12 世界への派遣
「タラゼドさん!」
「あ、おつかれ。」
南海にミーティングに来ていたタラゼドを見付け、相変わらず地味女な響は嬉しそうに駆け寄る。
「ふふ。」
とってもとってもうれしそうだ。
「………」
いかにも待っていましたという感じなので、タラゼドは軽く響を包み込む。
「響さんご飯食べたの?」
「まだです。」
実は響、この年末の連合国家医師試験に合格。独立もできる正式な医師になったのだ。しかも、看護資格、薬剤師、漢方医、東医師を持ち、今回の最年少合格者になってしまった。資格狂かと、自分でも突っ込んでいる。そして、成績は総合で中間であるものの東アジアの試験を通過していないため驚かれている。連合国家共通試験は基本医師が受けるものだからだ。
受かっても受からなくても、試験最終である3ステップが終わったら、入籍する話であったので、めでたく家庭を持つことができたのだ。
しかも、披露宴はどこでするのかとなぜか本人たちそっちのけで大問題になり、おじい様も別荘の山根ご夫妻もまだ健康で旅行も大丈夫ということで、タラゼドが嫌がる中、ベガス南海のいつもの花札じじい1の食堂で開いたのである。
なお、壮絶な見ものは、タラゼド姉妹従姉妹たちのブライズメイド争奪戦と、シンシーと伯お兄様の妻である義姉との無意味な張り合い。そして、アンタレスで開いてしまったものだから、響に懸想していた教授や先生方まで来てしまい、意味が分からない。なぜか、龍家やカーティン家も参加。知らない人たちや軍まで来る。あとで分かるのは、公安も来ていて響の仕事の知り合いだったらしい。
花婿花嫁よりギャラリーが大騒ぎ。タラゼドも響も、もう普通の服に着替えて普通に飯を食べていた。
かわいそうなことにリーオも来ていた。「姉さんの親友である以上、今後も全く避けては通れませんから」と言い、みんなの同情を誘った。下町ズ、泣ける。
イオニアも避けることなく披露宴を見て、いつもの如く外まで宴会場だったので、ファクトたちと夜空の下でジンジャーエールを飲んでいた。タラゼドの元彼女、コパーも似たような感じで離れた場所で食事だけしていったらしい。
「響先生のラストスパートは俺ですから!」と言って、最後までひんしゅくを買っていたのはキファである。
そして、石籠は、面倒で会場をよく見ず後ろや外にいたので、地味女響の結婚になぜこうも男どもが騒ぐのか。所詮男も金か、逆玉狙いかと未だウワサの美人、響を知らない。
そんなこんなで、時々二人が一緒にいるのを見るのだが、大房民、羨ましくて仕方ない。
「………」
嬉しそうに「まだです」という響を横で見ていた下町ズ。もう数度見ている光景だが、毎回「ああ゛??」という顔をしてしまう。とくに男子。
「ねえ、もういい加減慣れたら?」
リーブラがたしなめる。
「慣れるかよ!!」
「タラゼドの奴なんて言ったか知ってるんか??」
「はあ?」
「…あんなに、響さんめんどくさい、あんまり合わないかも、とか言ってたのに、この前聞いたら、……新婚生活めっちゃ楽しい、響さんめっちゃ可愛いとか言ってやがるんだぞ!!男に二言はないはずだろ?!」
「そう思うなら、最初から言うな!っつうの!なあ?」
「会社切り上げる時間、最近早くないか??あれほどアーツ、面倒がってたのに!!」
「……」
リーブラ呆れる。
「……いいじゃん。会社より奥さんに合わせてくれるなら。新婚なんだしそのうち落ち着くよ。」
「まあそうだよな!熱々の方が後で冷めるって言うし。」
そうは言っていない。
「ちげーだろ!自分の欲に合わせてんだよ!あいつの下心に響さんは気付いていない!」
「……ああ、岩盤の男の一人、タラゼドだったのに……」
とにかく男たちは羨ましいのである。
羨ましいに理由はないのだ。
そして、下町ズはアホなので、婚活おばさんと婚活おじさんから逃げに逃げていたのに、最近ここぞとばかりに婚活エリアに入っていく。しかし、世界が動いて忙しいのもあるのだろうが、あんなに婚活に必死だったのに、下町ズから入っていくとなぜかそこまでではなくなるお二人。
「チコさーん。お久しぶりです!あの、最近……婚活モードなんすけど。」
と言うと、
「お、そうか?ベガスでナンパするなよ!」
と、忙しそうに去っていく。
鉄は熱いうちに打て!というのが真理なのか、ちょっと違うのか、こちらがその気になってくるとそうでもなくなる真理でもあるのか。別にチコを通さなくてもいいのだが、折角ならチコの威光にあやかっておきたいのである。
それでもベガスは、東アジアの都市地域で非常に高い結婚率を誇っている。なにせ、西アジアやユラスは結婚や婚約者を早く決めてしまう。そんなのをしょっちゅう見ていたら羨ましいに決まっている。けれど『傾国防止マニュアル』が身に染みすぎて、下手に彼女も作れない。
響たちが結婚してからは結婚数はさらに多くなった。アーツも30代に近いメンバーは誰かとお付き合いをはじめたり入籍したりしている。
そんな中で一番結婚が多いのは、妄想チーム認定陽キャのABチームよりも、あまり目立たなかったCチーム前後の普通人たちであった。普通にいい感じの移民の子たちと、普通にいい感じに結婚している。
