解らなかったものをユラスがかっさらい、倉鍵が手放したものを大房が持って行った………」
ソリアスはペンでノートを指しながらゆっくり話す。
「上に立てば今度は自分たちがピラミッドの上に来る。その塔が崩れないようにするにはどうしたらいいと思う?」
「めっちゃ下に媚びる。」
「飴ちゃんいっぱいあげる。」
「自分が下に行く。」
「はは、支配的なことを考えないのがよかったのかもね。普通は上にいたがるんだよ。かといって、あなたたちは卑屈にもなり過ぎないし……。
普通はね、裕福さの意味で上を知ったら下がらないの。降りたくないからね。下からのし上がると戻りたくない。それがこれまでの選民。」
下から上がっただろう、正に大房民。
「でも、上を知って必要ならば土に頭が付くほど下がったのが、ユラスの官位持ちや王冠たち。解る?アジアを通過した人たち。」
「………」
みんな反応が違うも静かに聞いている。
彼らは本国ではみなエリートだった。そしてアジアからの罵りや戦火から逃げることもできたはずだった。不本意なこともあったかもしれない。捨ててしまえば楽になる身分だったかもしれない。それでも、自分より大きなことのために、上にいた者がアジアに、ユラスの地に頭を垂れたのだ。カストルがユラスに頭を垂れたように。
どれ程くやしかったことだろうか。
自分たちをあざけり、蹴落とそうとしたアンタレス市民やアジア、古参ユラスなど、滅んでしまえばいいと思っていたことだろう。
でもそれを乗り越えた。
自分の精神性ではできない。
全てをより高い次元に昇華させるしかないのだ。
そして大房民、
「まあ、中央倉鍵の奴らが高い鼻をへし折られていい気味ではあったがな。」
「自分、工学部の奴らを出し抜いてんだぜ?ヤバくね?」
「俺ら、最終的に選ばれし者で申し訳なさすぎない?」
と、すぐ調子に乗るので、ソラが白い目で見ている。なぜ大房民は学ばないのか。そうしていると、今度鼻をへし折られるのはまた自分である。
一人が突如手を挙げる。
「あ!あと、均す。」
「均す?」
「ピラミッドじゃなくて、まあ、そこもみんなが行き来できれば、それもいいと思うんだけど、誰もが恵沢を受けられる形に変えていく。平屋にしたり、四角にしてみたり。」
「なるほどね。それとね、世界は交差して2つに切るの。」
「十字架のこと?」
「旧教の十字架とは違うかな。それは十字架に架かった主の憐れみと敵を愛した無限の愛でしょ。」
「そうなの?知らん」
大房民、何も知らない。
「一点の縦に通った天との経路と、地を象徴する横の経路。縦は一点に繋がるけれど、その土台を持って横は広く広がるの。旧教の十字架も本当はそこに繋がらないといけなかったんだけどね。もう時間も数千年あったわけだし、主が望んでいたのは全てを包括するものだったから。
縦は先人先祖で、横は夫婦や家族で他者まで広がる。」
と、十字を切る。
「上まで来たら今度は下に行く立場だから、それは忘れないで。落されるのか、経路を見付けて自ら自然の事なりと共に降りていくのか。」
「…………」
何人かは思う。だったら自分は?下町ズの多くは、明日も分からない雇われ生活から、少なくとも一般的な生活が維持できるベガス、ここの住民権を手に入れた。
けれど次は――――
「あとね、ここに人が集まるのは、ただ生活ができるからじゃないよ。」
「?」
「あなたたちは、人が何をしてくれたらうれしい?」
「構ってくれる。」
即答のウヌク。女の子に構ってほしい。
「はは、素直でいいね。でも結局はそういうこと。
人も、物も、自分を愛してくれる人に、場所に集ってくるの。
自分だけでなく、自分の囲いだけでなく、それを越えても、誰かをも包括してくれる場所に。」
それもなんとなく分かって、これまでを思いみんな目を合わせた。
万物は、万象は賢い。
数万、数百万年。
人が多重の世界を失い、可視できる物しか見えなくなり、尊ぶこともできなくなった時、植物のようにそれでも自分たちが成長できる養分を得てどうにか根を張って生き延びようとする。
そんなふうに自分たちを生かしてくれる人間を見付けようと必死だった時、
出会ったのは自分たちを囲い込むことも閉じ込めることもしない、
自由を妨げることもしない、見守ってくれる小さな男の子だった。
世間に鬼だと言われても、研究をやめなかった母を支えた小さな男の子。
だからアンドロイドは、万象は、そんな男の子に恋をしたのだ。
***
その夕方、響やなぜかいるシンシーたちも集まって、みんなで食事を囲む。
タラゼドは遅く来たが、未だデレデレの響。
「タラゼドさん、何か食べます?」
「あ、つまみだけでいい。食べて来た。響さん、あっちで常若の奴らがデザート配ってたよ。」
「あの、タラゼドさん、響って呼んでって言ったのに……」
と、照れて小さくタラゼドの服を引っ張っているのを、下町ズは見逃さない。
「………ごめんクセで。」
「忘れる前に言って下さい……」
「……何を?」
「響って……」
「あ、…………響……。」
「……はい。」
と、響は小さくにっこり笑う。
「なに?バカなん?」
「はぁ?あいつ何、幸せオーラ出してん??」
「敬称付け続けろや!おこがましいっ!!」
奴は絶対どこかで貶めると決意する、懲りない下町ズであった。
もちろん、そんなことを思っている間は進歩しないのである。




