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ZEROミッシングリンクⅨ【9】ZERO MISSING LINK 9  作者: タイニ
第七十一章 青の狼
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13 未来から過去への



「それでこれが、おばあちゃんが残してくれたものです。」

少し落ち着いた場所に席を変え、タイヤン母がサダルに小さな箱を出す。



おばあちゃんとはタイヤンの祖母でなく、当時もっと年老いた一人暮らしの老婆のことだ。彼女は既に老衰で亡くなったそうだが、最期に親族に預け、さらにタイヤン母が受け取った物があった。


緑の目の子を思い出して、サダルは一瞬固まる。

その箱は、お菓子の缶に刺繍と宝石をちりばめ作った、昔のユラス人女性が好きな小物入れになっていた。


「……?」

チコは大人しくしているものの、何だろうとサダルを見る。

なんだか壊れそうで、サダルが慎重に蓋を開いた。

「?」

するとそこに入っていたのは、何かの布。タイヤン母が目で確認して、さらにその布をゆっくり取り出す。


「……これは?」

それは、ルバを締める織物の太い帯。それが二本。一本は未完成品だ。そして、他にも細いものが数本入っていた。

「おばあちゃんとクレバーが作っていたものです。」

「……?」

一瞬サダルが動揺した。


「一本はルイブ用に。一本はお兄さんに。」

サダルのことだ。

「………」

「ルイブの方も完成品のようでよく見るとこの辺り、でこぼこでしょ?これはクレバーが織った部分だそうです。」

保育園にもいかせてもらえないクレバーは、よくおばあちゃんの家に遊びに来ていた。そこでできることと言えば、絵を描くか動画を見るか、おばあちゃんの趣味くらいしかないので、少しづつ2人の帯を作っていたらしい。ルイブの格好が少しみすぼらしかったのは、貧しいからというだけでなく、あまり男や変な輩に寄られないようにという配慮もあった。内戦中でもあり、容姿がきれいな母子を守るためでもあった。


でも、もう少し飾ってもいいだろうと、締め帯や飾り帯を作っていたのだ。




「……ありがとうございます……」

少し眺めて、恐る恐るでこぼこした織り目を擦る。幼いクレバーがその場にいるようで何とも言えない気持ちになる。


ありありと思い浮かぶからだ。バカみたいに素直で、バカみたいに我儘で、でもバカみたいに一生懸命な姿。


「緑の目の子?」

そこに一言発したのは隣で見ていたチコ。

「?!」

サダルだけでなく、周囲も動揺する。


「……知っているのか?」

誰もチコに詳しくその話はしていないし、クレバーのことはこの地域と一部だけの小さな噂だ。クレバーの存在は知っていても、近くで会わなければ緑の目ということも分からないであろう。


「……いえ。ただ、いつも緑の目の子がいたから……」

「いつも?」

「……かな?」

実はチコも曖昧だ。しばらく考えるも分からない。





「あの、議長、これなのですが。」

それから、またたどたどしく敬語を使うタイヤンが、デバイスを見せる。

「!」

それは写真だった。


自分と母、そしてクレバーがいる。許可を貰ってタイヤンの家族たちも見に来る。

「うそ、子供の頃のサダル!?かわいい!」

チコの方が驚く。そして、周囲の護衛も不動の姿勢で構えているが、みんな見たそうだ。なぜって今回の同行組、半分は初期からの同志。不愛想な大人時代しか知らないので見て見たいと思うも、サダルは子供の頃から一貫して不愛想である。


「あら!なんてなんてかわいいのかしら!!」

おばあちゃんはまた泣き出す。

おばあちゃんには全てがかわいくて、全てが大切なものだった。もう大人だったルイブさえも。


「これお父さん?ホント?」

タイヤンの娘が若い父を見て驚いている。父親がなかなかカッコいい若者で混乱してしまった。慌てる父。

「ちょっと大人しくしていようね。」

タイヤンの奥さんもいるのに、これまた不愛想なサーライと仲良くしている写真もある。



これまでもこの写真を渡そうと思えば、渡すことはできた。けれど、内戦が終わっても、緑の目の子がどういう位置付けでいるか分からない間は、タイヤン一家もその写真の存在自体を深く胸の内に隠していたのだ。それに、サダルが遠い場所に行き過ぎだ。全民族の議長だ。




不愛想な時代の写真を不愛想に眺めているサダル。

そしてふと止まる。

「………」


父だ。


タイヤンの家族と食事をしている写真。

思いっきり不機嫌なタイヤンと、愛想笑いのように笑っている父。


黒に近い茶色い髪に茶色い目の、どこにでもいる親切そうな人。


この写真は見たことがあった。

でも、母はデータ自体を管理できなくて失ってしまう。少し大きくなってタイヤンに見せてもらったが、家にあった半分遺影代わりに置いてある証明写真以外の父を見たら、不安定だった母がどうなるか怖くて受け取らなかったのだ。その頃の生活を、父を、母を怨んでいたのもある。




