18 ナオスの憂い 金白の反撃
※こちらは、なろうトップの更新作品に出て来ませんでしたが、完結後に更新されたエピソードです。
最初の方の家系やその位置説明は、面倒でしたら***まで飛ばしてください。とにかくナオス族もナオス家も複雑で、反対した家門も多く、なのに今媚びを売ってきたり、ナオス族長一族に自分の氏族を組み込もうとしているという話です。
ユラス社会の構造は、アーツメンバーが知っているより遥かに複雑だ。
まずナオス族を初め、オミクロン、バベッジとそれぞれ複数国を持ち、その周辺国にもユラスは血統を継いでいる。中心国家ダーオには族長のナオス家以外に、歴史の人物ユラスの息子、長男ナオスのさらにその息子たちの家門だけで11家系あり、さらにその孫たちまで行くと数十家。ナオス族長兄家門だけでそうなので、その数は計り知れず、財力や勢力など力だけの話でいうと、ナオス家よりも強い家系もそれなりにいる。
それでもナオス家は財力上位にいたが、一族虐殺以降、内戦も激化し、実質的な力も大分失ってしまった。
けれどナオスが長兄位置であり続けたのは、直系家族に義人が多いこと、聖典歴史にそのまま直結していたという理由がある。そして、圧迫を受けていた前後にも多くの人に『ナオス直系に繋がるよう』天から預言が下っていたからだ。
それがなくとも支えたのが、カーフとレサトの家系であるカプルコルニー家とバイミース家、そしてカストルに従った、中央オミクロンだった。
カーフとレサトの家系は、サダル捕虜期間も氏族一同でチコを支えた数少ない名家である。ただし、カプルコルニーは北方勢力。バイミースはダーオでは大きいとは言えず、それぞれ家長や長男、叔父などを戦争で失い、チコも残ったその子孫を守ることで精いっぱいだった。
サダル帰還後、早々に頭を下げに来たのは、メルッセイ家とジョアのザルニアス家、ディオのビジター家など。彼らを筆頭に多くの家門が頭を下げに来た。
逆に、完全な離反勢力にはならなかったが、未だ燻っているのは、古参保守系のディスターユ家、パッシー家、フェーメイ家。革新系のモリス家、ゼーシズ家などが中心勢力である。
とくにディスターユ家はその筆頭で、男系も残っているのに、女系であるザダルメリクがナオス家を引き継いだのが許せなかった。
しかも、サダルの父親は、名もないバベッジ族でその母親は東欧系のサウスリューシア人。父のジェネス姓は昔の名門でも、祖父自身は家門の端っこで系図に載るか載らないかの、目立たない片田舎の出身だ。しかも三代前には夫婦でサウスリューシアに移住している。
ナオス家は海外に逃亡した親族の一部が帰還と共に次代に継ぐ予定で、今代はサダルが一代族長になると決まった時にも、納得できていなかった。しかもユラス全議長の座はサダルがこののまま保つという。
ディスターユ家はナオス遠縁の者たちを祭り上げ、実権は自分たちが持ちたいと思っていた。
ただ、バカではないので、全勢力を奪えば、ナオスが背負っているユラスのあらゆる負債も引き継ぐことを知っている。
運勢は、運勢の預金のない場所には微笑まない。
強烈な運勢は、その人物がどうであれ強大な背景を持つ者にしか担えない。
ユラスは東洋思想や中央宗教も入っているので、運も力量も積まなければ大きくならないことを分かっていた。
そして、どんな理由があれど、人を、とくに長首を打つということは、それなりの重みと咎を背負うことも知っていた。
その負債と咎はユラス数千年の歴史だけでなく、既にアジア大陸や周辺国家、そしてまだ一部でしか担えないニューロス世界も抱えている。そして東アジアは、ナオス家とオミクロン家を中心に信頼関係を築いている。
それは、彼らが数代にかけて作ったものであり、いきなり全てが変わったら、その関係も崩壊するだろう。なにせ連合諸国のために、彼らが犠牲にしたものは多くの人命でもあり、家門でもあり、ユラスの貧困でもあり、アジアはそれに最大の畏敬と敬意を払っていた。
