第3話 覆水盆に返らず
最初、私はそのやらかしに全く気付いていなかった。
だから、先程聞こえた『魔力3,000を消費』と言うの言葉も『へー、スキルレベルを上げるのに魔力を使うって事は、スキルレベルアップも何かの魔法を使った扱いって事かな?』程度にしか認識しておらず、視界の端に映るオレンジ色の体力ゲージの下に表示されていたはずの青い魔力ゲージが消えた事などさっぱり気付いておらず、更には魔力ゲージが表示されていた位置の下に謎の緑色のゲージが増えている事にも気付かないままに朝食を取りながらステータス画面を開いて起こった変化を確認していた。
ステータス画面を開いて先ず始めに気付いたのは、先程まで1ページで表示されていた表示画面が『能力情報』『習得魔法』『スキル』の3ページに分かれていたことだった。
(最初の能力情報もいくつか項目が増えてるけど……先に確認するのはやっぱりこっちだよね!)
朝食に用意されたベーコンエッグを頬張りながら空いている左手でステータス画面をスワイプすると、今まで表示されていた『能力情報』のページから『習得魔法』のページへと画面が切り替わる。
この時私は解析者のスキルレベルが上がった事で不明だった2つの魔法について情報が開示されている事を期待したのだ。
だが、私の期待は裏切られるどころか更に予想外の事態が待ち構えていた。
「あれ! 解析魔法が消えてる!?」
なんと、先程覚えたばかりの、と言うか唯一私が使える魔法が習得魔法の項目から消えてしまっていたのだ。
(どう言う事!? まさか、私何かやらかした!??)
混乱した私はとりあえず表示されたステータス画面のあちこちをタップしてみるものの、消えた解析魔法が再び表示される事は無かった。
ただ代わりに表示されている謎の魔法に指が触れた時、説明欄のような別ウィンドウが開いたことで新しい魔法を覚えた時に能力を把握するための術を手に入れる事は出来たが。
因みに、表示された説明欄に記載されていたのは『属性:?』と『説明:?』、『消費魔力?』の3つだけだった。
(と、とりあえず落ち着け、私。……よし、一先ずさっき上げたはずの解析者のスキルについて調べてみよう!)
そう気持ちを切替えた後、私は若干震える手でステータス画面をスワイプして表示画面を『スキル』の項目に切替える。
すると、そこでもまた予想外の変化が起こっていた。
「…………何、これ? すっごい情報が増えてる!?」
先ず目についたのは、ページ上部に表示れていた(保有スキル)の欄だ。
そこには先程表示されていたものよりレベルが上がった『解析者Lv.5/5』の表示があったのだが、その前に先程見た覚えの無い【パッシブ】の表記が追加されていた。
そして、その解析者の下には『【戦技】解析技巧 CP5』と言う表記がされていた。
(戦技? もしかして、魔法だった解析魔法がスキルの解析技巧に変化したって事? でも、この『CP5』って何!?)
とりあえず、何か分からないかと表示されている解析技巧の項目をタップしてみると先程と同じように説明欄が表示される。
『説明:対象のステータスを解析する。対象が生物である場合、レジストされればレベル差によって解析の成功率が変動する。 消費技巧値:5』
(だから、消費技巧値って何!?)
心の中でそんな突っ込みを入れながら、何度か『消費技巧値』の項目をタップしてみるものの新たな説明欄が開くことは無かった。
(ああ、もう! とりあえず他の項目を見てから考えよう!)
そう気持ちを切替えた私は解析技巧の説明欄を閉じ、(保有スキル)欄の下に表示されている(習得可能スキル)の欄に目を向ける。
するとそこには薄い灰色の文字で幾つかのスキル名が表示されていた。
(この『攻撃強化(小)』とか『防御強化(小)』とかはパッシブスキルでスキルレベルを上げると次の上位スキルが覚えられるパターンかな? それに、この『閃撃』とか『流水』ってのは技名っぽいし戦技に分類されるっぽい?)
そんな事を考えながら項目をタップしてみるものの、表示されるのは『MPが足りません。 不足:100』と言う文字だけだった。
(これって、さっき解析者のレベルを上げたからMPが不足してるって事だよね? つまり、魔力が回復すれば直ぐに覚えられるって事? そもそも、魔力の回復ってどうするんだろ……。無難に宿屋に泊まるとかポーションを使うとか、かな? まあ、スキルの中に『回復魔力量向上(小)』って有るし時間経過で回復って可能性も高いけど……)
一先ず答えの出ない考えを後回しにして、私は更に(習得可能スキル)欄をスクロールしながら下の方にあった気になるスキルに目を向ける。
そこには、創造者、破壊者、変質者、召喚者と言う明らかに他とは異質なスキルが名を連ねていた。
(絶対この4つだけ他のスキルより強いやつだよね。……ほら、不足魔力も1,500ってなってるし、絶対そうだ! でも、1,500か……もし、魔力の回復が24時間で全快とかだと半日に1つ取れるかな? でも、スキルレベルを上げるとなるともっと掛るんだろうな……)
とりあえずこれ以上『スキル』欄で見る必要が有る情報も無いため、最後に私は『能力情報』の欄にステータス画面を戻す。
そして、そこで表示される魔力の項目を目にしたところでようやく私は異変に気付くことになる。
(あれ? 隣の体力の表示は36/36なのに、魔力は0/0ってなってる。さっき見た時は3,000って書いてあったから、こう言うのって普通だったら0/3,000って表記になりそうなのに……)
その瞬間、私の脳裏に嫌な予感が浮かんでくる。
(もしかして、スキルレベルを上げたり習得するための魔力消費って一時的じゃなくて永続って事!? だったら……説明が付くかも! ほとんどのスキルが初期習得に魔力が100必要だったからレベル1で100、2で200、3で400、4で800、5で1,600の合計で3,100……つまり、本当は私の初期魔力って3,100で、私が最初にステータスを見た時は解析者を習得した事で100減った3,000が表示されてたんだ! そしてそこからレベルを5まで上げたから使い切ったって事なんじゃ……)
さっと血の気が引くのを感じながら、改めて私は自分のステータスに目を落とす。
そこに表示されていたのは『体力:36/36、魔力:0/0、攻撃力:22、魔法力:682、防御力:24、俊敏力:28』と言う、明らかに魔法特化なのに肝心の魔力が全く無いと言う有り得無いステータス。
(そこまで強くないって感じだったガブリエルさんでも攻撃力が500以上あったよね? じゃあ、私の22ってまともに敵にダメージを与えられるの? そもそも、3桁が普通とか言われると24しか無い私の防御力だと一撃なんじゃ……)
次々と浮かんでくる最悪の想定に、やがて私は考えることを止めた。
そう、『覆水盆に返らず』と言うように、もはややってしまった事をどれだけ悔やもうが取り返しなどつかないのだ。
(とりあえず、全部ステータスを確認してから考えよ。それに、レベルアップのシステムさえ分かればこの貧弱なステータスでもなんとかなるかも。……なんとか…なると良いなぁ)
一先ずステータス画面に視線を戻し、記載が増えた部分に目を向ける。
先ず目についたのは、先程のステータス表記の下に新たに『技巧値:0』と言う項目が増えていた事だ。
そのため、試しにその項目をタップしてみるが先程までのように説明欄が表示されることは無かった。
(結局、技巧値って何なんだろ? 0って事はこの数値を上げて使うことで解析技巧を発動出来るって事?)
