第29話 私の本気を見せてやる
「『分身』!」
先程『空間転移』で使用した技巧値が回復したのを確認すると、先ず手始めに私は手数を増やすために分身体を作り出す。
ただし、もう一つ【戦技】を使用しないといけないので200全てを使って4体の分身体を召喚するのでは無く、半分の100だけ消費して2体召喚し、残り100の技巧値は温存する。
「行くよ!」
私の合図に分身体が肯きを返すのを確認すると、私は想定した手順に沿って魔法と【戦技】を発動する事にした。
「「「『光の加護』! 『創造魔法』!」」」
3人の私が発する言葉が重なりステータス上昇とそれぞれ10本ずつ、計30本の杭のような物が生成される。
そして、その杭を一カ所に束ねた後、それを私の目の前まで移動させた。
「『物質変換』! 付与、冷気!」
残りの技巧値を消費して私は【戦技】を発動させると、目の前にある杭の束に手を触れてその性質を冷気の塊へと変質させる。
「さあ、一気に行くよ! それぞれ杭の射出準備! それと、発射後は直ぐに『闇の霊気』の発動と『漆黒の光』の発動準備を!」
「「了解!」」
分身体の返事を聞き、今度は私はドラゴンと戦闘を続けるミリアさんに声を掛ける。
「ミリアさん! 少し離れていて下さい!」
「――ッ! 了解よ!」
一瞬だけこちらに視線を向け、状況を察したミリアさんは強大な魔法を一発ドラゴンにお見舞いしながら一気に後方へと飛び距離を取る。
そして、そのタイミングを見計らって今度は私が分身体へ指示を飛ばす。
「今! 撃て!!」
その言葉を合図に、冷気の塊と化した30本の杭が一気にドラゴン目掛けて射出される。
「「「『闇の霊気』!」」」
そしてそれとほぼ同時に3人の私の声が重なり、一気にドラゴンの戦闘力を奪うべく『闇の霊気』が発動された。
『なに!? グ、グオオォォォォォォォォォォォ!!?』
突然の大幅なステータスダウンに襲い来る冷気の杭によってドラゴンは苦悶の咆哮を上げる。
が、私達にはそれに怯んで手を止める暇などありはしない。
「さあ、どんどん打ちまくって!」
それを合図に先ずは右側の分身体が『漆黒の光』を放ち、それが終わると次は左側の分身体が続けて『漆黒の光』を放つ。
そして、僅かではあるがダメージが入っていることを確認しながらも私はその砲撃に加わったりはしない。
何故なら、この最初の攻撃でどれ程相手の体力を削れるかによって今後の対応を変えなければならず、ここで一気に魔力を消費してしまうと今後の戦いに影響が出てしまう恐れがあるからだ。
では、何故分身体はこれ程後先考えずにここまで大盤振る舞いに魔力を使っているかというと、分身体はスキルが適応されないので消費魔力は2分の1になっていないのに加えて時間経過で魔力が回復しないので直ぐに魔力切れを起こす。
そのため、どうせこの砲撃である程度ダメージを与えたら敵の注意を引きつける囮役としての役割しか無いのだから、相手の【HP自動回復(極大)】で体力を回復させる暇を与えずに一気にダメージを与えるのが最も有効な戦い方なのだ。
(うーん、思ったよりもダメージを与えてるけど、それでもやっぱり堅いなぁ)
一度敵に『解析技巧』を発動させると視界の右端に敵の体力ゲージを表示させることが出来るので、その表示された体力ゲージの減り方を私は冷静に観察する。
現状、デバフや冷気でステータスが下がった影響か分身体の攻撃が相手の回復量を上回る攻撃が入っており、このまま順調に削れれば魔力が尽きるまでに体力を半分ほど減らすことが出来るだろう。
(でも、そう簡単には行かないよね)
そんな事を考えながら身構えていると、案の定ドラゴンに動きがある。
『お、のれ! 人間風情がぁぁぁ!! 図に乗るなよ!!』
そう吠えた直後、ドラゴンの体に光が集束する。
(やっぱりだ! このドラゴンも『解析技巧』で解析できない魔力を使った攻撃をいくつか持ってる!)