大房商店街肉屋のリーツゥオなど、田舎の牧場の子と結婚するということで、都会で自分が妻を守っていくスタイルかと思いきや、妻にした西アジアの子の実家は実は大牧場。従業員も個人規模でないレベルで抱えていた。精肉工場まで有し、牛や羊に自分で予防接種や簡単な治療の刃を入れていた強者。今では奥さんの能力で、大房商店街の店の維持はもちろんベガスや河漢にも肉屋を開いている。
では、大房で女に困らなかったアーツのABチームはどうしたかというと……
実は彼ら、時々戻っては来るものの、ギュグニーやその近辺に派遣されていた。
イオニアやシグマ、ローたちもそうである。もちろん彼らだけでなく、アーツ河漢も含めた3分の1ほどが既に海外派遣の対象になっていた。タチアナやティガ、ミューティア他、既婚者のタウやベイドも、希望でその周辺の仕事に行っている。
これまでベガスや河漢を支えてきたサルガスやゼオナスも近々視察に行く予定だ。4年ごとに、役職の見直しもある。
***
そして、今。
サダルとチコはサダルの父方の祖父母、イーストリューシアの父の実家に来ていた。
結婚してすぐ亡くなってしまった、父の両親だ。
母が挨拶に来たいと言いながらずっと行けなかった場所。
「……サダル……」
始めは控えていたものの、サダルから抱擁に行くと泣きながら祖父母もサダルを抱く。当時父の遺骨をここに送ったのはナオス軍の遣いであり、父母はまだ、息子の家族を一度も見たことがなかった。ユラスのニュースを見る度に、気をもんでいたことだろう。
深く謝罪し、チコと礼をする。
「…いいんだ。まさか孫の嫁の姿まで見られるとは……」
祖父がチコも軽く抱きしめる。ニューロスである私でよかったのかとチコは怯むが、40年近くくすぶっていたサダル親子の思いが果たせたことはよかったと思う。
サダルの母はどれほど、義両親に挨拶に行きたがっていたのか。自分では何もできなかったサーライは、ほっとしているだろう。
そのまま、今度は母国ダーオに飛ぶ二人。
ダーオからさらにその近隣都市に向かう。
その地の中規模の街の商店街で、二人は大きな歓迎を受けていた。
ルイブ・テンサーことサーライと、幼いサダルが育った街だ。
既に大勢が集まっていた。
その広場で、緊張した面持ちの民間人の家族たちが、軍人に囲まれたユラス全議長夫婦に敬礼をする。
「あ、あの………本当にサダルなのか?」
「お父さん!」
思わずつぶやくように言ってしまって、息子に小突かれる背の高い男。
「あ、その、あの……議長……」
と、姿勢を正して視線を下げた。
サダル夫婦もその家族に深く礼をして、息子娘ををビビらせる。
「タイヤン、いいですよ。普通にしていてください。ご健康そうで何よりです。」
「……」
「皆さんには心から感謝しています。」
という割に、サダルはクスリともせず真顔だ。タイヤンは呆気に取られているが、家族がビビっているので、遂にチコがもう一度礼をし感謝を述べてフォローした。
「……大丈夫ですよ。いつもこうですから。」
「滅相もないです!……というか、本当にサダルなんだな……。大きくなったな……。
まあ、相変わらずだな。はは……」
有名人なので知ってはいたが、実物を前にしてタイヤンは気が抜けてしまった。本当に生意気な子供だったが、生意気を越えてしまってどうしたらいいのか分からない。
タイヤン家族はかつてサダルが育ったこ商店街で、一番サダル一家の面倒を見ていた家族だ。今周りには、当時の他の家族たちもいる。彼らはあれ以降方々に散っていたが、ここ10年ほどで戻って来る住民も増えていた。
タイヤンはサダルと別れてから数年後に結婚。四人の子供がいて、上の2人は既に子供がいるのでもうじいじである。ルイブが好きで好きで仕方なく、あれからも暫く結婚できなかったそうだが、そんな自分を拾ってくれた同じナオスの女性と結婚したそうだ。
周りとも挨拶しながら夫婦で握手したりや簡単な話を聞いていると、一台の車両が広場の隅に入って来た。
そこから手伝ってもらい車から下りた老年の女性。
彼女は介助した人に挨拶をして、広場を見ると信じられないように目を見開いて、議長夫婦の方においこらと不安定な足取りで駆けて来る。後ろからもう一人、それよりはだいぶ若い女性も降りて来た。
「……サダル!」
護衛が止めようとするも、サダルが制した。タイヤンの子供が女性の体を支え、サダルも前に出る。すると、わああ!と泣き出し、サダルが身を屈めるとその身を抱きしめた。
「サダル!サダル!!」
その女性は商店街の避難時に、サダルを置いていけないと最後まで泣いていたタイヤンの祖母であった。苦労してきたのか、年齢よりも老いている。
「サダル、サダル!このバカ!」
たくさんの家族や知人を失くした祖母は、要人暗殺などのニュースを見る度に、サダルがいつ死んでしまうのかとずっと心配し、毎日祈っていたのだ。
後ろで礼をするのはタイヤンの母だ。目玉焼きしか焼かない母の代わりに、サダルはいつもこの二人のご飯で栄養を取っていた。曽祖母もいたが、彼女は少し前に亡くなった。
「おばさん、ありがとうございます。」
サダルがそう言うとタイヤンの母も、耐えきれないように泣き出した。