第6話 思わぬ来訪者
ドロシーちゃんと別れ、夕ご飯の買い物を終わらせて家に戻った頃には午後6時を回ろうとしていた。
想定外に遅くなった事からもうすぐクロード神父が帰って来るかも知れないと家路を急いだのだが、どうやら少し遅かったようで家の明かりが灯っている事から私より先にクロード神父が帰ってきてるようだった。
(今日の帰りは7時くらいになるかもって言ってたけど、案外早く帰れたんだ。どうしよう、絶対私の方が早く帰るから夕食の準備は先に私がある程度やっとくって言ったけど、結局いつも通り2人でやることになっちゃうな)
それに、どうせ既にライアーくんとの一件も耳に入っているのだろうし、今日は早速説教かもなと気を落としながら玄関を開け、「ただいま~」とやる気の無い声を投げかける。
しかし、その言葉に返事を返したのはクロード神父で無く、予想外の人物だった。
「あっ! 遅かったわね、アイリスちゃん。誰もいなかったけどクロード様から合鍵を預かってから勝手にお邪魔させてもらったわよ」
そんな言葉を発しながらリビングから姿を現したのは鮮やかな緑の長髪をポニーテールに纏めた一見クールな見た目で長身の女性、ミリアさんだった。
「ミリアさん!?」
予想外の人物が登場したことで思わず声が裏返る。
しかし、ミリアさんはニッコリと『良いリアクションをするね』と言いたげな表情を浮かべた後、私の側まで歩み寄ると「それ、片方頂戴」と両手に持っていた食料を入れた袋(その日に使う食料を『収納空間』に入れると、入れた事を忘れてそのまま数日放置してしまったり買い忘れたと思ってもう一つ買ってしまったりするので手提げ袋に入れるようにしている)を受け取り、そのままキッチンの方向へと歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待って! なんでミリアさんがここに!?」
「あれ? クロード様から話聞いてない?」
慌ててミリアさんの後を追い、そう問い掛けるとミリアさんは不思議そうな表情を浮かべてそう問い掛けてくる。
そのため、私はここ数日の記憶を遡り、そう言えば昨日の夜『明日から他に同居人が増えるから、学院から帰ったらある程度部屋を片付けとけよ』的な事を言われていたような気がする。
しかも、その影響かクロード神父が私に渡した今晩の食材買出しリストは2人で食べるには明らかに多すぎる量だった。
正直入学祝いに豪華な食事を作るのかと思っていたが、単純に3人になるから多かっただけなのだとようやく悟った。
「……言ってたかも」
「あはは、相変わらず人の話を聞かない癖は直ってないのね」
「相変わらずって、最後に会ったのは12月だから、まだ四ヶ月しか経ってないしそんなに直ぐは変わらないもん!」
頬を膨らませながらそう言い返し、私はミリアさんと並んでキッチンへと向かう。
実は、ミリアさんとは12歳のエルダードラゴン討伐以来、結構頻繁に顔を合わせている。
本来、守護者の職に就くミリアさんは何処かの村で守護の任に就くか大都市での勤務になるのがほとんどなのだが、エルダードラゴン討伐時のダンジョン攻略(ほぼ事故のような内容だったが)の功績が認められ、特定の支部に拠点を置くのでは無く王国各地を転々としながら未知のダンジョン探索を行う任務を命じられていたのだ。
そのため、ブルーロック村の近辺に立ち寄った時には頻繁に顔を出してくれていただけでなく、調査対象のダンジョンが無い時にはちょくちょくブルーロック村を訪れて私の話し相手になってくれていたのだ。
「それにしても、クロード神父が言ってた新たな同居人ってミリアさんの事だったんだ。もしかして、ダンジョン探索の任務から王都勤務に変わったの?」
「うーん、惜しいけどちょっと違うかな。もしかして、そこら辺の話も忘れちゃってる? それとも本当に聞いて無いのかな?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう問われ、私は必死で記憶を探るがそれらしい記憶は一切思い当たらない。
そもそも、確かに同居人が増えるとは聞いた覚えがあるが、ミリアさんが来ると言った話を聞いた覚えも全く無いのだ。
「あはは、ごめんね。あたしは明日からの勤務になるから知らなくても仕方ないかもね。それに、アイリスちゃんをビックリさせたくてクロード様にはあたしの名前は伏せてもらうようお願いしてたからあたしが来るのを知らなくても当然なのよ」
相変わらず悪戯っ子のような笑みを浮かべながらそう告げるミリアさんに、『この人大人っぽい見た目の割にかなり子供っぽいところがあるよね』と頬を膨らましながら抗議の視線を送る。
「ごめんごめん、そんな怖い顔しないでよ」
全然悪いと思って無さそうな口振りでそう謝罪の言葉を述べた後、キッチンに辿り着くと同時にミリアさんは「とりあえず食事の準備をしながらでも説明するわね」と食材を手提げ袋から取り出しながら告げた。
