第16話 現地人からの情報収集その2
「ハア、ハア、ハア……アカン、時間が無いからこんなことしとる暇無かったわ」
2分ほど不満をぶちまけたエルは、肩で息をしながらそう言葉を漏らすと深呼吸をして一旦自身を落ち着ける。
正直、もっと長く待つことになるかと思っていたので半分別のことを考え初めていた(この世界で数日過ごすのならば食事などどうするか考えないといけないのだ)ので、突然正気に戻ったエルの反応を受けて私は慌てて意識をそちらに戻した。
「時間が無い?」
とりあえず、この2分間全くエルの話を聞いていなかったことを悟られないように気になった部分に疑問の言葉を投げかけてみる。
「アオイとレンは機関の研究室で育てられた実験体なんやで。普通に考えて、そんな存在が脱走した時の対策を何もしてへんと思うか?」
そう問われ、たしかに魔力を生成するためのナノマシンを体内に注入できる技術があるのならば、それと同時に発信器など居場所を把握出来る物を体へ埋め込まれていても不思議ではない。
それどころか、最悪反乱を起こした場合のセーフティーとして洗脳装置や命を奪う仕掛けがあってもおかしくなさそうだが、現時点で捕まったり命を落としていないと言うことはそう言った措置はされていないのだろう。
まあ、もしかすればそう言った装置には既に何らかの対策を施しているのか、そうできない何らかの理由がこの2人はあるのかも知れないのだが。
「でも、それだと直ぐに移動しないと危ないんじゃない?」
私がそう尋ねると、エルはヤレヤレと言った感じにため息をつきながら「流石に、直ぐには見つからないように対策済や。そもそも、そんなあっさり見つかるようじゃどうやっても逃げられないやろ。ウチは別に良いとしても、アオイとレンは普通に食事も睡眠も必要なんやから」と返事を返した。
「じゃあ、そこまで急がなくても大丈夫じゃない」
「いやいや、それでも長時間同じ場所におったらそれだけ発見されるリスクが上がるんは変わらんやろ。だから、睡眠も必ず交代で誰かが起きとかなアカンし、基本的には2時間以内には場所を移しながらこの1週間なんとか逃げて来て、それでもさっきみたいに追い付かれたんやからな」
たしかに、先程あんな人気が無い場所で追い付かれていたと言うことは、その対策も万全では無いと言うことだ。
しかし、それでも今は状況がかなり違うはずだ。
「でも、さっきぐらいの強さの奴等がどれだけやって来ても、私だったら簡単に撃退できるから問題無いんじゃないかな?」
私がそう告げると、エルは大袈裟な動作を付け加えながら「甘い! その考えは甘すぎるで!!」と声を張り上げる。
「アレは所詮、ほとんど戦闘力を持たないウチらを捕えるためだけに派遣されて来た下っ端や。まあ、擬神兵も連れて来とったんは予想外やが、それも2体だけとかなり少なかったからな」
「擬神兵、ってあのロボットみたいなの? 正直、アレもそんな強くなかったんだけど」
「まあ、あの規格は一番下の量産型やからな。ただ、アレと同じのが同時に百体…いや、いっそ千体襲って来たとして、アイリはウチらを守りながら戦う自信はあるか?」
「え? たぶん余裕だと思う」
エルは、シリアスな雰囲気で『絶対できないだろう』と言う自信を持って尋ねてきたようだが、あの程度の強さだったら3人の護衛に『分身』で分身体を1体置いておけばまず問題無く千体でも一万体でも余裕で相手できるだろう。
「だろ? 奴等の厄介なところは……は? 余裕?」
「うん、余裕」
そう私が断言すると、なぜか今まで黙って私達の会話を聞いていたアオイちゃんが険しい表情を浮かべながら口を開いた。
「あんな不意打ちで倒したくらいで随分と自信があるみたいだが、あんたはあいつらの本当の強さを分かってない」
「本当の強さ?」
「あいつらは、そこまで連発はできなくてもあたしと同じくらいの規模で魔法を発動できるんだ。だから、数が増えればそれだけ大量の魔法が襲って来るってことで、千体の擬神兵が放つ千発の魔法を捌くことなんて普通に考えて不可能なんだよ」
その言葉聞き、最初に浮かんだ感想は『なんだ、そんなことか』と言う物だった。
実は、さっき対峙した時にあの擬神兵と呼ばれるロボットが魔法を操れることなどとっくに理解していた。
実は私、長い間魔獣相手に特訓を重ねたおかげか『解析技巧』を発動させずとも相手の力量がある程度分かるようになっているのだ(完璧では無いし、時々読み間違えるけど)。
それに、なんとなく相手の魔力量やその出力についても察する事ができるようになっているため、先程の戦闘で軍服姿の人達が魔力を持たないことも、そして擬神兵と呼ばれるロボットが魔力を持っていたこともバッチリ理解している。
