第26話 便利スキルでサクサクダンジョン探索
エルトナド村から10分ほど魔動車で移動した森の中にその遺跡はひっそりと建っていた。
所々破損が目立つため、何か大きな衝撃を受けると直ぐに崩れ落ちそうな危うさを感じるが、基本的にダンジョンは見た目の割には頑丈で、古びた外見をしていても千年前に記録されている外観としっかり一致するなどの事例も有る事から雰囲気を出すためにこう言う外観をしているだけで、本当は破損や劣化を全く受け付けない特殊な造になっているのかも知れない。
「さて、これかいよいよダンジョンに入る訳だが……良いか、アイリス。常に『慧眼』で罠が無いかを確認しながら行動するように。先遣隊の報告ではこのダンジョンは室内型、大きな遺跡の内部を進んで行く構造になってるらしいから、そう言った構造のダンジョンは確実に各所に罠が仕掛けられているはずだ。現に、先遣隊の何人かはそのトラップで負傷しているしな」
クロード神父の言葉に、私は肯きを返しながらガブリエルさんから教えてもらった情報を再度思い返す。
(確か、1階層で確認されているのは落とし穴と毒矢、強制転移のトラップだっけ? それで、強制転移のトラップが何処に通じているかは調べに行った隊員が戻らなかったことから不明、だったよね)
最悪、毒矢は受けたところで【全状態異常無効】があるので私とクロード神父はどうにかなるだろうが、事前の打ち合わせで聞いた限りミリアさんはそう言った特殊スキルは持っていないみたいなので用心するのに超したことは無いだろう。
「それじゃあ、1階層には特に魔獣が出現したと言う報告も無いし俺が先頭で次にアイリス、そして最後にミリアと言った陣形で一気に2階層へ向かうぞ。その後は魔獣を発見し次第随時戦闘を行い、アイリスのレベルでも対処出来そうならそこからアイリスを先頭に、無理そうなら俺を先頭に進んで行こうと思う。ただ、魔獣の強さが予想以上に高かった場合は即時撤退するからな」
クロード神父の言葉に私は無言で肯きを、ミリアさんは「分かりました」と返事を返したことでクロード神父はダンジョンの入り口、遺跡の中央に設置された祭壇のような場所に開いたワープホール(魔力が集まって空中に2mくらいの光の穴が空いている)に踏み込んだ。
そして、その次に私がワープホールに入り、最後にミリアさんが入り込んだところでグニャリと景色が歪み、気が付けば見知らぬ石造りの廊下(大体横幅が4mはあるだろうか)に辿り着いた。
「さて、見た感じガブリエルから報告を受けた通りの見た目だな。どうだ?」
クロード神父が私の方に視線を向けながらそう尋ねたので、直ぐに『慧眼』による観察結果を尋ねているのだと察して前方に視線を集中させる。
そして、罠や隠し扉などと言った気配を感じなかった私は直ぐさま首を左右に振った。
「とりあえず、出だしで罠なんかは無いか。それもガブリエルの報告通りだな。それじゃあ慎重に進んで行くぞ。ミリアは万が一後方から奇襲が来ないよう気を張っておいてくれ」
「了解です」
そのミリアさんの返事を合図に、クロード神父はそれほど早くない速度で慎重にダンジョンを進み始める。
そして、通路を曲がったり分かれ道がある度に私が『慧眼』で罠や隠し扉が無いかを確認し、事前にガブリエルさんから渡されている1階層の地図を頼りに2階層へと繋がるワープホールを目指して進んで行った。
ここで1つ補足をしておくと、私の所持する【パッシブ】スキル『慧眼』は、常に私に罠や隠し扉の場所を教えてくれるわけじゃ無い。
このスキル、実は私が何かを見極めようと意識を集中させないと効果を発揮せず、常に身の回りに潜む罠を教えてくれると言った便利機能は備わっていないのだ。
そのため、罠を見付け出したいのならば『何処かに隠された罠は無いか?』と一旦足を止めて意識を集中させなければならず、もしも私が『流石にあんなところに罠は無いだろう』と気を抜けば十分罠を見落とす危険性があるのだ。