さっき私が『解析技巧』を発動した際、エルダードラゴンのステータス画面には(習得魔法)の項目が表示されなかった。
だが、だからと言って魔法、もしくは魔力を消費する技をこのドラゴンが持っていないわけが無いのだ。
何故なら、最初に私達に放った光のブレスは明らかに魔力を使った攻撃であり、その証拠に『解析技巧』を掛けた時にエルダードラゴンの魔力は少し減っていた。
(前にも何度かあったけど、やっぱり人間が扱える魔法の括りに分類されない攻撃は『解析技巧』でも表示されないんだ。だから、下手すると私達のスキルのように厄介な能力をまだ隠してるかも)
そんな分析を重ねる間にも光はどんどんドラゴンの体に集束していき、やがてそれは勢い良く弾けた。
だが私は特に慌てたりしていない。
勿論、そんな強力な一撃を受ければレベルもステータスもドラゴンより圧倒的に劣る私では一撃でやられてしまうのだろうし、技巧値を使い切っているため『蜃気楼』での回避も不可能だが。
しかし、今私はこのドラゴンと1人で戦っている訳では無いのだ。
「『大空の守護』!」
ドラゴンと距離を取った後、分身体の砲撃に巻き込まれないようにそのまま私の方へ向かってくれていたミリアさんが到着し、完全防御の魔法を発動してくる。
その2秒後、凄まじい光の渦が私達の体を呑み込み、完全防御の魔法が適用されなかった分身体が一瞬で光の粒へと分解されていく。
「ミリアさん! 冷気で弱体化している間に!」
光が集束した直後、これ程の大技を放ったのだからしばらくは隙が出来るはずと予想した私はそう声を上げる。
そして、ミリアさんも私と同じ考えだったのか直ぐに「分かってるわ!」と短く返事を返すと、そのままドラゴンの下へと駆け出した。
更に、そのミリアさんをサポートすべく私は直ぐさま『幻影魔法』を発動してドラゴンからミリアさんが何人にも分身したように見せ、次の一手を打つべく『収納空間』から対ドラゴン用のアイテムを取り出そうとする。
だが、ここで大きな誤算が生じることになる。
『調子に乗るなと、言っているだろうがぁぁぁ!!』
再度の咆哮の後、突然ドラゴンの足下に不思議な紋様の魔方陣が描き出され、その直後にその魔方陣から光の柱が天高く立ち上ったのだ。
「きゃあぁぁぁぁ!!」
「ミリアさん!!」
ミリアさんの悲鳴に私の焦りの声が被さる。
そして、光の柱が消滅する直前に光の中から何かが飛び出し、凄まじい速度で何度も地面をバウンドしながら転がり、やがて全ての運動エネルギーが分散してしまったのかその動きを止めた。
「大丈夫ですか! ミリアさん!!」
慌てて私はその飛ばされてきた人物、所々服が破れて肌に焦げたような痕を残したミリアさんへと駆け寄り『回復魔法』を発動させる。
(良かった、生きてはいるみたい。でも、このケガじゃしばらくは動けないかも)
とりあえず、ミリアさんが一命を取り留めている事を確認した私はホッと胸をなで下ろすが、今はそんな場合じゃ無いと直ぐさま視線をドラゴンへ戻す。
『虫けら共が! この一撃で終りにしてやろう』
そう告げながら開かれたドラゴンの口へ、凄まじい光が集束して行くのを確認し、私の心に焦りが生まれる。
(やっぱり、小細工じゃどうにもならないの!? でも、このまま何もしなければ負けるだけ。一か八かアレに賭けるしか無い!)
瞬時に決意を固めた私は一歩前へと進み出るとそのまま2つの魔法を発動させる。
「『聖なる光』! 『漆黒の光』!」
だが、その2つの最上級魔法を私はドラゴンに撃ち出すのでは無く、右手に光、左手に闇の魔力を留めてそのまま手を合わせるように2つの異なる魔力を重ね合わせる。
(あの夜、アダムくんとイブちゃんの2人が放った『聖なる光』と私の2体の分身体が放った『漆黒の光』がぶつかり合った事で強力な爆発が起きた! だったら、どちらの技も使える私なら1人であの衝撃を再現できるはず!!)
あの衝撃は、本体の私より劣るとは言っても魔法力がそこそこ高い分身体を一瞬で消し去るほどの強力な物だった。
ならば、あの時よりステータスが大幅に上がっている今の私が再現すれば凄まじい威力を叩き出せるはずなのだ。
(でも、『聖なる矢』と『漆黒の矢』で試した時は力の制御が上手く出来ずに練習小屋を吹き飛ばして死にかけたっけ。ああ、お願いだから上手く行ってよ!)
私は目の前で混じり合っていく光と闇の魔力を見つめながら心の中で大して信じてもいない神様に祈りを向ける。
『消え去れ! 人間!!』
そして、ドラゴンのブレスがチャージを終えようとする頃――
(あっ、これダメなやつだ)
不気味に明滅を始めた魔力を見て失敗を悟る。
(どうしよう! これどうしよう!! このままだとミリアさんを巻き込んじゃう! でも、今更中断なんて出来ないし、せめて前の小屋の時みたいに衝撃を軽減できる何かがあれば!!)
パニックに陥りながら辺りを見回す私の目に飛び込んできたのは、大口を開けてその口の前に今にも溢れ出しそうな光球を作り出しているドラゴンの姿だった。
(・・・・・・ドラゴンの外皮と鱗は特別製で、その頑丈さから一流の鎧にも使われてるんだったよね? だったら、あの口の中に突っ込めばワンチャンミリアさんに被害が及ばない可能性もあるかな?)
もはや冷静な思考を失っていた私はそう思い付いたと同時に回復した技巧値を消費して、私1人なんて軽々と飲み込める大きさを持ったドラゴンの口の中へ『空間転移』で移動する。
『なっ!!? キサマ、何を――』
ドラゴンが驚きの声を上げ、咄嗟の事で発動中の技を解除してしまったのか後方に感じていた熱源が消えるのを感じるが、今の私にそんな事を気にしている余裕など無い。
「間に合え!!」
そのまま私は目の前に広がる空洞に不安定な魔力の塊を投げ込むと、直ぐさま後ろへ倒れるようにドラゴンの口の中から脱出する。
直後、とうとう限界を向かえた高濃度に圧縮されたエネルギーの塊が弾け、それと同時に衝撃に耐えられなかったドラゴンの肉体が爆発四散したのだった。




