第24話 新たな同行者
午前11時半頃にメルポティシアの飛空艇停留所へ到着し、私とクロード神父はまず初めにアルテミス教会のメルポティシア支部へと向かうことにする。
メルポティシアからガブリエルさんがいるエルトナド村までは魔動車でも1時間は掛る距離にあり、【疲労無効】を持つ私達なら徒歩でも行ける距離ではあるのだが、楽が出来るのならそれに超したことは無いだろう。
と言う事で、先に教会が手配してくれているという魔動車を受け取りに行く必要があるのだ。
「それにしても、ブルーロック村に比べてすっごく人が多いね!」
「まあ、比較するのがバカらしい程人口差が開いてるからな」
大通りを歩きながら、その人の多さに興奮して思わず子供っぽい感想を漏らしてしまう。
だがそれも仕方の無い事だと言訳をさせて欲しい。
そもそも、私はこの世界に転生してきてからほとんどをクロード神父の監視下で他人とあまり関わらない生活を送ってきた。
そして、ブルーロック村の人口は2千ちょっとで辺境の村としてはそこそこ人口が多い方だったと記憶しているが、それでも村の商店街などに人が集まっている時間でもそこまで人の通りは多くない。(年末の年越し行事では動けなくなる程人口密度が上がるらしいのだが、私が参加して余計な混乱を招くと困ると言う理由から今まで一度も参加させてもらえなかった。)
そのため、これだけ人が密集した大通りなど前世以来だったのだ。(実は、前世もそこそこ田舎に住んでいて基本1人で家に引きこもることが多かったので本当はそこまで人が密集した空間を経験したことなど無いのだが。)
因みに、最初に飛空艇に乗るためにエルム領最大の都市、ブルームヘルトに立ち寄った時には早い時間だった影響かほとんど通りに人の姿は無かったのだ。
「ええと……確か20万くらい人口がいるんだっけ?」
「それはメルポティシア中央区だけの人口でだな。残りの東西南北の区画まで全部合わせると大体60万くらいだ」
「60万……」
「因みに、このメルポティシアを国内外から観光で訪れる人数は年間数千万以上って言われてるから、そこら辺歩いてるやつのほとんどが観光客だろうな」
「そうなんだ」
そんな会話を交わしながらもクロード神父の先導で私達は迷い無く目的地に向かって歩いて行く。
やはり、ブルーロック村と違ってここは都会だからかお洒落な服装をした人達が目立ち、結構な頻度で見回りを行っている鎧姿の騎士の姿を見かけた。
因みに、この世界において騎士は魔獣から人々の安全を守ったり、トラブルが起こった時の仲裁役や犯罪行為を行った者の取り締まりなど、前世での警察のような役割を担っている。
「そう言えば、お昼はどうするの? せっかく観光地に来たんだから、どうせだったらここでしか食べられないような物を食べたいな!」
「メルポティシアでしか食べられない物? ……どうしてもって言うなら止めはしないが、それは帰りにな。今日の昼は教会で用意してあるはずだからな」
『なんだそうなのか』と若干ガッカリしながらも、『止めはしない』と不安になるようなセリフをサラッと告げられたことに『今の内にご当地グルメを味わう計画は破棄するべきか?』と言う考えが頭を過ぎる。
その後、たわいない会話を続けながら30分ほど歩くと目的地であるメルポティシア礼拝堂へと辿り着いた。
「ええと…確か待ち合わせは宿所の方だったな」
クロード神父はそう呟くと礼拝堂横の脇道から裏の方へ回り、そこからしばらく歩いたところで眼前に旅館のような大きな施設が見えて来た。
「待ち合わせ、って事は誰かに会うの?」
「ん? ああ、そうだな」
クロード神父の返事を聞いた私は、『またいきなり偉い人と面談とかだと嫌だなぁ』などと心の中で不満を漏らしながらも黙って後ろを付いて行く。
そして、ようやく離れた位置に見えていた建物まで辿り着くと、その玄関先に1人の女性が立っていることに気付いた。
その女性を一言で表せば『大人の女性』と言えば良いのだろうか。
