第8話 急がしい時ほど厄介事が舞い込むもの
12月中旬、早めに期末対策を始めた事で少しだけ自信がつき始めた頃にその依頼は私の下へ舞い込んできた。
「また行方不明者の捜索!?」
思わず私はその生徒会からの依頼を伝えに来たユリちゃんにそう問い掛ける。
「ええ、そうね。それも、今回はダンジョン探索の校外授業に出ていた2年Ⅳ組18名と引率の教師2名の合計20名が突然消息を絶っているらしいの。全員が不測の事態で全滅したことも考慮して捜索が行われたのだけど、どこでどうやって全員が消息を立つ事になったのか、現時点では一切手掛かりになる物は発見されていないらしいわ」
いったいこの王国の安全管理はどうなっているのだろうか?
『短期間にこれだけいろいろな事件が立て続けに起こると言うことは呪われてるんじゃないだろうか』などと言う考えが頭を過ぎるが、それよりももっとありそうな可能性の方を私は口にする。
「もしかして、これも何かゲームであるイベントだったり?」
そう私が問うと、なんと意外なことにユリちゃんは首を左右に振った。
「つまり、これはゲームには無かった事件ってことだから、ユリちゃんにも原因が分かんないってことだよね?」
私がそう問い掛けると、なぜかユリちゃんは少し複雑な表情を浮かべながら「一応、思い当たる原因が無いとは言わないわ」と珍しく歯切れが悪い口調で言葉を漏らす。
「何か思い当たることがあるの?」
その問いに、ユリちゃんは少し言葉を選ぶような素振りを見せ、やがて意を決したように口を開いた。
「アイリは最近、南西にある演習用ダンジョンの1つ、アールベインの神殿に行ったんじゃない?」
ユリちゃんの問いに、私は『アールベインの神殿ってどこだろう?』と記憶を辿り、確か2学年で頻繁に活用することになると言う通称『中級ダンジョン』がそんな名前だったことを思い出す。
ここで余談だが、実は王都の近くには大量に小規模(10階層未満)のダンジョンが存在する。
それは別に、王都の近くにそう言ったダンジョンが大量に出現したと言うわけではなく、そのように小規模ダンジョンが集中する土地だから王都がこの地に栄えた、と言った方が正しい。
そもそも、ダンジョンに出現する魔獣は生物タイプでなく魔石タイプだけのため、そこの魔獣をどれだけ狩ろうが食料や素材などを手に入れる事はできない。
だが、魔石タイプの魔獣を倒せば普通に経験値が入るだけで無く、アイテムドロップは普通に起こるので魔力を含んだアイテムや特殊な素材は手に入るのだ。
そのため、小規模で比較的簡単に最深部まで探索が行え、出現する魔獣の強さが大した事が無いダンジョンは貴重な資源の採掘場となり、そう言ったダンジョンが集まる地点には大規模な都市が発展しやすいのだ。
あと、時々何も無かった地点に突然ダンジョンが出現し、気が付いた時には消えていると言った現象も希に観測されるようだが、そう言った現象も王都近辺のようにダンジョンが集中する地点で観測されることが多いらしい。
「うーん……あそこのダンジョンはあんまり経験値効率も良くないし、最後に行ったのは10月に依頼された素材採取で行ったのが最後かな」
ユリちゃんの問いに私がそう正直に答えると、なぜかユリちゃんは疑わしげな視線を向けならが「10月? その後には本当に行ってない? それこそ2年Ⅳ組の演習前日とか当日とかに」と更に質問してくる。
「……あれ? もしかして、今回の失踪事件の原因が私にあると疑ってない?」
「別に、疑ってるわけじゃないわ。そもそも、本人が知らずに運悪くあのダンジョンの仕掛けを作動させた、って可能性もあるわけだし」
「いや、それも結局私が原因だと疑ってることには変わらないよね!?」
私から視線を逸らしながら答えるユリちゃんにツッコミを入れつつ、必死にあのダンジョンで何かやらかしたことは無いかと記憶を遡る。
だが、どう思い出しても私があのダンジョンを訪れた時に変な事は一切やっておらず、普通に要求された素材を集めるために魔獣を狩り、必要数集めた後は寄り道せず真っ直ぐに帰ったので何もやらかしてはいないはずだ。
(ちょっと待って。確か、アイテムを効率的に集めるために『分身』でその時作り出せた最大数の6体の分身を作り出して作業してたから、私がやらかして無くても分身体が……いや、正直本体の私よりしっかりしている分身達が何かおかしな状況に遭遇していれば、必ず連絡して来るはず! あっ、でもその連絡を私が聞き流していて覚えていない可能性も……)
高速で様々な考えが頭を過ぎるが、それら全ての思考を無視して私は頬を膨らませながら「そうやって、私のことを直ぐに疑うのはどうかと思うな」とユリちゃんに抗議の言葉を投げかける。
だが、ユリちゃんは若干ばつの悪そうに苦笑いを浮かべながらも、「でも、普段の行動を考えるとどうしても…ね」と失礼なことを口にする。
しかし、私にはユリちゃんと行動を共にすることが多くなったこの数ヶ月でかなりの数の問題を引き起こし、その度にクロード神父とユリちゃんから説教を食らっていたので何も言い返すことはできなかった。
「……因みに、そのユリちゃんの心当たりって何なの?」
だから、これ以上自分にとって都合の悪い話に発展する前に早々に本題に戻ることにした。
「実はあのダンジョン、普段演習で使われているルートとは別に裏ルート…と言うか、普通のダンジョンとは異なる別の側面が存在するのよ」
「そうなんだ、珍しいね」
ユリちゃんの言葉に私は多少驚きはしたし、言い方に若干の引っかかりを覚えたが、『裏ルートなんてあるの!?』などと必要以上に驚いたりはしない。
