10 再会
『トレミー』の白骨が回収されたのは、ある程度の調査が終わった後だった。
ニューロスの中になにかしらの形で入り込んでいた可能性があるので、一旦連合軍によって回収になる。テニアは、ニッカから預かった遺骨を少しだけ崩して元と一緒にしてもらった。
あてもなく亡くなった人々は、一度ここで弔ってもらい、全土の調査が終わった後に大きな葬儀と慰霊祭を行う予定だ。
そして、今は草だらけだったフェンスのコンクリートの下から、おそらく皆が脱走したであろう抜け道が見付かった。探せば見付かりそうな物だが10年はそのままだったのだ。
今は、『トレミー』が無自覚のサイコスターだったのではと予測している。獣道があると、当時のギュグニーの住民たちに広がったのも彼女の強い思念がそうさせたのか。
亡き伯父と兄シーの痕跡を追うためにもテニアはギュグニーに来ていたが、思わぬ報告が来る。
数日前にタイラに会った集落に、無事タイラの末娘が戻って来たのだ。
あの、ギュグニー脱走計画を実行した頃。
タイラは、捕まった先で自分が外から来た外交官だったと言わなかったらしい。連合側の要人と分かったら特別扱いを受けたかもしれない。貴重な人質で貴重な人材にもなる。けれど中心都市に行くと、政権の中心に巻き込まれ、かえって危険になる場合もあると大人たちが言っていたのだ。
いつ権力が変わるかも分からない政治家や軍部の妻や愛人にされたり、簡単に裏切り者やスパイにもさせられるかもしれない。豊かさを享受できる身分でも、精神を患ったり薬も出回り廃人になってしまう者も多いと言う。
地方もひどく荒廃していたので賭けでしかなかったが、タイラは現地人を装う。そして、その先で出会った男性と結婚させられ今に至っている。よかったのは、カラがいた頃のバイシーアの集落のように、話ができる人間たちがある程度いる場所だったということだ。バイシーアにいた者たちほどではないが、似たような考えは持っていた。
ただ、次女は幼い頃連れていかれ、一時期はどこかの山裾の工場で労働義務をしていたが、行方不明のままらしい。
それでもタイラの娘が、一人戻って来たのだ。テニアはその娘に会いに行く。
「テニアさん!」
今はテニア呼びになったタイラ。そこでどこかに派遣されていたという、末っ子を紹介されて驚いてしまう。
「ナオス人??」
紹介された末娘は既に16歳。そして薄褐色肌で明らかに混血だ。
「そうです。夫は南ナオス族です。」
陽烏やレサトのような、淡い髪に薄褐色肌が特徴の民族だ。実際は混血が多いので、ナオスには様々な人種がいるが、目の前の少女は一目で分かるほどその特徴がある。
「………。」
長女は普通の西洋人顔だったので、一瞬タイラと長女を見てしまうも、みんな同じ夫の子らしい。横で笑っている長女は人種も雰囲気もタイラ似だが、妹は違う。タイラは笑った。これまではあまり口に出すこともできなかったが、同じ父の、同じ母の子?というのは、ギュグニーではよくある疑問だから。
そして、ナオス族のような女の子を見て分かってしまう。
もうこれは、直観から来る確信だ。
テニアは今度は東アジアの同行している上官を見てしまう。
「………あの……もしかして……」
「………はあ……」
やはり分かるのかと、上官もため息をついた。
なぜってそっくりだ。『姉』より痩せているも、西洋人とも東洋人とも言えない顔立ち。
「私はテニアだよ。君の名は?」
「リンカです。」
「リンカ、少し手をいいかい?霊線を見たい。」
「……?」
女子はキョトンとするも、母が大丈夫というのでテニアに両手を差し出す。
そして握る、リンカの手を。
その時、霊性のある人間には、ぶわっと巻き上がるような風が起こるのが分かった。
鍵が解かれる。
ギュグニーが塞いだ霊壁の鍵が。
ザーーーーーとテニアの中でさざ波の音がする。
テニアにははっきりとした霊線は見えないが、大まかなくくりが分かる場合がある。
「………ナオスだと思うが……何か突っかかるな。」
スーと霊光が引くと、タイラが答えた。
「夫の父はバベッジとの混血です。義父が亡くなる時、シーの父の元にいたと言っていました。」
「?!」
これには周りも驚く。少々歳の離れた夫は今違う土地にいるらしいが、その父親はシーの近親者であった。しかし、バベッジ族国家にいた当初、シーの派閥に乗らずナオス国家ダーオに亡命。そこで暗殺され、幼い夫は拉致される。しばらくは拉致先のシーの元にいて、子供時代は優秀なシーを尊敬しその政権下にいた。けれど、様々な疑問が湧く。結果、シーが暗殺された時にその地を離れ、それからは地下活動をしていたらしい。
……俺も見たことのない、俺の兄に仕えていたのか……。
と、思ってしまうテニア。シーは実兄だ。