ディスターユ家自体が信任を得ている訳ではないのだ。
ナオスから運勢と手法も引き継がなくてはならない。つまり、奪うのではなく少しずつ受け継ぎ、すり替わっていくのだ。過去、歴史に名を残さず、革命と名が付かなかった全ての勢力図交代のように。
実は、歴史のほとんどはそのような革命の方が多い。
***
首都ダーオにある、荘厳な会議場の広い廊下のソファー席。
「ギュグニーだけでなく、アンタレスでも派手にやったそうですね。」
「……」
長兄会議の後、サダルに話しかけてきたのは、ディスターユ家の現当主ザオラルだった。サダルより少し年上、ナオス六大家門の次点にあたる。
「……そうだな。」
ベガス駐屯は、あの地下崩壊の日、最終的にみな河漢艾葉に入った。
少しその話をしてから、ザオラルは話の流れを変えた。
「議長、ジーマが会いたがってたのですが。宇宙生態学に関心があるらしく。覚えていますか?以前会った時はまだ成人していなかったのですが、今は親のひいき目を抜いても美しく育ったかなと思います。」
「………」
ジーマはザオラルの末娘だ。
「……アジア方面の伝手ならママオを紹介しておくが。」
宇宙関連の研究所にいる知り合いの名を出しておく。
「……つれないな。会いたいとか思わないのですか?ジーマは楽しみにしていましたが?」
「面会の予定が詰まっていてな。午後はノルファール家の姉妹に会うし、夜はテレスコピィだ。メイジス、いつ空いている?」
「4カ月後ですね。あとは、家族同伴ができる食事会などかと。」
「…………。はは、よろしくお願いいたします。」
早急にサダルに会いたかったら、ソライカのように突撃しかないのにと、横で聞いているサダルの側近たちは思う。ノルファール家の姉妹は、本格的に宇宙事業とユラスのニューロス導入事業に参加するために個別で面談をするだけだ。
「………あの……」
誰かが近くに来たので、二人がふとそちらを向くと、ルバを深く被ったチコであった。
「お久しぶりです、ザオラル様。」
チコは深く礼をする。
「夫人、こちらこそ。」
ザオラルも立ち上がり、両手を出すのでチコもよそよそしく手袋をした手を出した。
「……」
グッと握られた手に、チコはなんとなくだが、威圧感を感じる。
「素晴らしい技術ですね。本物の手と区別がつきません。」
義手のことだ。チコの今の義手は、簡単にしかコーティングされていないものだ。それでも一般の義体より中身は遥かに高性能だ。誉め言葉なのか、嫌味なのか。
「御夫人、それでこの後のご予定は?」
「予定?しばらくギュグニーに入ります。」
「……ではなく、将来のご予定です。」
「………。」
んん?という顔をしてしまう。先までの会話を聞いていないので、何とも言えないが、こういう話になった時ユラスでだいたい言われることは、「もう出ては行かれないので?議長夫人の座をいつ退くのですか?」と言うことだ。
「うちの子にナオス家の血を持った又甥もいます。子供に困ったらいつでも言ってください。」
座を退かなくともうちからの養子はどうだ、ということだろう。ザオラルは、ナオス家を精神的に離反したサダルの親族一人を婿に迎えている。ザオラルの姪を妻にし、彼は既に亡くなったので姪は未亡人だ。ナオス家に入って乳母になるとでもいうのだろう。
「…………」
ボーとしていると、後ろからカウスに突かれる。
『チコ様、先日の予習を思い出してください!』
先日の予習とは、ベガスで習わされたことで、『私たち仲良し夫婦なので、子供の有無関係なく、とにかく離婚しません』アピールをすることだ。これまでの手を繋ぐに加えて、寄り添い、労わり合い、くっ付きアピールをしろとの伝令だ。
その日は面倒な下町ズまでいたので非常に厄介であった。
『手をつなぐだけでもバカバカしいのに、まだするのか?』
と、ほざいたチコに、