因みに、このスキルで常時完全無効にされているのは幻覚系の魔力が発動している場合で、その場合私には一切周りが見えている幻覚が見えないので異変に気付きにくいと言う弊害もあったりする。
そうやって慎重に進むこと1時間、ガブリエルさんの報告通り魔獣が襲って来ることなど一切無く、事前にもらった地図と通路や罠の配置に全く相違が無かった事からある程度私の緊張感は薄れつつあった。
(確か、2階層の入り口付近までしか捜索は行っていないけど、そこら辺に出没した魔獣はそこまで強くなかったって話だったよね? もしかして、このダンジョンって結構弱い魔獣ばかりでレベル上げに向かない、ってパターンじゃ無いよね。それだったら、せっかく一気にレベルアップするチャンスだとウキウキしてたぶんショックが大きいかも)
そんな事を考えながらも私は黙って先頭を歩くクロード神父の背中を追って歩き続ける。
時々クロード神父とミリアさんが短い会話を交わすが、未だ出会って日が浅いミリアさんに慣れていない私は会話に入ることはせず、何かを尋ねられれば首を縦か横に振ることでなんとかコミュニケーションを図っていた。
そして、1階層も後は一本道でいくつかの通路を曲がれば2階層の入り口へ辿り着くと言った地点に差し掛かったところで異変が生ずることになった。
当然最初にそれに気付いたのは私だった。
(あれ? この道、地図だと右に曲がる通路だけなのに反対側の左にも道がある)
通路の突き当たりに辿り着き、クロード神父に求められるまま右側の道に罠が無い事を確認し、地図を見ているところで私は自分の後方にも道が続いている事に気が付いたのだ。
ただ、道が続いていると言ってもその通路は少し急な下り坂になっていて、2m程進むと直ぐに壁になっている行き止まりの道だった。
(これ、絶対罠か隠し扉が有るパターンだよね)
そんな事を考えながら私は通路の全体が見渡せる位置まで移動しようと、地図を見ながらこの先で発見されている大掛かりな罠をどう突破するかについて話し合うクロード神父とミリアさんから離れてしまう。
(さあ、いったい何が――)
そう私が意識を集中させようとした直後。
「あれ? アイリスちゃん、そこの壁をじっと見つめてどうかしたの?」
そう声を掛けながら小走りでこちらに近付くミリアさんの気配を察知した。
(壁? ああそうか。ここって何らかの魔法で壁があるように偽装されてるんだ)
ようやく何故私しかこの通路を疑問に思わないのかを察し、この通路のことを二人に告げようと後ろを振り返る。
その直後、バランスを崩した私はそのまま数歩後退り、そのまま隠し通路の方へ倒れ込みそうになる。
「アイリスちゃん!?」
だが、直ぐさま私を助けようとミリアさんが駆け出し、そのまま右腕で私の体を抱き留めると体の勢いを止めようと左腕を前方に突き出す。
恐らく、ミリアさんは壁に手を付くことで体の勢いを殺そうとしたのだろう。
しかし、残念ながらミリアさんが手を伸ばした先にあるのは実体の無い幻影の壁であり――
「きゃ!?」「おい!」
ミリアさんの短い悲鳴と少し離れた位置で発せられたクロード神父の声が聞こえた直後、私の体は柔らかい感覚に包まれながらゴロゴロと急な坂道を転げ落ちていく。
だが、その感覚もほんの数秒で終わり、次の瞬間には体を強烈な光が包み、転移を行う時に感じる特有の浮遊感が襲ってきた。
「この光、ランダム転移のトラップ!? アイリスちゃん、絶対にあたしから離れないで!」
そうミリアさんが告げた直後、私を抱きしめる力が幾分か増すのを感じた。
正直、丁度顔の辺りにある柔らかい膨らみに圧迫されて多少息苦しさを感じる。
そしてその直後、私とミリアさんは光の波に乗りながら漆黒の空間を流されて行き、やがて豪華な装飾が施された見知らぬ廊下へと辿り着くことになるのだった。




