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ZEROミッシングリンクⅨ【9】ZERO MISSING LINK 9  作者: タイニ
第七十二章 星の人々

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20 ナオスの憂い ユラスの煌めき



前を見据えたルイブは男たちに言った。



「それで、ナオスの名を貶めようと?」

「……?」

「父の名を貶め、私をも貶めようと?」

「……ああ。あなたが信じたくないのは分かります。」


ルイブは前を向いたまま、サダルを抱きしめる。


「黙りなさい!」

「……」


「ナオスに天啓が降りた時、父は最も険しく理解されない道を選びました。もっとユラス教を大きくすることもできたし、父は最盛期の財産を凌ぐ事業をすることも出来ましたが、全て捨てたのです。世の中が世の中なら、そっちの方が大きな業を成しえたのに。」

「……だから、それは素晴らしいことだと言っています。」


「父が不貞を犯していようが、そうでなかろうが、それは私には重要ではありません。」

「………」

はじめて男たちが目をしかめた。


「………その発言は一族として不謹慎では?反省もないので?既に正道教の教えを持っていた時期かもしれないのですよ。身内の不貞は認めると?長一家として、あまりに無責任な発言では?」



しかしルイブは揺るがない。


「母がそれを認めたのなら、シシオ兄様は私の命をも捧げられる、尊い兄に他なりません。」


何か理由があったのだ。

そして、母が認めた。


次兄の籍は族長夫婦二人の息子になっている。


「今、ナオスの家督を預かっているのはこの私です。」



そう言ってその場を見渡し、ルイブは目を逸らさず続けた。

「これまでの歴史を見れば分かります。女が地を分けたけれど、血を撒いたのは言葉尻を捉えて人の足を引っ張った者たちです。

どんな理由であれど、これでまたユラスを二分させるようなことをした家門は、たとえ聖典に名を連ねた者であろうと、千年戦争を長引かせた者となり、その恨みの血を浴びてユラスの地から滅びることでしょう。」



「そして、私に手を出す者は、ナオス……ユラス数千億万の血にも責任を持つのです!」


そう言って、懐に持っていた小さな果物ナイフを出すと、相手がひるむ間もなく、自分の手の平を少しだけ刺して手を差し出した。

「?!!」


「あなたに勇気があるのなら、この血をもらい受けなさい。」


少し荒れた手の平に、小さな血の塊ができる。


「この血はユラス数千年、数億人の血です。天の栄誉だけでなく、億千万の強奪と殺傷と愚かさの歴史も、女の咎も、赤子の呻きも、全部自分が引き受けるならば、この血を取りなさい。」


「………」

中心にいた男が戸惑っている。族長が虐殺された時、彼は舌を自分の顎に打たれていた。


後の歴史で分かることだが、ナオスを打った緑の目の男は、北とギュグニーに唆されたナオスをはじめするユラス族内混血の、自分たちこそは隠れた正統を受け継ぎ、正しい歴史を見ていると思っていた者たちだった。