軽く軽食をし、明日はギュグニーのラボに行かなくてはならないので席を立つ。


「サダル……。またいつでも来いよ。」

「はい。」

サダルの方が敬語だ。


「あの……」

サダルは挨拶代わりにゆっくり話し出した。

「母は……この商店街で生きることができて、幸せだったと思います。」

「……」

みんな黙ってしまう。


「もちろん、アジアかオミクロンに飛ぶのが安全面では一番よかったのかもしれませんが、実際行けませんでしたし………」


今なら分かる。

首都ダーオは、混乱の混乱の中、何よりも権力層が疑心や我欲でお互いの足を引っ張り合っていた時だ。きっと母は、そんな場所で自分を守っていけるほど、賢くもなく強くもなかった。微妙な位置にいたゆえにどうにか身も守れたが、首都にいたら雲隠れでもしない限り男に手を出されていたことだろう。


背景にナオス族長の威光と権威を隠し、黒の中に輝く青緑の光沢を持つカラスの羽根のように美しかったサーライ。



「……母はよく家で、上機嫌で歌ったり踊ったりもしていました。ここに居たから見れた姿です。」

成人したチコやサダルでさえ戸惑った首都。でも、母はこの街でどうにか楽しい日々も過ごせたのだ。




そして議長夫婦は、タイヤンの家族から手織りの帯を、商店街からも手染め手織りの民族衣装を貰い、一旦首都に戻る。




***




首都に戻った二人は、ユラスの共同墓地にいた。部下や護衛たちには少し下がってもらっている。


その墓地の一角にある大きな木。

この木はユラス人が自分たちの象徴の木のように敬ってきた大切な祈りの木だ。




サダルはかつての自分を思い出す。


あの頃全てが忌々しいと思ったサダルは、この木に緑の目の子の遺骨を撒いた。



ユラス人が尊く思っているものを、ユラス人が嫌って憎くて憎くてしかないもので汚したかったのか。

あの時の感情はひどい混乱と憎しみだった。



ユラスの世界で大切にしてあげたいと、守ってあげたいと思ったわけではない。



全てが憎くて憎くて仕方なかった。



手に余る子供をかくまった母。

勝手に勇士となって勝手に内乱を犯したユラス。

自分たちの力では今の生活は維持できないのに、全てを自分たちの栄光だと思っているナオス族。

自分たちの小さな家族を勝手にかき回したあの暴徒。


ナオスを誇って全てを受け入れようとした母の行動の意味も知らないで、目に見える怒りだけで母を見捨てた大衆。



何も知らない顔で、何もできないのに、勝手に自分の周りをうろつく緑の目の子供。



どれもこれも正しさを持ち合わせていないように思えた。



でも、でも………



サダルは小さなケースを出すと、中の粉の半分を取ってその木の周りに撒いた。


「……それは?」

「母の遺灰だよ。」

「………」


二人で手を繋いでしばらく祈る。

ユラスの平和を、ユラスが平和の一手になれるように。



それから、小さなロボットを木の片隅に置いた。

「?……おもちゃ?」

東アジアのお菓子のおまけだ。全部別のロボットを集め、7つ揃うとさらに大きな一つのロボットになる。

「弟が好きだったロボットだよ。当時の物はもう全部手に入らなくて、シリーズはちょっと違うけどね。」

サダルがほしかったシリーズは当時驚いた額よりさらに高く、未開封の物はなかった。でも、あの子はどんなものでも気にしないだろう。

「……ふーん。」

赤や緑や、黄色。カチャッとはまる部品。南海の子供たちが好きそうだ。




そして、その木の下の芝生にサダルが座り込んだので、チコも横に座る。


「昔ここに、弟の遺灰を撒いたんだ。憎しみ紛れだったけどね。」

「………」


「………今は、」

「…………」

「母さんを恋しがっていたから一緒にしてあげたいと思っていたんだ。」

「……そっか。」




「………今なら思うかな………」

「……」


サダルは少し遠くを見た。


「自分が足りなかったんだって………」

もうどれだけ昔のことか、分からない気分だ。



今ならそう思える。



「……なんであんなに小さな命一つ………」


「………」

チコは何も言わずにサダルの言葉を待った。



「守ってあげられなかったんだって……」



しばらくするとサダルは自分の膝に顔を寄せた。

「……なんで守ってあげようとも………思わなかったんだって…………」


チコが気が付く。サダルが泣いていた。


「……サダル?」

泣いている夫を見たのは初めてだ。

「……ぅっ……」



「サダル?サダルのせいじゃないよ………。サダルだって、小さな子供だったんだから……」



小さいといっても緑の目の子よりずっと大きかったのだ。



母は時々言っていた。


――私たちは族長一家だからね、他の人に背負えないものが少しだけ背負えるの――と。



「……っう………」

チコはサダルの背中に回ってそっと抱きしめる。

嫌われていたチコの手足、機械化されたその手の平。でもそれで、後ろから少しだけ目を拭ってあげる。


「大丈夫。サダル……私も何もできなかったから。」

それどころか、独裁国家の一国を担った大叔父や伯父の負債もこれから返していかなければならない。



「……サダル…………」


またそっと抱きしめて、

自分にサダルの傷が癒せるかは分からないけれど、一緒にいてあげようと思った。




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