第9話 アールベインの神殿
行方不明になった2年Ⅳ組の捜索を依頼された次の日、私達は早速調査のためにアールベインの神殿へとやって来ていた。
「なんか、前回来た時と全く変わりがねえな」
「そもそも、ユリアーナが言うような変化が起こってんなら早い段階で騎士団から報告が来るだろ。それが無いってことは、普段この遺跡には何の異変も無いって証拠なんじゃないか?」
そして、なぜか私とユリちゃんの2人で行うはずだった探索には、180近い身長にボサボサの金髪でワイルド系のイケメンであるユリちゃんの婚約者のジルラント様と、150ちょっとの身長に燃えるような赤毛のショタっ子であるライアーくんの2人もセットで付いてきていたのだ。
「ちょっと、なんでジルとライアーが付いてくるのよ!」
「いや、行方不明者の捜索とか危険な任務に婚約者を1人で行かせるわけにはいかねえだろ? それに、一応生徒会の手伝いを依頼されてんのは俺もだし」
自信満々にそう答えるジルラント様に、ユリちゃんは何回か口を開いたり閉じたりを繰り返し、結局良い言葉が浮かばなかったのか何も言葉を口にすること無くその視線をライアーくんに向ける。
「俺様は、実験に必要な素材がたまたま購買で売り切れてたからここに取りに来たら偶然そこの王子に捕まっただけだからな! 別にお前達の邪魔する気はねえけど、流石に知らない仲じゃねえから手伝ってやろうかと思っただけで、必要ねえんなら帰ってやっても良いぞ」
若干ユリちゃんの視線に怖じ気づきながらも、ライアーくんはいつものように上から目線の態度で言葉を告げる。
だが、ユリちゃんは大して気にする素振りも見せずに「流石にここまで来て、帰れなんて言わないわよ」と、ため息交じりに返事を返した。
「そんじゃあ、サクッと探索を済ませて先輩達を助け出してやろうぜ!」
そう言いながらジルラント様は先陣を切って歩き出すが、直ぐにユリちゃんに「ちょっと待ちなさい! あんた、何処に行けば良いのかも分かんないでしょ!」と怒られてしゅんとしていた。
そんなこんなで私達は4人でアールベインの神殿へと入り込んだのだが、正直その内部は慣れ親しんだいつものダンジョンその物で、違和感を感じるところは全くと言って良いほど無かった。
「なあ、いつもと何も変わらなくないか?」
そして、どうやらライアーくんも私と全く同じことを思ったようだ。
「もしかして、最下層のボス部屋まで向かうの?」
私がそう尋ねると、ユリちゃんは直ぐに左右に首を振って否定の意思を返す。
「下りるのは3階層までで良いわ。そこの中間地点ぐらいに魔獣がほとんど出現しない聖堂のような建物があったでしょ? そこを目指すわよ」
ユリちゃんにそう言われ、(そんな場所あったっけ?)と疑問に思いながらも、ユリちゃんが言うのだから間違い無くあるのだろうと言葉に出すことはしなかった。
そもそも、私は普段ダンジョンでは集める素材のことや経験値を稼ぐことしか考えていないのであまりダンジョンの構造を覚えていないことが多い。
それでも迷ったら『転移魔法』で気軽にダンジョンの脱出やフロアの入り口に戻れるし、最悪『分身』で作り出した分身体が優秀なので道案内をお願いすれば大抵の問題は解決するので私がポンコツでも大した問題では無いのだ。
それに、さっきユリちゃんが言った魔獣がほとんど出現しないポイントとは、恐らく各ダンジョンに1カ所以上(階層が多くなればその分多くなる傾向が高い)設置された通称休憩ポイントなのだと推測出来るが、このアールベインの神殿のような階層が浅いダンジョンは勿論、普通のダンジョンや大規模なダンジョンでもまともに休憩ポイントを活用した事の無い私には関心が低い場所なのでほとんど覚えていることは無いのだ。
「あの祭壇も何もない聖堂だろ? あんな場所に何があるんだ?」