そんな事を考えながら数値を見ている最中、何故かいきなり数値が上がったので驚いていると突然がくんと数値が下がって0に戻ってしまう。
だが、しばらく数値を集中して見ていると再び数値が上昇し、やがて100まで上がったところで数値の変動が止まった。
(どう言う事だろう。何もしていないのに…あっ、また下がった)
そうしてしばらく上下する数値とにらめっこを続けた後、『この数値は集中力のようなものを数値化したもの』なのだろうと結論付けた。
何故なら、思考を1つの事に絞って集中すればするほど数値が上昇していき、その集中力が切れると一気に数値が減少するのだ。
(とりあえず、試しに技巧値を使って解析技巧を発動してみよう。そうすれば私の推測が正しいのか分かるよね)
そう判断した私は一旦ステータス画面を閉じ、すっかり途中で食べるのを忘れていた目の前の朝食に目を向ける。
そして、半分ほど食べかけのパンを手に取るとそれに意識を集中させ、視界の端に映る緑色のゲージがある程度貯まったところで「解析技巧」と呟いた。
すると、パンの横に魔法やスキルの画面で見たような説明欄が浮かび上がった。
普通のパン
品質:普通(食べかけ)
説明:一般的に家庭で食されるパン。
▽詳細を表示する
表示された項目に目を通し、とりあえず詳細はいいやとウィンドウを閉じながら私の推測が正しい事を確信し、『これが攻撃に使えるスキルだったら』と多少残念に思いながらも再びステータス画面を呼び出して他の項目へと視線を移す。
(この『疲労度』って…まあ、字のとおり疲労の度合いを数値化したものだよね。今は5%になってて、横の『疲労補正』って項目が0%ってなってるから、ある程度疲労が蓄積するとステータスに補正が掛る、とかかな?)
とりあえずこれも現状では確認のしようが無いので直ぐに次の項目に視線を移すことにする。
(『適性武器:剣』って記載があるって事は、私の装備可能武器が剣って事? その次の『適正クラス:剣士、騎士』ってのも有るけど……私のステータス的に魔法使いとか魔法剣士とかじゃないの? もしかして、この『適性クラス』って適性武器の種類や数で決まる感じかな?)
当然ながらこれもタップして調べようと試みるが、残念ながら何も表示してはくれなかった。
(とりあえずこんな所、かな?)
ステータス画面を閉じると再び朝食を再開し、私は特に何も考えることもせず、自分のやらかしから目を逸らすようにひたすら食事に没頭した。
とは言え、子供用だからかそんなに量が有るわけでも無い朝食は直ぐに終り、再び現実と向き合う時間が訪れてしまう。
(……どう考えてもレベルを上げるには魔獣を倒す必要があるわけで、魔力を失って貧弱なステータスだけが残された私にはどうやっても魔獣を倒すのは不可能。まあ、元々使える魔法が解析魔法だけだとどちらにせよ戦闘は不可能だったとポジティブに考えるとして……これ、レベルアップでちゃんと魔力も上昇するよね? もし、レベルアップでも魔力が変わらなかったら……)
ブンブンと頭を激しく左右に振ることで私は不吉な考えを振り払う。
(よし! やっぱり何も分からない状態で、勢いだけで突っ走るのは危ないよね! だったら、きちんと誰かに相談しないと!)
そう決意を固めながら、私の脳裏にはクロード神父が浮かんでいた。
(うん、もしこれがゲームの世界だったらこんな序盤で積むような仕様にはなって無いはず! だから、きっとどうにかなる! ……はず)
その時の私は、もしかしてここで早くも積んでしまったのでは無いかと言う不安と、一刻でも早く事態を解決したいという焦りから冷静な判断力を失っていたのだ。
だから、この部屋で大人しく待ってさえいればいずれクロード神父の方からこちらに合いに来てくれると言う事を忘れ、愚かにも、今まで治療を受けていたこの一室とトイレやお風呂以外の場所を全く知らない無知な私の、たった1人きりの未知なる外の世界への冒険(小)が始まる事になるのだった。




