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32通目の遺書

作者: こじぽん

今日、貴方の骨をお墓に埋めてきました。

私たちの家から近い、緑の豊かな素敵な場所です。

これまで長い間供養できなくてすみませんでした。

情けない話ですが、例え骨だけとはいっても、貴方が近くにいる気がして手放すに手放せなかったのです。

ですが、孫たちに説得されてようやく決断することができました。

いい加減、現実を見てと叱られてしまいました。

文面だけですと厳しいように思えますが、実際はとても優しく、私の心を撫でるように言ってくださったんですよ。

それでようやく今を生きる決心がついたんです。


だからこうして、遺書という名目で貴方への手紙を書くのも今日で終わりにしようと思います。

これまでは死と向き合うといつも貴方のことが頭に、

…いえ、違いますね。きっと逆です。私は貴方のことを考えるたびに、死に引き寄せられていました。

だから何度も遺書を書いてきたのです。死ぬことは難しくても、死への準備をすることは簡単ですから。


残念ながら、死にたい、という気持ちは今でも変わっていません。

例えば、私の死で誰かの命を救えるような状況になれば、私は喜んでこの命を捧げることでしょう。

手術を受ければ助かる、と言われるような場面があったとしても私は迷わず死を選びます。

それほどまでに、今の私にとって死というのは魅力的なものに見えてしまうのです。


ですが、貴方を追って自殺するということだけは必ずしないと約束します。

そのために私はこの遺書を貴方への最後の手紙とし、生と死の間にハッキリとした境界を設けようと思います。


生まれ変わっても一緒にとか、天国で会えるとか、そういった話は確かに私にとっての救いでした。

ですが、そのような希望にばかりすがっていては、いつか自分を見失ってしまうのではないかとも思うのです。

だから私は、貴方はもうこの世にはいない存在で、いくら言葉をかけても決して届かないのだということを認めることにしました。

貴方は私のことを空の上で暖かく見守っているということもなく、墓前に行けば話を聞いてくれるわけでもない。

現実の貴方は命を失った後、奇麗に顔を整えられた後、棺桶に入れられ、知り合いの皆さんに見送られながら燃やされたのですから。

私が最後に聞いた現実の貴方の声は、何と言っているのかもわからないか細い声だけで、私が最後に貴方に触れたのは棺桶の中で冷たくなった手を握った時なのですから。


こうして手紙を書いていると、貴方のことが鮮明に蘇ります。

遺書を書いているこの時間は、貴方を失ってから唯一心が癒される瞬間でした。

悲しい気持ちもあるけれど、それ以上に幸せな思い出もたくさんありますからね。


私がこの世からいなくなる時、何かを言い残したいと思える人はもうこの世にいません。

だから、貴方へ向けたこの手紙を持って、私の最後の遺書とさせてください。

生と死を分けるといっておきながら、死者へ手紙を書くのは矛盾しているかもしれませんが、どうか曖昧な私を許してください。


最後に、決して言葉が届かないと分かっていても、これが自己満足にしか過ぎないものだと分かっていても、貴方へ向けて言葉を贈ります。


私が家に帰ったとき、お帰りと言ってくれてありがとう。

朝起きた時、隣にいてくれてありがとう。

私が作ったご飯を食べてくれてありがとう。

私を傍に置いてくれて、本当にありがとう。


私は貴方と一緒にいられるだけで幸せでした。

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