11 決意
「はい?」
「……そういうことだ。」
「……はい?腕がないんですよ?」
目の前にいるエリスに疑問しかないのはムギ。
ここはベガス正道教教会の執務室。
「それが何なんだ。そんなこと、ムギが一番気にしないタイプだろう。」
「えっ?そうですか?」
体に傷ができたので、もうメンカルの王族とお見合いする話はなくなったと思ったのだ。なのにまだ続行中だという。
「なら、自分に婚約者がいて、腕がなくなったからと言ってバイバイするのか?先がないとか、もっと大きなケガをしたとかでもないんだ。」
「……でもまだお見合いもしてませんし、相手は王族ですよ?腐っても。」
「ムギ!なんてこと言うのですか。」
一緒に話しているデネブが怒る。
だって、下町ズからメンカルの王族は第二婦人第三婦人、愛人だらけであると聞いている。正妻から生まれたのはタイイーとその兄2人の3人だが、他にも愛人の子が複数いて、その先王もたくさん妾がいたらしい。めちゃくちゃ嫌である。義家族がどれだけいるのだ。そしておそらく、ほとんどが厄介者そうである。なにせメンカル。
「仕方ないだろ。怪我で体を欠損したと伝えたのだが構わないらしい。」
『朱』にお見合いという求婚したタイイーは北メンカル王国の三男だ。
タイイーの母は、写真で見ても美人という感じではない。スリムでもないし丸顔で背も低い。けれど、バイタリティーがあり、海外で学位とり政治に詳しく策略家であった。お互い政治的に繋がりを保ちたい思惑があり、家臣の娘であったため結婚に至ったが、好き放題できる現王は嫁はそこそこに、美女やその場で気に入った者などたくさんの女性に手を出していた。なにせほぼ独裁政権だ。
王妃も野心家であり、分かって結婚したのでそんなことは一向にかまわなかったのだが、ある時したいように国も回せなくなり、はじめの頃の情熱や野心も無くし、人生で初めて絶望し落ち込んでいた頃に産まれたのが三男タイイーだった。
しかし彼は、上の兄たちのように父親がしていることを自分もしていいと思う性格ではなかった。上の兄はここぞとばかりに女性たちに好き勝手をし、2番めの兄は誰でもという感じではなく、むしろいつか女に踵を取られるし、あっちこっちに欲しくもない血縁ができると二人を嫌悪した。ただ、少しの機嫌ですぐに女性を乗り換え、父や兄ほど方便ではなかったが似たようなことはしていた。向こうが百人数十人なら、こっちは数人だからいいだろうという考えだ。けれど、タイイーは1以外はみんな同じだと思っていた。
そしてどういうことか、子供のタイイーはどこからか聖典信仰を学び、新約に共感して修道士になりたいと言い出したのだ。駄目だと言ったら、南メンカルに降りて3年間仏寺に出家してしまった。
半分は反抗心である。
実は、タイイーが聖典を学んだきっかけは、母であり、意外にも父であった。
南の独裁国家の多くは、国家が他教や人本主義でも、温帯や寒帯の国ほど宗教自体にこだわりがなかったため、他国から聖典を貰えば献上品として戸棚に入れて置き、禁書にもしなかったからである。
むしろ贈り物は全て戦利品であり他国と友好の証であり、彼らの物を取り入れたという力の象徴でもあった。王は聖典は読んでいたが、意味も深く分からずその辺はアバウトだったため、世界のトップが敬う物なら自分も持っていた方が様になるとだけ思っていた。
そんな訳で父は読むわけでもなく、法王や総師会に貰った物など立派な棚で立派なお飾りになっていたのだが、ある日王妃がその飾りから白い光が出ているのを発見する。いつも母を心配して付いて来たタイイーが共にいて、タイイーに光は見えなかったがきれいな装飾の本だと愛読書になり今に至っている。
南メンカルの寺院から高校にも通い、政権争いに巻き込まれないよう、王妃はこのままアジアか他大陸に亡命させようとしたがそれは失敗した。その代わり、進学先の大学でレジスタンスたちに出会い、ガーナイトの長となっていったのだ。
ギュグニーの情勢が変わったことは、今後北メンカルにも影響していくことだろう。
「……ムギ、そんな顔をするな。タイイー議長はまだ貞操だよ。」
