第1話 友達百人できるかな
正門を抜け、しばらく歩いたところで私は職員室に向かうクロード神父と別れる事になる。
その際、深刻な表情で思考を巡らせる私の態度を緊張していると取ったのか、「そんなに堅くなってるとまともに友達なんかできねえぞ。まあ、初日なんだし気楽に行って来い!」と背中を軽く叩かれて檄を飛ばされた。
流石に勘違いされたままでは癪だったので何とか否定の言葉を発しようと口を開いたものの、『緊張している訳では無く、このゲームの世界としてのシナリオがどうなっていくのか心配なんだ』なんて言えるわけも無いので「私、別に緊張なんてしてないもん!」と短く抗議の声を上げ、私は早足に集合場所である講堂がある多目的ホールに足を向けるのだった。
それから10分程歩き、目的地の講堂付近に辿り着く頃には私の心を『もう帰りたい』と言う欲望が支配し始めていた。
正直、集合時間である7時半まであと10分と言った時間である影響か、校舎の外れにある多目的ホール付近にはこれから共に勉学を共にする同級生達が数多く集結していた。
だが、ここにいるのはほとんどが一定以上の権力を持った貴族の子供かそう言った貴族と交流のある商人の出である影響か、既にほとんどの人物が知り合いであるらしく仲の良さそうなグループが形成されており、私のように一人でいる人物が他には何処にも見当たらなかった。
それに、案の定私の髪色や瞳の色、それに異常に幼い見た目は目立つようで遠目からこちらを覗いてヒソヒソと話をしているグループを幾つも見かける。
(ああ、何で私、この学院に入学しなくちゃいけないんだろう。そもそも、普通に暮らす分には困らないほどの蓄えはあるし、なんなら教会に所属して守護者として働いたって良いのに)
現在、私はかなり、と言うか贅沢をしなければ…いや、多少贅沢な暮らしをしたとしても一生働かなくてもお金に困らないほどの貯蓄がある。
それは何故かというと、以前エルダードラゴン戦で手に入れた『竜宝珠』を教皇様が買い取ってくれたからだ。
そもそも、『竜宝珠』とはドラゴンの体内で結晶化した魔力の塊であり、普通ドラゴンが絶命すると同時に体内に吸収されて消えてしまうため、私がやったようにのようにその肉体を吹っ飛ばしてでも生きている内に取り出さないと絶対に手に入らない物らしい。
そして、その『竜宝珠』が内包する魔力量は都市機能の維持に必要な魔力量のおよそ100年分にも相当するらしく、様々な研究開発を行う上での魔力リソースとして破格の値段で買い取ってくれた、と言うわけだ。
因みに、今私とクロード神父が生活している一軒家も国が見繕ってくれたものではあるが、その購入費用を出したのは私なのだ。
(でも、なんで国の技術発展を促すための魔力リソースとして教皇様が『竜宝珠』を買い取るんだろう? 技術開発局って教会の所属じゃなくて国の機関だよね? うーん、なんかこの世界、やたら国営施設が多いのに何故か所々で教会が管轄する部門があったりして謎なんだよね。もしかして、アルテミス教が国教になっている事を利用して裏で黒い繋がりがある、とか?)
頭の中に好々爺然とした糸目の老人である教皇様の顔を思い浮かべながら、『こう言う人の良さそうな老人キャラって、目を開いた瞬間人相が悪くなって悪の親玉っぽくなるのが多いよね』なんて感想を思い浮かべる。
だが、クロード神父から教えられた教皇と言う立場についての説明を思い出し、『流石にそれは無いか』と思い直す
そもそも、教皇の地位に就けるのはその身を盾として人々を守り続ける事で教会内で最も強くなった人物であると共に、数多くの教会員からその功績を称えて推薦を受けた人格者であるはずなのだ。
それに、教皇と言う立場に付いた時点でその人物は女神アルテミスと人々に尽くす天の使い、つまり天使となるためその名前を失い、『教皇』と言う立場がその人物を示す名前となるのだ。
そして、常に全体の奉仕者である教皇様はその私財すら人類の繁栄のために役立たなければならず、とても欲深い者が勤める事が出来ないような大変な役職なのだ。
(まあ、だからこそ私財を投じて技術発展のために『竜宝珠』を買い取ったのもおかしくない、のかな?)