『それで、国の目が変わるのに、あなたは人のために国のために、自分を下げることもできないのですか!私なら超抱きしめて、超ディーパ―なキスをします!』
と言ってカウスはチコに冷め冷め見られていた。しかし、下町ズには賞賛を受ける。
『…お前それ、私でなくサダルに言えるのか?』
と言ったら、言って同じく冷め冷めした目で見返されたそうな。
しかも、下町ズが『カウスの言うことを聞け!』と言うだけでなく、手の繋ぎ方まで伝授してくれる。陽キャのなまめかしい、そのままどこかになだれ込みそうな繋ぎ方を見せられて、チコだけでなく妄想チームも30歩くらい引いている。
『ちょっと変態か?』
『これが変態なら、夫婦はみんな変態です!』
『チコさん、あなたがするんです!!あなたのミッションです!!』
『キファ、お前偉そうだな。彼女もいないのになんでそんな動きが出来るんだ?』
『人の話はそらすんですね!!セクハラ発言です!!』
と、みんなに攻撃を受ける。
『これをせずに何をするのですか!!』
『チコ様、いいんですよ!あなたはここでは最高に高飛車な女になっても構わないのです!!相手を牽制して下さい!!』
と、他の護衛にも言われていた。
そして、その日の回想からユラスのディスターユ家を前にした今に戻る。
言われっぱなしもめんどくさくなってきたので、取り敢えずチコは言ってみた。
「ザオラル様、それは私に夫人の座を退けと?」
「………!」
「……?!」
今まで反撃に出たことがなかったので、ザオラルだけでなく、周囲が驚く。
「え、………ええ、いや、まあ、そうとも言いますか……………あっ……」
チコが議長夫人になって反対勢力には初めての出来事のため、意外過ぎて口を滑らせてしまった。
「でも、養子なら別れなくとも大丈夫ではないですか。何もそういうわけでは……」
自分の親戚をサダルの養子にして、できればいつか姪に妻の座に収まってほしいということである。
「私を誰だと思っている!!」
いつもルバを被ってサダルの少し後ろに控えていたのに、ガッと立ち上がった。
「?!」
「ザオラル、お前今度、妻を連れてこい。」
「はい?」
「妻や息子娘も同じ根性をしているのか?」
「?!」
「目上の人間に向かって……」
ザオラルの方が年上だ。ユラスは年功序列でもあるので、ザオラルの側近が食って掛かろうとするが、チコはザっとテーブルに置いてあった、ユラス聖典を鼻に突き出す。
「お前もだ。お前、軍の最終階級は?」
「ナオス中央第7陸軍陸大尉です。」
「ふざけんな!誰が目上だ?こっちは議長だよ!!」
ツンとそのまま鼻を小突く。
「?!!」
軍事国家ユラスの最高位は全ユラス議会議長である。一部空軍は首相になるが、それでも首相の上に議長は立つ。サダル不在の一時期ではあるが、チコは議長代理でもあった。
「……しかしあなたのゆえに多くの人材も……」
と言うところで、またチコが鼻を小突いた。
「それはサダルやジルにも言うんだな。」
「っ!?」
サダルの元でもたくさんの人が死んだ。ソファーに座ったまま無表情の議長を見て少しこわばる。
「こちらがたくさんの犠牲を出していた時、お前らはどこに逃げていた?
ああだこうだと言って、アジアとの協定を破綻させようとし、その間にナオスやオミクロンの家系が盾になって来た……」
「………」
「……逃げたとは……。あまりにも失礼です。」
ザオラル側の側近たちが言う。
「黙れ。今なら分かるだろ。逃げたこと自体は責めない。けれど、戦場に出た人間を貶めるな。そのせいで彼らは力を削ぎ、ユラス内でも余力のない家門になったが…………
天には永遠に残る。」
チコはユラス聖典を机に置くと、頭を覆うルバをバサッと取った。
「?!」
金色の髪が広がる。
そして星のようなアースアイ。
みんな息を飲む。
「その姪っ子も、又甥も連れてこい!」
と、躊躇なく言った。
このエピソードは、もう一話続きます。
サダルは、母親が族長の娘なので、当時の族長の外孫ということになります。