第28話 強敵との遭遇
「えっ!?」
転移が完了し、次の階層に到着した私は思わずそう声を漏らしてしまう。
だが、それも仕方の無い事だろう。
何故なら、眼前に広がる風景は今までのような遺跡の中では無く、ダンジョンの入り口付近のような森林地帯となっていたからだ。
しかし、当然ながら入り口に戻って来たわけではない。
確かに、遠くの方にダンジョンの入り口に有ったのと同じような造だと思われる遺跡が微かに確認出来るものの、それ以外の風景があまりにも違いすぎるのだ。
(これって、まるで――)
「アイリスちゃん、気を付けて」
私の思考を遮るように放たれたミリアさんの声色は、今までに聞いた事の無いほど余裕が感じられない険しいものだった。
「このフロアの形状、恐らくここがボス魔獣がいるダンジョンの最奥よ」
その言葉に、私が真っ先に浮かんだのは『やっぱりか』と言う感想だった。
恐らく、遠くに見える遺跡はかなり巨大な建造物だと思われるのだが、それが小さく見えるほど私達の位置と遺跡の位置は離れている。
そして、その間の空間には何も無い開けた平野が広がっており、その広さは2haはありそうな広大なものだった。
更に、辺りをグルリと見渡すとその開けた空間を囲むようにツタで出来た壁が周囲を覆っており、目の前の平野とその先にある遺跡以外を目指せないようになっているのだ。
「入って来たワープホールも消えちゃってるか……。ねえ、アイリスちゃん。一応確認しておくけど、『転移魔法』を発動出来たりしないわよね?」
ミリアさんにそう問われ、私は『転移魔法』を発動しようと意識を集中してみるが、当然の如く魔法が発動する事は無く、私は首を左右に振ることで返事を返した。
「だよね。はぁ、ここでじっとしてたら何も出て来なかったりしな――」
その言葉が終わらない内に異変は起こった。
突如平野の中心に魔力が集束し始めたと思うと、やがてその空間に巨大な亀裂が入り、やがて巨大なドラゴンが姿を現したのだ。
「最悪だわ。あれ、魔石タイプの魔獣じゃ無くてこのダンジョンのボスを倒して乗っ取った生物タイプの魔獣ね。しかも、よりによって国家レベルの厄災と言われるエルダードラゴンだなんて」
基本的に、ダンジョンに生息する魔獣は全て魔石タイプで、その法則は例外なくボス魔獣にも適応される。
だが、希にドラゴンや悪魔などの知力が高い上位の魔獣がボス魔獣を倒し、そのダンジョンを乗っ取ってしまうケースがあるのだと言う。
そしてその場合、ダンジョンを乗っ取った魔獣はボス魔獣よりも圧倒的に強力な個体である事が多いため、それまで難無くダンジョンを進んで来たパーティーでも苦戦を強いられる、もしくは最悪の場合手も足も出せずに全滅してしまうと言った事例が時々発生するのだという。
『ふむ。何者かが我が塒に入り込んだ気配を感じて戻ってみれば、矮小なる人間共か。不快、実に不快だ! キサマら如き弱者が我が寝所を土足で穢すなど、疾く失せよ!』
突然しゃべり出したドラゴンに、私が戸惑いと驚きで身動きが取れない中、ミリアさんの対処は早かった。
「『大空の守護』!」
直ぐさま完全防御の魔法を発動させ、私を庇うように前に進み出て自身を守るように鉄扇を広げると、直後にドラゴンの口から極大の光が吐き出される。
そして、一瞬にして真っ白に染め上げられた視界に私は思わず目を瞑り、ビリビリと大気が震える衝撃に身を小さくした。
その後、光と衝撃が収まったことで恐る恐る目を開けると、並大抵の攻撃ではびくともしないはずのダンジョンで、私達が立っている周囲が熱で溶解してまるでマグマのようになった光景が目に飛び込んできたのだ。
「2発目を打たせないようにあたしが接近して注意を引きつけるわ! だから、アイリスちゃんはあいつの攻撃が届かない範囲から魔法で援護してちょうだい!」
ミリアさんはそう告げると私の返事を待たずに『風神鎧』と『雷神鎧』、それに『風神の加護』を自身に付与してドラゴンへと向かって行った。
そして、私も早く移動しなければと『空間転移』を駆使しながらドラゴンの背後へと回り込もうとするが、ある程度近付くタイミングでまるで私の転移先が分かっていたかのように尻尾を振り回し、私を叩き潰そうと強力な一撃を放って来る。
しかし、間一髪のところで私も『蜃気楼』の発動に成功し、尻尾による強力な一撃を無効にしながらなんとかドラゴンの背後に回り込むことに成功した。
(さて、それじゃあ魔法で援護を……するのは良いけど、私のレベルでダメージを与えられるのかなぁ)
私は、プロメテウスさんとの邂逅以来、この星属性がドラゴンと何らかの関係がある力だと予測してドラゴンについての知識も色々と仕入れてきた。
その中に、『ドラゴンの体皮と体を覆う鱗は特別で、自身のステータス以下の攻撃をほぼ無効化してしまう』と言うものがある。
つまり、攻撃力と魔法力がドラゴンの防御力と魔法力(魔法のダメージ判定は魔法力と魔法の威力、それに防御力も多少関わって来るらしいので一概には言えないが)の数値を上回っていないとダメージがほぼ通らないらしいのだ。
(とりあえず、こっちにヘイトが向かないように『幻影魔法』で私の位置を誤魔化して……『解析技巧』!)