しかし、これだけ縛りがキツい役職ながらその就任を断る者は少ないと言う。
何故なら、守護者以上の役職に抜擢されるような人物は待遇の良い騎士となる道もありながら、その力をより多くの弱き人々を守るために教会に捧げたような人達なので当然なのかも知れない。
因みに、現在クロード神父はとうとう守護者第1位階にまで上り詰めており、このまま行けば史上最年少で枢機卿、果ては教皇まで上り詰める逸材だと噂されているらしい。
(正直、身近で見ている私としてはそこまで凄い人には見えないんだけどね。本人も『教皇様のような生活は俺には耐えられそうに無いな』ってぼやいてたし)
そんなどうでも良い思考を続けながら歩いていると、いつの間にか多目的ホール内に入り込んでいたようで、入学セレモニーが開催される講堂の目の前まで辿り着いていた。
(ええと……確か、入り口付近に座席表が張ってあってそれを確認すれば良かったんだったよね)
昨夜クロード神父から教えてもらった(入学案内書にもきちんと書かれていたらしい)知識を思い出しながら、私は辺りをキョロキョロと見回してそれらしい張り紙を探す。
そして、近くにあった掲示板のような場所にそれらしい張り紙とそれを確認する数人の姿を見付けてそちらの方に足を向けた。
だが、いざ近付いたは良いものの背が低い私は張り紙の前を陣取る数人の生徒が邪魔で張り紙を確認する事が出来ない。
(見えないので少し横にずれて下さい、って声を掛けるべきかなぁ。でも、もう少し待っていれば退いてくれるかも知れないし……)
座席表を確認しながら談笑を続ける数人の男子生徒に、私は声を掛けるべきか悩みながらしばらく後ろをウロウロし続ける。
すると、1分くらい時間が過ぎたところで突然背後から大声が聞こえてきた。
「おい、お前ら邪魔だ、退け! 俺様が見えないだろうが!」
突然の事にその場にいた全員の視線が声の主へと向かう。
そして、そこには150前半の背丈しか無いため小学生にしか見えない生意気そうなショタっ子が立っていた。
その短髪が燃えるような赤髪である事から火属性へ高い適合がある事は容易に想像出来るが、彼の瞳は私のような金色では無く青い瞳である事から私のように成長が止まったと言うわけでは無く、飛び級で入学してきた見た目相応の年齢である可能性が高いが、幼少期にレベルを上げすぎて成長が遅れたパターンも捨てきれないため年齢の判断は難しそうだ。
「いつまでボケッとしてんだ! お前達は俺様が言った言葉を理解出来ないほど頭が悪いのか?」
挑発するような表情でそう尋ねる少年に、声を掛けられた男子生徒の1人が怒りの表情を浮かべて口を開こうとする。
だが、その男子生徒の肩を直ぐ隣にいた別の生徒が掴んで止め、「ほら、あいつがエルトナム家の」と小声で呟くと、止められた生徒も何かを察したようで悔しそうな表情を浮かべた後に「すみませんでした」と軽く頭を下げ、さっとその場を去ってしまった。
(いったい何だったんだろう? でも、これで私も座席表を確認出来る)
とりあえずこれ以上面倒事に巻き込まれても嫌なので、私はさっさと自分の座席を確認してその場を去ろうと張り出された座席表に視線を向ける。
「おい、お前も邪魔なんだよ! さっさと退けって言ってんだろうが!」
しかし、そう怒鳴りつけられたことで再び視線を少年へと戻さざる得なかった。
「えっと、私もまだ――」
「あ!? もっとハッキリと喋れ! なんだお前、俺様と同じ飛び級だからって調子乗ってんじゃねえだろうな? 俺様は12で既に103レベルに到達してんだ。この記録はあのバルヘルム騎士団長すら上回る記録で、バカなお前でもどれだけ凄いかくらいは理解できんだろ」
その問いに『私は12歳の時に202レベルになりました』と答えたい気持ちをぐっと堪えて口を噤む。
正直、私が12の時にエルダードラゴンを討伐したことは世間に広まっているものの、対外的にはアレはクロード神父とミリアさんの活躍がほとんどで私はオマケで付いて行った扱いになっているため、余計な混乱を防ぐために私のレベルについては一切公表されていないのだ。
(でも、私の髪色を見れば普通じゃ無いって……ああそうか。ここって薄暗いから私の髪色って白っぽく見えるから大した実力者じゃ無いと思われてるのかな?)
そんな事を考えていると、その私の沈黙をどう取ったのか少年は得意気な表情を浮かべながら更に言葉を続ける。
「無知なお前に更なる事実を教えてやるよ。俺様の名前はライアー。エルトナム・ライアー様だ!」
自信満々に名乗りを上げる少年、ライアーくんに私が思い浮かべた感想は『誰?』と言う疑問だった。
(ライアーくん……ダメだ、何となくクロード神父が教えてくれた同級生の中でも有名な人の1人にそんな名前があった気がするけど全然思い出せない。今までの話しから考えると12歳で飛び級してきた凄い子なんだろうけど、どう言った経歴の子かは全然分かんないや)
とりあえず曖昧な反応で誤魔化すかと、私は「アイリスです。よろしくお願いします」と頭を下げてみる。
だが、その反応が意外だったのかライアーくんは驚きの表情を浮かべ、そのままその場に固まってしまう。
「……嘘だろ? おい、俺様はエルトナムの家名を名乗ったんだぞ。だったらもっと反応があるだろうが!」
そう怒鳴られても、人の名前と顔を覚えるのが苦手な私が覚えている家名なんて王族のカルメラ家か自分が住んでいる領地を治めるエルム家ぐらいなのだからエルトナム家と言われてもピンと来るはずが無いのだ。
「てめぇ、さっき家名を名乗らなかったって事は平民の出だな? じゃあ、カスみたいな能力者しかいない中で飛び級するくらいだからよっぽどヌルい環境で育ったんだろうが、ここがそんな甘い場所じゃねえってちゃんと教えてやるよ!」
そう告げると同時にライアーくんはアイテムポーチからガントレットを取り出すと両手に装備し、直後その両腕を荒々しい炎が包む。
そして周囲から悲鳴が上がる中、私は突然の展開に着いていけずに呆然と立ち竦む。
「その白っぽい頭、大した魔力もねえくせに俺様を怒らせたことを後悔しな! まあ、死なねえ程度には加減してやるが、大怪我しねえように精々祈るんだな!!」
そうして周囲の悲鳴と制止の声を振り切り、爆炎に包まれたライアーくんの右腕が私の顔面目掛けて凄まじいスピードで振り抜かれる。
だが、私はその場を一歩も動くことは無い。
何故なら――
「なっ!!?」
その右腕私の顔面に触れる瞬間、私は持ち上げた右手でライアーくんの右手を受け止める。
だが、私の右腕には衝撃によるダメージも炎による火傷も一切無い。
何故なら私が所持する(状態)、【竜皮】によって私の魔法力や防御力を上回る攻撃以外の一切は無効化されるのだから。