「実は、あそこの聖堂のほぼ中心に位置する場所に地下に通じる隠し通路があって、そこから下りて行った先に設置されている女神像にアイリが持つ星の魔力を注ぎ込めば、30分間だけ最下層に続くゲートが魔界へ続くゲートに切り替わるのよ。そして、もし先にそのゲートを通って魔界に向かった何者かがいた場合、普通は魔力を注がれて青白い光を放つはずの女神像が赤い光を放つから、それで行方不明の先輩方が魔界に向かったかどうかを判断しようと思うの」
ライアーくんの疑問にユリちゃんがそう答えた後、私も疑問点を正直に口にすることにする。
「でも、そのゲートを切替えてから30分の間に間違って他の人がそのゲートを通っちゃったらどうするの?」
「その心配は無いわ。そもそも、2年Ⅳ組失踪の知らせがあってからはこのダンジョンは封鎖されていて新たに入り込んだ人はいないし、今も私達以外はこのダンジョンに入れないようにしているから、間違って誰かが迷い込む可能性はほぼゼロよ」
「ん? ほぼ、ってことは完全じゃねえのか?」
ユリちゃんの言葉に疑問を感じたジルラント様がそう尋ねると、ユリちゃんは「当たり前でしょ」と呆れた表情を浮かべながら言葉を返す。
「見張りの目を盗んで入り込んだ人がいる可能性はどうやっても消せないわ。そもそも、この次期に行方不明事件が起こっていることを国としても出来る限り秘密にしたいから、あまり大々的にこのダンジョンの封鎖を公言できないのよ。その証拠に、ライアーはこのダンジョンが封鎖されていることを知らずに素材集めに来てるでしょ? だから、どうしても急ぎで欲しい素材を手に入れたくて監視の隙を突いて入り込んだ人がいる可能性は十分考えられのよ」
そうユリちゃんに言われ、ようやく納得したのかジルラント様は「そこまで考えてるなんて、流石ユリだな!」と賞賛の言葉を口にする。
(でも、ジルラント様って次期国王でそう言った事情を当然ながら知ってなくちゃいけない立場だよね? それに、勉強も1学期末のテストでは学年5位で上位の方だから頭が良いはず……。なのに、ユリちゃんに言われるまでそこら辺に気付かない、って……国の将来的にこの人が次期国王で大丈夫なのかなぁ)
若干カルメラ王国の未来に不安を覚えながらも、当然ながら私は思っていることを口にすることはない。
と言うか、私の隣でライアーくんも何か言いたげな表情を浮かべながらも口を噤んでいるのでもしかすると同じようなことを感じているのかも知れない。
その後、大した強さの魔獣が出るわけでも無いダンジョンをこのメンバーで苦戦するはずも無く、スムーズに1階層、2階層を抜けて3階層へと辿り着く。
そして、そのまま順調に歩みを進めた私達はとうとう目的の聖堂まで辿り着くことになった。
「さあ、付いたわよ。ここがダンジョンに入って直ぐに説明した魔界へのゲートを開くための仕掛けがある聖堂よ」
そう言いながらユリちゃんが視線を向ける先には、聖堂と言うかまるで魔王城のような禍々しい見た目をした巨大な建物の姿があった。
「……なんか、想像以上に凄いのが来たね。と言うか、なんで今まで私はこんな施設を見逃してたんだろう」
『流石にこれは直ぐに気付くだろう』と、過去の自分にツッコミを入れながらも、そう言えばここに素材採取に向かう際、生徒会から渡されたルートが記された地図どおりに進むとここら辺を通らなかったことを思い出し、ふと浮かんだ考えを口にしてみる。
「もしかして、ここって普通は通らないようなフロアの隅にあったりする?」
そうユリちゃんに問い掛けると、その考えが正しかったことを示すようにユリちゃんの首が縦に振られる。
「うわ、それってゲーム的には明らかに何かある場所じゃん」
「まあ、そうね。実際、このダンジョンって1作目から出て来るんだけど、その時にも何か隠し要素がある場所じゃないか、って噂になってたわね。結局、2作目では重要になる場所だったけど1作目では何も無いただの回復地点だったのだけどね」
