第2話 私は悪くないよね
「くそっ! いったい何をしやがった!?」
そう声を上げながらライアーくんはさっと私との距離を取り、いつでも戦闘が再開出来るよう戦闘態勢を崩さない。
そして、今の攻防を見ていた周囲から響めきが起こり、中にはようやく私の髪色について気付き始める者も現れた。
「チッ、よく見ればその髪色……お前が噂の『竜殺し』か!」
そんな言葉を投げかけるライアーくんに、私は無言で静かな視線を向け続ける。
だが、別に私は強者の余裕を見せているわけでも大人の貫禄を見せつけているわけでも無い。
(どうしよう! どうしよう!! どうしよう!!! あれだけ騒動は起こすなって言われたのに、早速これ!? 絶対後でクロード神父に怒られるぅ。でも、これって私は悪くないよね!? 悪くないよね!!?)
背中にびっしょりと冷や汗をかきながら、帰ってどうクロード神父に言訳をすれば良いかを考えるのに必死で、私の表情には無しか浮かんでいなかっただけなのだ。
「なめやがって! いいぜ、だったら俺様の本気を見せてやるよ!!」
そう告げながらライアーくんは深く腰を落とし、新たな構えを見せる。
そして、その両腕に装着されたガントレットには先程までとは異なる青白い炎が轟々と燃え上がっていた。
(とりあえずライアーくんを止めないと! でも、100レベル以上差があるんだったら下手な攻撃で怪我させるのもダメだし……ああ、もう! なんでこんな事になるのぉ!)
心の中で誰に向けるわけでも無い文句を言いながら、私は必死にこの不毛な戦いを終わらせるべく思考を巡らせる。
だが、ただでさえ私のステータスは同レベルと比べても圧倒的に高いため、これだけレベル差があるのならば絶望的なステータス差があるはずだ。
なので、下手に反撃を行えばどれだけ手加減したところでライアーくんの無事が100%保証される事など有り得無いのだ。
(仕方ない、こうなったら最終手段! あの武器を壊そう! 流石に武器が無くなれば諦めてくれるよね。もし、破壊耐性がある武器だったら…その時はその時でまた作戦を考えればいっか!)
もはややけくそ気味にそう判断を下した私は、恐らく何か強大な術の準備をしているのか詠唱を始めているライアーくんを無視して1つの魔法を発動させる。
「『武器破壊』!」
その魔法の発動と同時に私の右手に魔力の光が集まる。
そして、一瞬で私はライアーくんとの距離を詰め、わざと一旦動きを止める事で驚愕の表情を浮かべるライアーくんがガードの構えを取る時間を与え、ガードのために交差するような形で持ち上げられた腕、正確にはそこに装備されたガントレットに軽く触れる程度の勢いで右手を振り抜く。
直後、魔法が付与された私の右手に触れたガントレットがまるでガラスが割れるかのように派手な音を鳴らしながら砕け散った。
「なっ!? ばか、な!??」
もはやその表情で固定されてしまったかのように驚愕の表情を浮かべ続けるライアーくんと更に大きくなる周囲の響めきに、私は内心『やり過ぎてないよね!?』と焦りを覚えながらも、もしさっき壊した武器が大切な物であるといけないので直ぐさま『道具錬成』で飛び散った破片を再度元のガントレットに修復する。
そして、呆けたような表情を浮かべてその場に固まるライアーくんにそっとガントレットを差し出しながら、「すみません、返します」と声を掛けてみた。
だが、ポカンとした表情を浮かべたままライアーくんは全く動く気配も無く、気付けば今まで聞こえていた響めきも収まり、辺りにはシンとした静寂が支配していた。
(うう、気まずいなぁ。早く受け取ってくれないかなぁ。と言うか、もうすぐ入学式が始まっちゃうよね)
一刻も早くこの場を立ち去りたい私は周囲に助けを求めて視線を送ってみるが、残念ながら遠巻きに私達の様子を見ていた同級生達は一様にライアーくんと同じような呆けた表情を浮かべて固まっており、誰も私を助けてくれそうにはない。
(もういっそ、足下にガントレットだけ置いてさっさと逃げようかな)
そんな事を考え始めた直後、不意にその声は聞こえてきた。
「これはいったい何の騒ぎ?」
やっと救いの手が差し伸べられたと安堵した私は、思わず笑顔を浮かべながら声のした方向へ視線を向ける。
しかし、視線の先にいた2人組の男女を確認したところで私の笑顔は凍り付く事になった。
1人は鮮やかな金髪の少年で、170後半から180はありそうな長身のワイルドな印象を受ける美男子で、暢気に欠伸を漏らしながら周囲に訝しげな視線を向けていた。
そしてもう1人、先程声を掛けて来た女性は160はいかない程度の平均的な身長ながらも整ったバランスの体と目を引く美貌を持つ美少女だった。
だが、その少女はその美しい見た目よりももっと目を引く特徴があった。
(あんな綺麗な黒髪、こっちの世界に来て初めて見たかも)
その少女のセミロングの髪は漆黒と形容するのがピッタリなほど鮮やかな黒色をしており、この学園で、それどころかこの世界でここまで鮮やかな黒髪を持つ人物など1人しかいない。
(この人が、次期女王と言われてるエルム・ライナス・ユリアーナ様だ! じゃあ、隣の男性は第2王子のカルメラ・ジェネシス・ジルラント様!? つまり、私の中では攻略対象かラスボスだと想定している2人といきなり会っちゃうの!?)