聖典は予見する。

ナオスの名がナオスを打ったのだ。


ユラスがナオスを。



「この血は、あなただけでなくその家門にも注ぐことでしょう。」




「父は未来だけでなく、ナオスの積んだ歴史に、過去にも責任を持とうとしていました。その重荷を受け止められるなら……」


そう言って、ルイブは血の付いた手を前に出したまま、一歩前に出る。


「……さあ!」


「兄上、何を怯えているのです。ナオスの忘れ形見を懐に収められるのですよ?ただ血に触れるだけです。」

「………」

弟らしき男が言うが、先まで饒舌だった男は怯えていた。

「兄上!ならば私がもらい受けても?」

ルイブには生意気そうな子供もくっ付いていいるが、この子もナオスの象徴になりえる子供だ。


目の前のルバの奥に、絹のような艶の漆黒の髪と、宝石のような黒の中に青が光る瞳を持った、滑らかな象牙肌の女がいて喉が鳴る。



弟が一歩前に出ようとしようとした時だった。

「うわ!」

ガッと手を出し、兄が弟を止めた。

「やめろ!!」

周りも弟を止める。弟には分からなかったが、ルイブの、サーライの背景にはユラスの全てが、轟々と詰まっていた。


その背後には、近隣国の北方やギュグニーも……全てがある。




「御夫人にタオルを!」

兄が指示を出すと、誰かが車から布を持って来る。



けれどルイブは、サッと自分の着ていたルバでその血を拭き取り、きれいに被り直すと何も言わずにくびきを返した。



「御夫人!サーライ夫人!!」

人々が止めるも、ルイブは人ごみに紛れて商店街に消えた。





あの後家に帰って、ルイブは手が痛いとずっとしくしく泣いていた。そして、タイヤンの母が来ると、「痛かった」ともっともっと、しくしく子供のように泣くのであった。





――――





会議場の庭園で、その庭を眺めるサダル。



チコは目先の庭木に止まっているコガネムシを見ていた。


「…………」

母ルイブとチコは雰囲気も性格も全く似ていないのに、何か既視感があると思ったら、人前でルバを深く被る動作と、きっとあの少し吊り上がった目だろう。



あの後、だいぶ後に知ったが、母に次兄が庶子であることを教えた男の話は本当であった。

けれどその後、その男の家系も裏で分裂し、彼らは族長親子亡命に協力してくれていたらしい。残念なことにその中心の人間たちは、彼らも含め数人死んでしまった。ルイブの血を受けなかったのにと思うが、子孫に聞くには、親や祖父たちは後悔していなかったらしい。


現在その子孫たちがサダルの傘下に来はじめている。




「……ザオラルの娘……ジーマってかわいいのかな。」

「……」

コガネムシを触りながら、サダルの横でそんな話をしだすチコに呆れる。


「まあ、かわいいというより大人っぽくて優等生と言った感じだな。優秀だと思うが、ザオラルの元を離れない限り、ニューロス分野は任せられない。宇宙分野もそういう意味では限られてくるな。」

「会わないのか?」

「………自分の娘ぐらいの歳の子になぜ会わなければいけないんだ。」

目的はお見合いである。

「私が会おうかな……。メレナに任せるか……ガイシャスに会わせるか……一層のこと、河漢に入れるか?」

今、なぜか河漢はユラスの女性軍人も多く入っている。

「…………」

ニコニコしているチコの反面、サダルはすごく嫌そうな顔をしていた。





今、河漢艾葉は50年計画で街を変えていこうとしている。


それでもまだ、第一計画で、最終的には次世代、次々世代ーが引き継ぐ。


建造物が広大であまりに地下に食い込んでいるため、解体物再利用の目途もなく、まだ様々なことが計画案止まりである。『前村工機』も地盤を整えて再設置するか、解体、移設か議論が続いていた。

同時にベガスの完全な廃墟地帯は、粉塵に考慮しながら完全解体を目指し、研究都市になっていく予定だ。様々な作業にロボットが入るが、人材はまだまだ足りない。


カストルやエリスは、今度は慰霊式に忙しい。開けた土地の霊を整理し昇天させるために、様々な国に赴いている。エリスは今の任期が終わったら、初期からベガス事業に関わっていたアンタレスの別の人間に総長の座を譲ることになっていた。


ベガスと河漢が安定するまでは、区長にあたる総長は選挙ではなく各所参加の総会において選ばれる。




***




ある晴れた日のベガス南海。


「チコ様ーーー!!」

女性兵マーベックが騒がしくチコを呼んでいた。


「?」

「チコ様、今すぐ駐屯に。フェクダ隊長が呼んでおります!」

そう言って用意してあった車で一気に駐屯に飛ぶ。




「…フェクダ、何なんだ?」

チコはそのまま呼ばれた面会室に入っていく。


「……チコ様……」

フェクダはそれしか言わず、目の前の席で俯いて椅子に座る女性を見る。

「……?」

誰だ?と思う。その隣には、中高生くらいの男の子と、小学校高学年くらいの女の子、そして少し年下の男の子と三人いる。三人はチコを見ると立ち上がって深く礼をした。一番上の男の子は南ナオスの特徴があり、下の二人は西洋人に見える。