エルダードラゴン Lv.340
属性:光・ドラゴン
体力:112,656/113,000 魔力:82,532/85,000
攻撃力:10,600 魔法力:9,820
防御力:12,300 俊敏力:11,360
(状態)
【全状態異常無効】【HP自動回復(極大)】【MP自動回復(中)】
【竜の鱗】
(ドロップアイテム)
ドラゴンハート
もはや、神刀『三日月』を装備した私のステータスでも2倍以上の開きがある。
正直、普段であればこの時点で私の心は半ば折れてしまうところだが、今私の顔には薄らと笑みが浮かんでいた。
そう、相手が人間やドラゴンと同等の力を持つとされている悪魔であれば私に勝機は無いかも知れない。
だが、これがドラゴンが相手となれば話は別だ。
私は、以前プロメテウスさんと出会った時の会話からプロメテウスさんはいずれ倒さなければならないボスキャラだと考えている。
しかし、あの圧倒的ステータスを見た後ではどう太刀打ちすべきなど一切思い付かないのが正直な感想だ。
それに、プロメテウスさんがドラゴンが人化した姿だと想定すると、ゲームで良くある展開として第2形態でドラゴンの姿になり、そのステータスが大幅に上昇する可能性だって考慮できるのだ。
更に、あの夜遭遇したアダムくんとイブちゃんもプロメテウスさんの関係者だった場合、以前戦った人間体とは別にドラゴン体の本性が、なども考えられることから今後のためにドラゴン対策は必須だと言わざる得ない状態だった。
そのため、私はクロード神父に無理を言ってドラゴンに関する国の資料や文献を数多く仕入れ、その傾向と対策を徹底的に勉強したのだ。
その熱意は、クロード神父に『お前は『竜殺しの英雄』でも目指すのか?』と呆れられたほどだ。
それから、『分身』で作り出した分身体を『幻影魔法』でドラゴンの姿に変身させて立ち回りを練習したおかげで、先程も不意の攻撃にきちんと対処することが出来たのだ。(因みに、一度ドラゴンに変化させた分身体と戦っているところを村人に目撃されて大騒動になり、クロード神父からキツく説教を受けたりもした。)
(光属性のエルダードラゴンか……。【弱体無効】は持って無いみたいだし、相性の良い闇属性の『闇の霊気』は有効だよね。それに、フロストドラゴンやレッドドラゴンみたいに冷気耐性は持って無いから、状態異常は無理でも体温の低下による一時的なステータスの減少は見込めるかも!)
一瞬の内に頭の中で作戦を立て、私は対ドラゴン戦を始めるべく気持ちを切替える。
(ドラゴンに有効な戦術は良し! それにドラゴン討伐に役立つアイテムは各種揃ってるし、最悪あの切り札を試してみるという手もある!)
もはや準備万端。
しかし、私は慢心などしない。
総じて、『この完璧な状態で私が負けるわけが無い!』などと宣言しようものならそれは死亡フラグ以外の何物でも無いからだ。
(対プロメテウスさんを想定した格上のドラゴン討伐! アダムくんとイブちゃんの2人との再戦でも役立つ可能性があるし、全力で頑張るぞ!)
そう心の中で気合いを入れると、1人ドラゴンの足止めを行っているミリアさんを助けるべく行動を開始するのだった。