身長は160後半はあるかという長身で、ガブリエルさんとはだいぶデザインが違うシスター服ながらも体型が出にくい衣装であるはずなのにそのメリハリの有る肉体の凹凸を容易に確認出来た。
それに、切れ長の目に落ち着いた表情、ポニーテールに纏められた鮮やかな緑の長髪が『出来る女』感を引き出している。
「お待ちしておりました、クロード様、アイリス様。教皇様より本日からダンジョン探索終了までお二人の案内役を仰せつかりました守護者第21位階のミリアと申します。どれ程の期間ご一緒できるかは分かりませんが、どうぞよろしくお願いします」
クールそうな見た目とは裏腹に、人好きする明るい笑顔を浮かべながら目の前の女性、ミリアさんはそう告げる。
だが、一瞬ミリアさんが告げた言葉に意味を理解出来ずに私は呆けた表情を浮かべて言葉を失うが、クロード神父はさほど驚いた様子も見せずに直ぐさま挨拶を返した。
「守護者第3位階のクロードだ。今回は未知のダンジョン探索と言う事で数日がかりになる可能性が高く、流石に男の俺がこの子の面倒を全部見るのは不可能だからな。女性の同行者を募ったところキミのような優秀な者が手を挙げてくれた事を嬉しく思うよ」
(ちょっと待って! もしかしてミリアさんが同行することをクロード神父は先に知ってたの!? じゃあ、何で私に教えてくれないの!?)
知らない人の前だから声には出さなかったが、見上げる私の視線に何を言いたいのか察したらしいクロード神父は軽くため息を漏らしながら私に声を掛ける。
「おまえ、もしも知らないやつとパーティーを組むって知ってたらしれっと分身体に入れ替わって隠れるだろ」
「そっ、そんな事…そんな……」
『そんな事は無い!』とハッキリ抗議の声を上げようとするが、確かにミリアさんの同行を知らされた時、真っ先に頭に浮かんだのが『今更分身体を身代わりにしても、突然人が変わったようにフレンドリーになったら不気味に思われるかも』と言う考えだったため何も言い返すことが出来なかった。
「良いか? 事前に教えたように、俺達は魔力やスキルで強化されていると言っても人間なんだから食事や排泄なんかも当たり前にしなきゃならない。だから、本来人間が住む環境として適さないダンジョンで数日を過ごす場合にも当たり前にそれらの行為を行う必要があるわけで、流石に男の俺では女のお前に教えることは出来ない事も多々ある。分かるな?」
確かにクロード神父の言いたい事は分かる。
だが、それならば別に知らない人と一緒に行動するより、顔見知りであるガブリエルさんが一緒に行動すれば良いのでは無いだろうか?
「因みに、ガブリエルはエルトナド村を守護する役目がある上に元々戦闘がそこまで得意なタイプじゃない。だからこそ自身が担当する村の近くに現れたダンジョンの探索を俺達に依頼したんだろ? だから、もしもミリアの同行に納得出来ないのなら今回のダンジョン探索は俺1人で行くから、お前はエルトナド村でガブリエルと一緒に留守番だぞ」
有無を言わせないクロード神父の雰囲気に、私は必死で打開策を引き出そうと思考をフル回転させる。
だが、結局私がダンジョンに入るには許可証を預かっているクロード神父の同行が必要不可欠で、ダンジョンに挑めなければ経験値効率の悪い狩り場で頑張るしか無いので結局目標とするゴルドラント高等学院入学までに200レベル達成という目標を諦めなければいけない。
「……分かった、頑張る」
結局何も案が浮かばず、そう返事を返すしか無かった。
そして、その私の返事を聞いたクロード神父はヤレヤレと言った表情を、ミリアさんは満面の笑みを浮かべる。
「それじゃあアイリスちゃん、これからしばらくの間よろしくね♪」
私の目線に自分の目線を合わせ、ミリアさんは満面の笑みを浮かべたままで右手を差し出して来たので、私はオロオロと視線を彷徨わせながらも「よ、よろしく…お願いします」と消え入りそうな音量で返事を返しながら差し出された右手に私も右手を差し出し握手を交わすのだった。