「……フェクダ?」

「……チコ様!」

そこに、休職中のグリフォも息切れしながら入って来た。

「……?」


「…………あの……」

その女性がうつむいたまま話し出すかと思ったら、

「チコ様!申し訳ございませんでした!!」

と、いきなり立ち上がって頭を深く深く下げた。横の男子も慌てて礼をする。


「……??」

よく分からないチコに、グリフォが叫んだ。

「ソーイ!!」

「?ソーイ??」

チコも驚いて、その女性の顔を覗き込む。


ソーイは、サダルの部下の戦死したマゼリアの妻だ。

フェクダもグリフォも彼の昔をよく知っていた。そして、マゼリアはカフラーの信頼する部下でもあり、アセンブルスやレオニスの上司だ。チコの元上官でもある。


「その、あの、その……最近アンタレスに入ってきました……」

と言って、ソーイはまた「すみません!!」と、今度は数歩下がって床に頭を付ける。

「は?!待て、何だ?ソーイなのか?」

ソーイは軍や国の職員ではないので、チコは数度しか話したことがない。顔立ちも少し違う感じがして飲み込めない。気を集中して霊性を見ようとするも、女性から話し出した。



「すみません……。夫が死んだ後、怖くなって国外に逃亡しました……」

「………逃亡?」


サダルが捕虜になりマゼリアが死んだ頃、多くの人がチコの元を離れたので、そう言われても今更どうしていいのか分からない。ソーイは国家職員でもないし、あの頃は国家職員さえチコの元を離れた。重要な仕事、役職に付いていた者、国家反復の罪がある者以外はほとんど罪を問われていない。

「軍機を持って逃げたとか、そんなんでもないだろ?」


「……お腹に子供がいて、このままチコ様の元にいたら……あの……その……襲撃も…親族や周りも怖くて……。ガイシャス様に止められていたのですが……」

「子供………」

チコは一番大きい男の子を見る。

「………ならマゼリアの子なのか?」

「……あ、はい!」

その男子はもう一度礼をした。

「!」


そして、思わずガバっと息子を抱いてしまう。

「?!」

「……よく生き残ってくれた……」


「……チコ様、彼が戸惑っています……」

フェクダがチコを離させる。

「……ならこの二人は?再婚したのか?」

「あっ……いえ、遠縁の子で親を亡くしたので、引き取って西アジアのフーロンに住んでいました……」

「……そうか……。」

と言って、チコは二人の子もそっと抱きしめた。



「……数年前から夫が夢に出てくるようになって……。それでも何もしないでいたら……この前息子の前にも出てくるようになったんです………それで……。

でも、ユラスに行くのは怖くて……駐屯のあるここに来ました……」

サダル一行の前に行くなど、怖いし恐れ多くてできないであろう。チコだっていやであった。聞くと、身を隠すために少し整形までしたらしい。フーロンまで紛争中の兵や親族が追ってくることはないと思うが、よほど恐れていたのか。妊娠子育て中だったので、夫がいない中過敏になっていたのかもしれない。


息子が震える母の肩を抱いている。



「大丈夫だ。顔を上げてくれ。」

今、ガイシャスは休暇でユラスに戻っているため、グリフォに対応を任せる。

「昼が近いしな。何か食事を。」

「はっ」


「戻って来てくれてありがとう……。」

チコはソーイを起こした。

「細かい対応は、ガイシャスかアセンブルスを通して後で詳細を聞く。一先ず食事をしよう。」

ソーイは頭を上げずに頷く。



今思えば、マゼリアは下町ズみたいな性格であった。

軽快で、女性好きで、よく笑っていた。



駐屯の地味な廊下。


過去と未来が交錯する。



閉じていくとだけ思っていたのに、開けていくものもある。






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