正直、教皇様からこの2人について様々な話しを聞いているので私はしばらくはこの2人と接触しないように避ける方針を決めていた。
それが、まさかこんな最悪な形でのファーストコンタクトになるとは誰が予測できただろうか。
「まさか、こんな所でいきなり喧嘩? いったい何処のバカが――」
ユリアーナ様はそう呆れたように呟きながら視線を巡らせ、やがて私の姿を捕えたところで突然固まると、しばらくして何故か困惑の表情を浮かべながら再度口を開いた。
「その髪色……あなた、アイ……クロード神父やシスターミリアと共にエルダードラゴンを討伐したという噂の『竜殺し』、よね?」
「え? あ、はい。アイリス、と言います。よろしくお願いします。」
何故か私が名乗ると同時に更に表情に浮かぶ困惑の色が深まり、何度か口を開いては閉じてを繰り返したかと思うと、やがて意を決したかのように言葉を吐き出す。
「その、本当に? 本当にあなたがあのアイリスさ…んなの?」
「へ? ええと…『あの』って聞かれても、どうゆう噂になってるのは知らないのでなんとも……。でも、私は間違い無くアイリス、です」
いったい私は噂でどう言った容姿で伝えられているのだろうと心配になりながら、どうにかユリアーナ様の問いに返事を返す。
だが、どうやらユリアーナ様が思い描いてた噂での私と現実での私のギャップに戸惑いが隠せないのか、ユリアーナ様は「そ、そうなのね」と言葉を返したまま固まってしまった。
「なあ、そいつが昔からユリが話してた――」
「ジル! ちょっと黙ってて!」
言葉を失うユリアーナ様を見かねたのか声を掛けるジルラント様を、鋭い視線を向けながらユリアーナ様が黙らせる。
そして、その鋭い視線を向けられたジルラント様は「えっ!? あの、ごめん」と慌てたように謝りながらしゅんとしてしまった。
その光景に『まるで飼い主に怒られた犬みたいだな』なんて感想を思い浮かべていると、ユリアーナ様は心を落ち着けるように何度か深呼吸を繰り返した後、完全に表情から感情を消して再びこちらに視線を向けると口を開いた。
「それで? この騒ぎはアイリスさ…んが原因って事で良いのかしら?」
突然私に容疑が掛けられた事で、『違う! 私は何も悪いことはしてないの!』という抗議の言葉を上げられず、咄嗟に状況が掴めずに困惑の表情を浮かべるライアーくんの方へ視線を向ける。
そして、私の視線の先を確認したユリアーナ様は「ああ、なるほど」と小さく呟いた後、軽くため息をつきながらライアーくんへ向かって言葉を投げかけた。
「どうせ能力か年齢の事を言われてライアーの方から喧嘩をふっかけたんでしょ? それとも、財務大臣であるエルトナム家当主のコネを使ったんじゃ無いかって馬鹿にでもされた?」
そのユリアーナ様の言葉に、私は内心『私そんな事してないのに!』と抗議の声を上げるが、同時に『やっぱり貴族の繋がりで知り合いなんだ。さっき、財務大臣がお父さんって感じの事を言ってたし、次期女王の立場だったら流石に交流があるんだろうな』なんて考えていたら、ライアーくんが予想外の反応を見せる。
「なっ! おまえ、なんで俺様のことを!?」
どうやら2人は知り合いでは無いようで、驚きの表情を浮かべながらそう尋ねるライアーくんにユリアーナ様は一瞬「あっ」と言葉を漏らした後、スッと視線を明後日の方向に逸らしながら「その燃えるような赤毛に幼い外見、エルトナム家の神童が今年入学する事は結構有名になってるのよ」と返事を返す。
そして、隣で「そこまで有名になってたか?」と首を捻るジルラント様は再びユリアーナ様に鋭い視線を向けられたことでしゅんと項垂れてしまった。
(もしかして、ユリアーナ様って小さい頃から、それこそ一般に公表される前から領内にいる私の噂を集めていたみたいだし、一緒に入学する同級生の中で実力者の情報を事前に集めている? でも、そんなに実力者の情報を集めてどうするつもりなの? 私兵として雇うことで国家に反逆…はいずれ女王になるんだし無駄だよね。じゃあいったい何をしようとしているの?)
そんな事を思考していると、突然講堂の出入り口に年老いた威厳のある老人が姿を現し、「何をしておる! 既に規定の時間は5分前に過ぎておるのだぞ!! 早く指定された席に着かぬか!!」と怒鳴り声を上げた。
そのため、その場にいた全員が慌てて移動を開始したことでそれまでの騒動も有耶無耶になり、私も修復したガントレットをライアーくんに無理矢理押し付けた後、急いで自分の座席を確認して講堂内へと向かうのだった。




