2-1 教会Ⅰ
光系統と聖系統は似て非なるものだ。
前者は、闇を照らして打ち払う。後者は、闇を躱して身を守る。
「だからね、おねーさんは夜道を明るくすることは出来ないんだ」
「暗視魔法くらいかけてくれても良いじゃない」
すかさずそう言ったエシュカの隣でイルデットも大きく頷く。
3人は森の中を歩いていた。月の光も星明りも届かない、深く暗い森。王都のすぐ西にあるその森を、日が沈む前に抜けたかったのに、迷いに迷って今に至る。
「だから森に入る前に野宿しようって言ったのに……」
イルデットは不満を言いながら溜息を吐いた。この提案は「森を抜ければ街がある」「そんなに大きな森じゃないからすぐ抜けられる」などというエシュカとリオネラの主張で却下されたのだ。
「まあまあ。ほら、暗視魔法かけたよ。これでオッケーっしょ」
「……確かに」
昼と変わらないくらいよく見える。そして、絶望的なほど周りは木々ばかりなのがよく分かる。
道なき道を進んできたのが仇となり、どちらから来たのかも不明。どうしてこうなった、と愚痴りたくなるが、今はとにかく進むしかない。勘だけが頼りだ。
「そういえばさー、エシュカって転移魔法使えるじゃん? 街まで飛べなかったの?」
「長距離だと精度が落ちるの。下手したら、壁にめり込んだり木の中に閉じ込められたりするわよ」
「うわぁ、そりゃ危ないね。ところで、あたしはこっちだと思うんだけど」
「逆よ。私、方向感覚には自信あるんだから。空間系統の使い手を舐めないで」
「おねーさんは聖系統の使い手だぞ?」
「だから何?」
「聖系統の魔力って、なんとなく教会の場所が分かるんだよねー。街には教会があるんだから、こっちで合ってるって」
迷った原因の2人が言い合っているのを、イルデットは苦笑いしながら聞いていた。
森に入って少しして道が3つに分かれている地点があったのだが、エシュカは右へ、リオネラは左へ進もうとした。そして、2人の話し合いの結果、間を取って真ん中の道を進むことになった。それが間違いだった。すぐに道は途切れ、イルデットは引き返すべきだと主張したが、エシュカもリオネラも「こっちで合ってると思う」などと言って前進し続けた。イルデットは方向音痴気味な自覚があったので、従うしかなかった。
「あ、ほら教会!」
先行していたリオネラが明るい声を上げる。
森を抜けた、という感じではない。木々に埋もれるように教会が建っている。
「……街ではないようだけど」
「ありゃ、ほんとだ。でもまあ教会に泊まれるからオッケーっしょ」
「この際それで良いわ」
エシュカの声には疲れが滲んでいた。しんがりを務めていたイルデットは苦笑する。
「道を聞けたら良いけどな」
「そうね。……そもそも、ちゃんと人がいるかな。ちょっと廃墟じみてる気が……」
足を止め、まじまじと教会を見つめるエシュカ。リオネラはそれに構わず、軽い足取りで教会へ入ってしまう。
そして。
カッ、と、強烈な光が教会から迸った。
「……⁉」
目を焼くような眩しさ。暗視魔法は便利なもので、突然強い光を見ても目をやられたりしない。それでも痛みを感じるほどの光だった。
「リオネラ! 何が起きた⁉」
イルデットは大声で尋ねる。
返事は無い。
舌打ちしながら教会へ駆け、そのまま突入。
教会の中は、真昼のように明るかった。窓から陽光が差し込んで、ステンドグラスが煌めいている。今は夜のはずなのに。
立ち尽くすイルデットに、同じように呆然としていたリオネラが気付いて声をかけた。
「いやー、参ったね。こう明るくちゃ眠れないよ」
「ああ、うん……それより無事なら返事してくれよ。焦っただろ」
「返事?」
「聞こえてなかったのか?」
「何が?」
不思議そうな顔をしている2人に、少し遅れて入ってきたエシュカが話しかける。
「聞こえてなくて当然だわ。ここ、異空間だもの」
「あー、だから時間がおかしいんだ?」
納得するリオネラ。一方、イルデットは怪訝そうな顔をした。
「じゃあ、あの光は何だったんだ? 空間系統の魔法って、あんな風に光らないだろ」
「空間の境界を通った時に、何か別系統の魔力が混ざってるのを感じたわ。単純に考えると光系統かな」
そう言いながらエシュカは教会の中を見渡す。
誰が何の目的で作った異空間かは知らないが、この規模の魔法を維持するには術者が中にいる必要がある。この礼拝堂にはいないようなので、奥の居住区画にいるのだろう。
壁際に目を向けると、無色透明の拳大の石が床の上に無造作に置かれていた。リオネラもそれに気付いたようで、
「あれ、聖石だ。地べたに転がしてるなんて変なのー」
などと言いながら近付いていく。
聖石は魔力の系統を判別することが出来る石だ。全ての教会に存在するものなので、この教会にもあって当然である。しかし、本来は聖職者が管理し、礼拝可能な時間のみ祭壇に置かれるものだ。間違ってもこんな風に床に放置されて良いものではない。
「あたしが教会の場所分かるのって、実は聖石に反応してるんだよね」
リオネラがさらりと種明かしのようなことをしたが、エシュカにはそれよりも気になることがあった。聖石を見た後、祭壇の方へ視線を向けると、幼い少女がぽつんと立っていたのだ。小声でイルデットに尋ねる。
「ねえ、あんな子あそこにいたっけ?」
「僕も気になってた。奥から出てきたみたいだけど……」
10歳くらいだろう。村娘のような服装をしており、教会暮らしの者には見えない。
「迷い込んだんじゃない? おねーさんも、あのくらいの頃はよく教会に行ってたよ」
教会には〝その地域の者が魔法を使えるようにする〟という役割がある。誰でも魔法を学べるように系統別の魔法書が置かれており、聖職者に魔法を教わることも出来る。
そのため、子供が頻繁に教会へ通うのは自然なことだ。イルデットやエシュカだって、そうして魔法を習得した。
「そうね……」エシュカの声が警戒の色を帯びる。「魔法を学びに来ただけだと思いたかったけど。そういう訳ではなさそうよ」
空気がひりつくような感覚。異空間そのものから感じる殺意。それらが、あの少女を通じて発せられていることに、同じ空間系統の魔力を持つエシュカだけが気付いていた。