「……幼くてはっきり覚えているわけではないのですが、夫の記憶では、義父はシーの血縁者だと言っていたそうです。おじさんだとか……」
それって、自分の叔父さん?と、考えてしまう。こういう政権争いは親族を巻き込むことが多いので、ありえない事でもない。おじさんと言っても幅広いが。けれど自分がボーディス・バベッジと知っているのは、この中には今話していた上官の男性しかいないので、口にはできない。
でも、
でもならば……
「お話の途中失礼します!ザイタオス・ニッカ氏が到着しました。」
「……ああ!」
そこに軍用機でやって来たのは、故郷のイソラでギュグニー開放後の支援活動をしていたニッカであった。もう一人、非常にガタイのいい北アジア系の男性を連れている。さらにその後ろには少し歳の夫婦もいた。
「?!」
「テニアさん?」
テニアの存在に驚くニッカ。
テニアは上官と顔を見合わす。
「……やっぱりそうなんですかね。」
「そうだろう。」
「ニッカさんこんにちは。」
「あ、こんにちは………」
「こんにちは。」
上官も挨拶をし、ニッカを見る。
「あ、お久しぶりです!こんにちは。あの、そうなんですか?」
頷く上官は、トレミーの遺骨の件でアンタレスでも数度会っていた人だ。
そこで、少し離れた場所でニッカを見ていたタイラは信じられないような顔をした。
「………キッカ……?」
「……?」
「ニッカって…………キッカなの?」
「……え、あ、そうです。……兄が北西アジア呼びはキッカだって言っていました。」
そう、ニッカはナオス族の特徴を持った薄褐色肌だ。そして同じくらい驚いているリンカも気が付く。お互いそっくりな顔。
「キッカ!!」
タイラは走り出しした。
「へ?!」
思った以上に力強く抱きしめられる。
「キッカ……」
「……あの……もしかして……母です……か?」
「………そう。そうだよ……。キッカ……!」
「………。」
あまりに驚いて呆然とするも、タイラはニッカの顔をもう一度確認し、そしてまた強く抱きしめた。
横のリンカも気が付く。
「もしかしてお姉さん?!」
「……妹なの?」
ニッカが今度はリンカの顔を見ると、コクっと頷く。
「……ということは……本当にお姉さん…?」
立っている女性を見ると、その女性も頷き、そして抱き合った。
「………」
説明は後に、周囲は全員抱きしめ合う家族の姿を見ていた。
そんな光景を見ながら、ニッカと共に来た非常に大柄の男性にテニアは聞いてみる。
「あの……彼氏さんで?」
「……!」
その男に睨まれる。
「おわ!……ごめんなさい!」
「キッカの兄だ。」
「え?!お兄様までここに?」
すると、言葉少なく不愛想に男は後ろにいた夫婦を指す。
「……キッカの養父母で……私はその次男だ。」
「おお!!なるほど!というか……ならアリオト君のお兄様で!?」
アリオトはアジアライン共同体の青年リーダーで、自分は末の弟だと言っていた。お兄様はコクっと頷く。
「弟さんにお世話になっております!!」
息子ぐらいの歳の真面目なアリオトを、めっちゃ困らせていたテニアである。
ニッカは産みの親の顔も覚えられない歳に、労役大使と言う名目で連れ去られ、田舎の夫婦の養女となった。ただしギュグニー内では、その養父母の実子になっている。その後亡命し、イソラの今の家族に出会ったのだ。
タイラたちもイソラでの養父母家族に向き、お互い挨拶をし合う。義母は泣いて実母タイラと抱き合っていた。身分証明の登録、手続き的な証明は連合側で既に済んでいたので、また従軍牧師がタイラ親子を。そして、養父母家族も含め天に祝福を捧げた。
様々な話が進む中、テニアは頭の中で整理をする。
タイラの夫の父。シーとの血縁的位置にもよるが、ニッカもシーの何かしらの遠縁ということになる。つまり自分もだ。ということは、さらにこの三姉妹も遠縁ということになるだろう。
トレミーは荒れ果てた国境の獣道で待ち続けたのかもしれない。
大好きだったレグルスを。
でも彼女はいないから、その娘に近い者が現われるのを。
曖昧とした霊の世界で、本人と思い込んでいるのか、その霊線だけでもと思ったのか。
……繋がる者が現われるのを。
自分を変え、新しい道を見せてくれた姉でもあり、親友でもあり、家族のようだった外交官たちが現れるのを。
その香りを感じ取って……ニッカの裾を掴んだのだ。
***
それから3か月。時は流れる。
現在、NOVELDAYSさんの『ZEROミッシングリンク(ストーリー版)』を更新しながら、話数や章など、なろうさんの方の大幅修正をしています。誤字脱字を直すくらいの修正はだいぶ良くなったかと思いますが、多めに変更したところはまた間違えだらけかもしれません。修正を修正しないとおかしいところだらけ(´;ω;`)ウゥゥ