「うーん、たぶん大丈夫だと思うんだけどなぁ」
私がそう呟くと、アオイちゃんが更に険しい表情を浮かべながら口を開き掛けるが、私は片手を上げてその言葉を制して再び口を開く。
「まあ、信じられないなら試してみる?」
「試す?」
訝しげな表情を浮かべながらそう問い返すアオイちゃんに、「そう!」と短く返事を返した後に視線をレンちゃんに向ける。
「レンちゃんもアオイちゃんと同じくらいの出力で魔法を撃てるよね?」
そう問い掛けると、アオイちゃんとレンちゃんは『なぜそれを!?』と言わんばかりに驚愕の表情を私に向ける。
その反応に、私は内心『ここで読みを外していたら格好悪いから、ちゃんと当たって良かった』と安堵の呟きを漏らしながら、ある程度2人と距離を取ったところで再度声を掛ける。
「それじゃあ、2人で私に向かって魔法を撃ってみて」
そう告げると2人はギョッとした表情を浮かべ、その後に戸惑いの表情を浮かべながらどうしたものかと互いに視線を交わす。
「大丈夫だから! ……あっ、一応派手に爆発するヤツとかは撃たないでね。下手するとその爆発音で追跡者に見つかっちゃうかもだから」
2人はしばらくの間どうすべきが迷っている様子だったが、やがて決意を固めたのか私の方に鋭い視線を向け、両手を前に構えるとアオイちゃんは炎の矢、レンちゃんは水の矢を作り出す。
「そんじゃ、遠慮無く行くよ!」
アオイちゃんの言葉の後にレンちゃんも「行きます!」と小さく告げ、2人の作り出した炎と水の矢が私に向かって撃ち出される。
そして、その2本の矢は真っ直ぐに私目掛けて飛来し、私の体に触れた直後に砕けて消えてしまった。
「「えっ!?」」「ほう」
アオイちゃんとレンちゃんの驚きの声、それにエルの関心したような声が同時に聞こえる中、私は堂々と胸を張りながら3人(2人と1体)の近くに戻る。
「まあ、こんな感じで私には生半可な魔法じゃ傷1つ付かないから、大船に乗ったつもりで任せてよ!」
そして、そう声を掛けたところで2人から向けられる視線の警戒度が大幅に上昇していることに気付き、思わず笑顔を引きつらせる。
(も、もしかして調子に乗ってやり過ぎちゃった、かな?)
内心そう焦っていると、そんな私の心配など吹き飛ばすような上機嫌な声色でエルが言葉を発する。
「いやー、正直予想外やったわ! まさか、ここに来てこんな規格外の助っ人が手に入るとは思っとらんかったわ!」
「でも、さっきの魔力抵抗力は『執行者』に匹敵するレベルだよね?」
そんな上機嫌なエルと対照的に、レンちゃんが堅い表情のままにそう告げると、それに続くようにアオイちゃんも険しい表情のまま口開く。
「それに、こいつはあたし達の見た目を魔法で偽装したように、自分の姿も偽装してる可能性がある。だったら、もしかしたら『数字付き』の誰かって可能性もあるし、下手すると『十二使徒』の1人かも」
いくつか気になるワードについて尋ねたいところだが、髪と瞳の色を偽っているために後ろめたい気持ちがある私は、ボロが出そうなので迂闊に言葉を発することができなかった。
「いやいや、偽装系の魔法が扱える秀満でも体型を変えることはできへんから、アイリはウチらが知ってる能力者の誰ともちゃうよ。それに、2人の魔法を受けて無傷でいられる実力者で、この時期の東京にいんのって本来のウチとイリアとガルシアの3人ぐらいやん。……ん? そういや要もいるんやったか? まあ、2人に言っても理解できへんやろうけど、どちらにせよこの世界で再現できる『十二使徒』はウチだけやからアイリが外部から来たってのは確実なんやけどな」
なぜかエルの言葉にアオイちゃんとレンちゃんは戸惑いの表情を浮かべ、そんな2人にエルは「ああ、2人はそんな深く考える必要はあらへんよ。ウチの言う通りにしとけば問題無いから」と声を掛けた後、私の方に視線を向ける。
「そして、アイリもウチに協力してくれるんならちゃんとこの世界から脱出する方法を教えたるからな」
そう告げるエルに、私は胡散臭い物を感じながらその前にハッキリさせておかないいけない疑問について口にする。
「協力するかを決める前に、そもそもエル達が追われてる理由を教えて。と言うか、たぶん協力させたいことってのもそれに関することだろうし、こう言う時のお決まりって結局脱出方法がエルに協力しないといけないパターンか、私が脱出方法を実行すると必然的にエルの目標が達成されるパターンだよね?」
私が問い掛けた瞬間、表情の分かりにくいぬいぐるみの顔にニヤリと悪役が浮かべるような笑みが刻まれたような気がした。
そして、エルは軽い口調で「まあ、たしかにお決まりのパターンやな」と告げた後に私の問いに対する答えを口にしていくのだった。