本人の証言と共に、複数で霊視している。
「妻は一人で妾も作らないと約束している。」
高校生に話すことでもないので心苦しいが仕方ない。
「それに、反政府軍だからな。皆何かしら体に傷を負っている場合が多い。戦場ではないが、命の土壇場で失った傷はかえってよく見てもらえることもある。」
「……そうでしょうか。リギルさんのネットを見ている限り、何をしていても普通以外はあれこれ言われそうです。」
「………。」
リギルめ……とエリスはため息をつく。
「美人でも、不細工でも、病気でも低学歴でも高学歴でもネットではあれこれ言ってるんです。南の国にモンゴロイド系の腕のないお嫁さんが来たら目立って仕方ありません。……あ、そもそも受け入れてもらえないかも……」
「ムギ、そんなこと気にしなくてもいい。メンカルの近隣国家は今は人種も様々だ。メンカルもこれを機に変わっていく。何か言いたい者は、普通でも健康でもいろいろ言うんだよ。
さすがに王家だから立場を守るという意味でも、妊娠できることは条件に入るがな。それでも結婚しないと分からないこともある。」
「……」
「それに昔とは違う。手足の欠損は義体で補える時代だ。」
エリスとデネブは静かに見守る。
「タイイー議長から構わないと言ってきたんだ。それでも『朱』を迎えたいと。」
「……」
ムギは少し黙ってしまう。
「……あの、タイイー議長は、『朱』が私ってもう知ってます?」
「まだアジアとユラスを駆ける、27、8歳の壮麗な勇士だと思っている。」
「??詐欺じゃないですかー!!大房民と生きる、ベガスの高校生だって言って下さいーーー!!!!」
***
聖堂にもなっている藤湾の道場で、その後1時間座禅を組んでいたムギは立ち上がった。
建物の間をすり抜ける、赤とオレンジの夕日。
故郷の夕焼けはどんな色だったかなと、大陸の隙間の国を思い起こす。
けれど、山の夕焼けをはっきりと思い出せない。
「ムギ?」
そんな時、目の前にいたのはファクトだった。
「あ、久しぶり。もう大丈夫?」
「ムギこそ。」
「うん。最初無理したのはだめだったみたい。だから休んだし、もう大丈夫だよ。」
「そっか。」
「…………」
「……………」
お互いにくすぐったい気分がどこかにある。
ずっとそのままでいたい、そんな感じ。
思い出す、硬いのに温かいくすぐったい背中。
「……あの……」
「ん?」
「……あのさ、ムギはどこに行くの?」
「………」
ムギは全てが赤いようで、長い影も作る赤い夕陽を見た。
自分の記憶じゃない。人類の奥底が感じる、少し懐かしく、哀愁のある夕焼け。
けれど今、そこにはっきりとした天意が見える。
このおぼろげな夕日の中でも、ムギはしっかりと自分を見出そうとした。
「……私は……アジアラインの山を越えていくよ。横にも縦にも、全部見渡せるように。」
「……」
少し分からない言い方だけれど、ファクトにはなんとなく分かる。誰かを助けたくて走った森。
自分のために、自分たちのために、犠牲になってしまった命。
その全てを抱かえて、しばらく嵐が来ても、いつか全てに安心を与えたい。
ムギ小さな胸の内は、ひどく混乱したメンカルを、天の代理となって自分が整理したいと思い始めていた。
そう、あの朧気の中で、自分は居心地のいい背中から顔を上げたのだ。
「メンカルに行くよ。呼ばれたから。」
「!」
はっきり告げるムギに、今、支えは必要ない。
愛おしいと思う、小さな子供だったけれど、ムギはいつかここを発って行くのだろう。
――どの星もそれぞれの位置に送り返してあげなさい――
カストルの言葉が胸の中をよぎる。
――君が掴んでいい星は1つだけ。全てが元の位置に去っていった後に…1つだけだ――
まだ全てが終わっていない。
ファクトも思う。自分もまだ見届けるものがある。それはそれぞれの星が、それぞれの位置に戻っていくまで―――
「そっか、分かった。何かあった時はさ、いつでも助っ人に行くから。」
「うん、ありがとう。私もみんなに何かあった時は、ヘルプに行くよ!」
そう言って軽く拳を打ち合い、別れる。
明日は学校だ。
たくさんの星の夜を迎え、それぞれの朝に帰っていく。