そもそも、数あるダンジョンの中でそう言った通常とは異なる隠し通路などを活用して行ける裏ルートが存在するダンジョンはそこそこ数があるのだ。
そして、そう言った隠しルートが存在するダンジョンは最近攻略したリンロット村の密林型ダンジョンのように片方でしかボス部屋に辿り着けない物や、表と裏のどちらにもボスが存在する物、2ルートどころか10くらいルートが分かれている物など多種多様に及ぶ。
それに、表の推奨レベルが30くらいで5階層しか無いのに、裏は推奨レベル200以上で40階層あったなんて例もあるため、今回の2学年が演習中に運悪くそのパターンのダンジョンに巻き込まれていた場合、脱出に苦戦しているか、最悪全滅と言ったパターンも考慮しなければいけないだろう。
「……たぶん、アイリは私の言葉を正しく理解できてない気がするわ」
だが、冷静に返事を返した私にユリちゃんがそう言葉を返したため、私はちょっとムッとした表情を浮かべながら「私だってちゃんと授業を聞いてるんだから、そう言った特殊なダンジョンの危険性は理解してるよ!」と返す。
すると、なぜかユリちゃんはため息をつきながら「だから、あのダンジョンは今アイリが想像している以上に特殊な存在なのよ」と言葉を告げたため、どう言うことかと先程の言葉を思い出しながら思考を巡らせてみる。
「……別のルートって話から、わざわざ『別の側面がある』って言い直したってことは、もしかして……」
「そう、あのダンジョンは普通のダンジョンとしての姿だけじゃ無く、特定の条件で異なる世界、魔界へと通じるゲートに姿を変えるの」
その衝撃の事実に、私は思わず言葉を失う。
決して、『魔界って何? 魔王とかいるの?』とか、『別の側面って、小規模のダンジョンとしての入り口以外に大規模なダンジョンに通じる別の入り口が存在する程度だと思ってたので、そもそも全く異なる性質になると思い付かなかった』と言うことを口走って自分の無知が露呈しないように口を噤んでいるわけではない。
「恐らく、アイリはこの世界で語られる『魔界』がどう言った物かは知らないわよね?」
「……何でそう思うの?」
「それは、魔界の存在は教会でも教皇と枢機卿、つまり教会トップくらいしか知らない情報のはずだからよ」
「そうなんだ。と言うことは、前世の知識で思い浮かべるような強力な魔獣が闊歩していて、暴力が全てを支配する不毛の大地とかじゃ無いんだよね?」
「そうね。まあ、端的に言ってしまうと、この世界で言う『魔界』は魔力によって作り出された小規模の異世界、ってところね。教会では『神々に認められた天使が住まう魔力に満ちた世界』と言い伝えられているわね」
それからユリちゃんは詳細に魔界の情報を、かなり専門的な部分(と言うか細かなゲーム上の設定)まで説明してくれたのだが、結構話が長かったので私の認識を整理するためにも簡単に要約してみる。
要するに、魔界とはプロメテウスさんと女神アルテミスの戦いにおいて、女神アルテミス側について戦った天使達が封印されている魔力で作られた牢獄のような世界なのだと言うことらしい。
そして、天使とは私のように神をその身に降ろすことができる人間が完全に神の力に適合することで人間を逸脱した存在で、女神アルテミスの眷属である邪神エイワスに近い力を持った存在なのだという。
因みに、アールベインの神殿から通じる魔界(天使1人を封じるのに1つの魔界が形作られているらしいく、作中ではシリーズ全体を通して6人の天使が出て来るらしい)に封じられているエルキュールと言う名の天使が『黒の聖女シリーズ』の第2作、『黒の聖女と偽りの天使』の第5章(2作目は、その次の6章と最後の終章で終りなので結構終盤)で出て来るボスキャラなんだとか。
あと、なぜユリちゃんが私の関与を疑ったのかと言うと、その魔界に通じるゲート開くには星の魔力を必要とするらしく、ゲーム内では教皇様が生前研究して生み出していたアイリスの遺伝子ととある人物の遺伝子(なぜかユリちゃんはそれが誰の遺伝子か教えてくれない)を組み合わせる事で星の魔力を獲得させることに辛うじて成功した天使(このキャラがタイトルになっている『偽りの天使』で、1作目の時点では不完全な状態で、その存在を厳重に隠されていたために発見されず、器を求めて憑依した女神アルテミスの影響で2作目のラスボスとなるらしい)がこのゲートを開くことになっているためらしい。
「でも、その魔界へのゲートってそう簡単に開く物じゃないんだよね? だったら、もしかしてゲームのように私のクローンが?」
「正確にはクローンじゃ無いのだけど…それは今は関係無いわね。話を戻すと、今アイリが言った可能性はほぼ無いわね。そもそも、その天使の存在を知っている私が事前にその可能性を潰すための手を打ってないとでも思う?」
ユリちゃんの問いに、『ユリちゃんだったら絶対に手を打ってるだろうな』との信頼から直ぐさま首を横に振る。
「当然ながらその天使が作り出されるはずだった秘密の研究室は事前に潰しているし、念のためにその天使が隠されているはずの場所は事前に調査済だからこの世界に彼女は存在しないはずよ。そもそも、ゲームではその天使を生み出すために教皇がアイリス様から遺伝子情報を得るために髪とかの体の一部や血液の提供を受けてやっと完成した個体だから、アイリがそんな協力をしていない以上ほとんど心配は要らないのでしょうけどね」
「じゃあ、いったい誰がどうやってそのゲートを開いたんだろ?」
「こればっかりは実際に行って調べてみないと分からないわね」
こうして、私達は引率の教師を含んだ2年Ⅳ組総勢20名を捜索するため、アールベインの神殿へと向かうことになるのだった。