正直、こんな禍々しい見た目の施設で回復ってどうなんだろうかと疑問に感じながらも、今まで黙って私達のやり取りを見ていたライアーくんが口を開いたのでその感想を私が口にすることは無かった。
「それにしても、こう言ったタイプのダンジョンでもこれだけ大規模な施設が存在するのって珍しいよな。たしか、確認されてるだけでここの他にあと2カ所あるんだっけか?」
「いや、正確には3カ所だな。それに、そのどれもここみたいに普通にダンジョンを探索するだけだったら立ち寄らなくても問題無いような場所に存在してたはずだな」
ライアーくんの疑問にジルラント様が直ぐさまそう答え、私はそれを聞きながら(その3つもユリちゃんが言ってた天使が封印されてる施設なんだろうなぁ。それに、たしか作品全体で6体の天使が出て来る、って言ってたし、見つかってないだけであと2つは同じ施設があるんだろうなぁ)と言う考えを頭に浮かべる。
「さて、いつまでもここで無駄話を続ける時間は無いわよ。大体の場所は分かるけど、私だって地下への隠し階段の場所を詳細に把握しているわけじゃないんだし、それを探す時間を考えてもそんなゆっくりしてる場合じゃないわよ」
そう言いながらユリちゃんは私達を先導するように先陣を切って禍々しい魔王城のような施設の入り口へと向かう。
そして、まるで生きているかのような生々しいヘビの形をした取っ手を迷い無く掴み、まるで地獄の門のような装飾が施された扉を勢い良く開け放った。
その施設に入り込み、最初に私が感じた感想は『思いの外普通だなぁ』と言った物だった。
たしかに、壁や窓、その他天井に悪趣味な禍々しい装飾は施されているものの、特に変な像が置いてあったり周囲に血痕が付いているわけでも無く、あまり人が頻繁に訪れるわけじゃないのか少し埃っぽいことを除けばしばらく休憩するのに十分な施設と言えるだろう。
「それで? 詳細な場所は分かんなくても大体の場所は分かるんだろ?」
ライアーくんがそう問い掛けると、ユリちゃんは「ええ、隠し通路自体はこの先にある大広間にあるわ。そして、それを開くための仕掛けが他の部屋のどこかにあるはずなの」と返事を返す。
だが、私はそんな2人の会話を横で聞きながら、いくつかある扉の1つがなぜか赤いことに気付き、『何であそこだけ扉の色が違うんだろ?』と言うことが気になりすぎて集中出来ずにいた。
「なあ、なんかアイリスが話を聞かずにずっとあそこの扉を見つめてるんだが、あそこに何かあるんじゃねえか?」
そして、そんな私の異変に気付いたジルラント様が真っ先のそう声を上げた。
「何か気になる事でもあるの?」
ユリちゃんのそう問われ、一瞬『他の人がなんとも思っていないことに、私1人が疑問の声を上げるのも恥ずかしいなぁ』と思うが、もはやここまで来て『何でもないよ』とは言い辛い雰囲気なので正直に思っていることを口にした。
「いや、どうしてあの扉だけ赤いんだろうなぁ、って」
赤い扉を指差しながら私がそう告げると、なぜか全員不思議そうな表情を浮かべて私が指差す先に視線を向け、困惑の表情を浮かべたまま私に視線を戻した。
「ちょっと待って。アイリにはあの扉が赤く見えるの?」
「え? 普通に赤いけど……もしかして、ユリちゃん達にはあの扉が普通に見えてるの?」
私がそう問いかけると、一旦全員視線を交わした後に首を縦に振った。
どうやら、私の持つスキル『慧眼』の影響か、それとも星の魔力の影響か、私と他3人が現時点で見ている景色にかなりの齟齬があることを知り、『これって、間違い無く、1人だけこの施設の本当の姿見えてる私が中心となって探索を頑張らないといけないパターンだなぁ』と理解するのだった。