そして、私はいつも使っている足場(私の背ではキッチンテーブルに届かない)を用意し、ピーラーを使ってジャガイモの皮を剥きながらミリアさんとの会話を再開する。
「それで、ミリアさんは何で王都に?」
「あたし、今年から3年間ゴルドラント高等学院の臨時講師として働くことになったの」
そう言われ、『そう言えばアルテミス教会から派遣される臨時講師は各学年2名ずつの計6名、つまりはクロード神父の他に5名が就任するんだったな』と言う事を思い出す。
「じゃあ、クロード神父以外の残り5人の内1人がミリアさんなんだ」
「そう言う事。因みに、残り4名の内私より階位が高いのは第2位階と第5位階のダニアン様とアメリア様、私より下でも第11位階と第13位階のマリア様とエイリーク様だから教会内でもかなりの実力者が集められてるわね」
一応補足しておくとミリアさんはこの3年間で守護者第7位階まで出世している。
「やっぱり全員ミリアさんやクロード神父みたいに強いの?」
「当然ね。まあ、ダニアン様にいたっては去年クロード様が第1位階に上がるまで第1位階だったわけだし」
そう言われると、そのダニアン神父(名前的に勝手に男だと判断している)が少し前のクロード神父より強いと言うのがどれだけの実力者であるかを実感させられる。
「よくそれだけの人員を王都に集められたね」
本来、守護者は教会に指定された都市や村を守るのが任務ではあるが、当然ながら守護者にはある程度赴任地の選択権がある。
そもそも、家族が住む村を守りたいがために騎士で無く教会に在籍を希望する人も
多く、そう言った人たちを教会の戦力として確保する事で対象となる村だけで無く近隣で何か有事が起こった際に戦力として回ってもらえるので、ある程度の要望を聞いたところで教会側の戦力向上を図れる事には違いないのだ。
「そもそも、あたしとクロード様以外は全員王都在住の方々ばかりだからね。逆にそっちの方が集めやすかったのかも。それにその4名は単年契約の特別講師と言う枠組みで、学院には週に3回だけの勤務でそれ以外は通常の守護者としての業務を行うみたい」
(なるほど、それだと教会としても大した問題は無いのかも。でも、クロード神父とミリアさんは臨時講師として3年間採用って、絶対私がいるからだよね。知り合いの2人に身近で私の監視をさせて、それ以外の高位守護者で遠くから監視する体制だろうから、それだけ厳重な監視を行うって事は相当私の動きが警戒されてるって事、だよね)
『どれだけ信用無いんだ、私』と若干のショックを受けながらも、私とミリアさんは晩ご飯の準備を進めていく。
正直、教皇様の話を聞く限りでは警戒されているのは私だけでは無いのだろうが、そこについてはあえて触れない。
何故なら、この話を聞いているのは(教皇様の言葉を信じるのならば)私だけだからだ。
(でも、今朝会ったあの2人が本当に危険思考を持ってるようには思えないんだよなぁ)
そんな事を考えながら、私はゴルドラント高等学院入学前に行った個別面談で聞かされた話しを断片的に思い出していく。
教皇様曰く、ユリアーナ様は何故か教会に敵対心を持っているようで幼少の頃から変わらず教会の活動や権限について度々口を出してくるのだという。
そのせいでここ数年教皇様や枢機卿の方々の地方への訪問予定や参加予定だった催し物を欠席になる事態が何度か発生しており、教会の上層部からはかなり評判が悪いのだ。(因みに、クロード神父は『あの程度のイベントにわざわざ教皇様自らが出席する方がそもそもおかしかったんだろうがな』と、ユリアーナ様にあまり悪印象を持っていないことは秘密だ。)
そして、ユリアーナ様の幼馴染みとしてかなりの時間を共に過ごしてきたジルラント様(下手すると婚約者のオルランド様より一緒にいると言われている)もあまり教皇様の言葉を聞き入れないと有名なのだ。
あと、これは全然関係無い話ではあるのだが、ジルラント様はユリアーナ様への好意を公言しており、10歳の頃にユリアーナ様の婚約者の座を掛けてオルランド様に決闘を申し込んで接戦の末に敗北したと言う噂まである程だ。
(でも、ユリアーナ様ってレベル上げで訪れた地方で様々な問題を解決したり、身分の差を気にせず誰とでも対等に接するからって国民の人気はもの凄いんだよね。それこそ、一部ではあの黒髪を指してか『黒の聖女様』って呼ばれてるくらいだし)
そんなどうでも良い思考はミリアさんに話し掛けられた事で霧散し、その後はお互いの近状報告などを行いながら晩ご飯の準備を進めていく。
そして、丁度準備が終わった午後7時頃、予定通り帰宅したクロード神父を出迎えて3人で夕食を共にするのだった。
因みに、やっぱり入学セレモニー前に起こったライアーくんとの一件はクロード神父の耳にも届いていたらしく、今回は相手から喧嘩を仕掛けてきたと言う事でそこまで説教を受ける事は無かったものの、今後は細心の注意を払うよう再度厳重注意を受けるのだった。




