1-7 牢
「まさか、それで全てだとは言うまいな?」
屋敷の主が鷹揚に尋ねた。イルデットは
「いえ、全てです」
と答えるしかない。
「そんなはずなかろう。ああ、そうか、多すぎて一度に全ては話せまいな。まずは〝ドローン〟の作り方を教えよ」
「作り方……」
そんなのこっちが聞きたい、とイルデットは思った。農作業用の、自動で水やりをしたり肥料を撒いてくれるドローンのことを教えたのだが、作り方はおろか何でできているのかも分からない。分かっていることといえば、動力源は故郷で採掘できる魔力を帯びた鉱石だということくらいだ。
イルデットは困ったようにエシュカへ視線を向ける。
「僕が知ってる程度の情報でも利用できるはずって言ってなかった?」
小声で不満を口にすれば、
「見込み違いだったようね」
嘆息とともに小さく答えが返ってくる。
そのボソボソとした会話を遮るように、屋敷の主が告げた。
「話さなければ、〈魔力封じ〉を外してやらんぞ」
明らかな脅しだった。ヴァレドから〈魔力封じ〉の特性を聞いていなければ、屈していただろう。屈したところで話せることは無いのだが。
「これ以上は何も話せません」
その気楽そうな返答に、屋敷の主は眉をひそめる。脅しが効いていないことを悟り、次の手を打つ。
「ならば。話す気になるまで、牢に居てもらおうか」
「牢って……」
イルデットが抗議の言葉を言い終える前に、ぱかっと床が割れた。床下は滑り台のようになっており、イルデットとエシュカは抵抗できずに落ちていく。
やがて2人は、なだらかな斜面からぼとりと落ちて、鉄格子の中で呻いた。
「ってて……」
「……はぁ……こんな投獄の仕方、初めて見たわ」
イルデットが先に落ち、その上にエシュカが乗る形になっていた。エシュカはそのことに気付いていない。落ちてきた穴がスライドドアによって塞がっていくのを興味深そうに見つめている。
「……エシュカ。そろそろのいてくれると嬉しいんだけど」
「あっ。ご、ごめんね!」
エシュカは慌てて体を動かし、牢の隅まで移動した。
10人は余裕で収容できそうな大きめの牢だ。それが、小さな地下室にぽつんと置かれている。石壁で囲まれた暗い部屋の出入り口は、届いてくる薄ぼんやりとした灯りと相まってトンネルのように見えた。
イルデットは鉄格子にもたれて座り、真面目な顔で口を開く。
「ところで瘴気病の情報だけど」
「今そんなこと話してる場合?」
エシュカは眉根を寄せた。
重要な話ではある。だが、今は、自分たちの危機なのだ。魔法を封じられ、牢に入れられ、求められた情報は本当に持っていない。何とか脱出の方法を考えないといけないという時に、いきなり瘴気病の話をしようとするとは。驚いたやら拍子抜けしたやらでエシュカは大きく溜息を吐いた。
一方、イルデットは落ち着き払っている。
「エシュカこそ、スライドドアにどんな機構が使われてるのかとか場違いなこと考えてただろ」
「それは、脱出の糸口になるかと思って! とにかく今は、脱出の方法を話し合うべきよ!」
「まあまあ、そんな焦らなくても。あの貴族は僕の知識が目当てな訳だから、殺されはしないだろ。ってことは誰かが食事を運んでくるはずだから、その人をどうにか篭絡して出してもらおう」
「……確かに、そうね。篭絡はともかく、この格子の間隔だと牢を開けないと食事を入れられないものね。脱出のチャンスはありそう」
「まあ、だからこの暇な時間に話しておこうと思って。せっかく良い情報を得られたから」
こうしてイルデットは、ようやくエシュカに図書館で得た情報を伝えることが出来た。全てを話すのに長い時間は要らなかった。ヴァレドの妨害が無ければ、昼ごはんを食べながら話し、今頃は〝魔力と瘴気の結びつきを切り離したりできる人〟を探し歩いていたのだろう。
「そういえば、昼ごはん食べ損ねたな」
「そうね……」
どこからともなく美味しそうな匂いが漂って来たのは、その会話の直後だった。
イルデットはハッとして鉄格子の向こうへ視線を向ける。暗さに慣れた目に映ったのは、メイド。料理が乗ったトレーの上で胸が揺れている。
「一応言っとくと」彼女は場違いなほど明るい声を発した。「おねーさんはメイドじゃないよ。こうやって、牢にいる人に食事を運ぶ仕事。このカッコは、まあここの主人の趣味だね」
「聞いてないんだけど……」
イルデットが困惑気味に言うと、メイド服を着たお姉さんは肩を竦めた。
「あまりにも毎度毎度メイドと勘違いされちゃうんだもん。うんざりしたから、先に言っとくことにしてんの。因みにこの屋敷の本物のメイドは、何か訳分からないエロい服着てるよ」
にひひ、と悪戯っぽく笑いかけながら、鉄格子の前に料理を置く。そして、まじまじとイルデットを見た。
「うーん、やっぱそっくり。ねえキミ、こっから出たい?」
「え、それはもちろん」
きょとんとしながらも即答したイルデット。直後、その腕につけられた〈魔力封じ〉が砕け散った。
「……⁉」
「びっくりした? びっくりしたよね? かっわいーい。あ、そういえば自己紹介がまだだった。あたしはリオネラ。気軽に『お姉ちゃん』って呼んでね」
「何でだ……」
呆れ混じりに呟いて、イルデットはエシュカを……まだその手首に着けられている〈魔力封じ〉を指さす。
「あなたは聖系統の魔法を使えるんですよね? あれも砕いてくれません?」
「むうぅ。『お姉ちゃん』って呼んでくれなきゃヤだよー。ってか口調。今更変えても遅いからね?」
失敗したな、とイルデットは心の中で舌打ちした。最初から猫かぶりすべきだったのに、リオネラのペースに呑まれて素が出てしまっていたのだ。指摘された通り、今更接し方を変えても遅い。
しかし、幸いなことに彼女の気分を害した様子は無い。ここは機嫌を取って——いや、お人好しならば取り敢えず相手の要望を叶えようとするだろうから——どちらにせよ、取るべき行動は一つだ。
「……お姉ちゃん」
「もっと可愛くおねだりする感じで」
「……お姉ちゃん?」
「もっと上目遣いで小首を傾げて」
「やってられるか!」無理だ。我慢の限界だ。恥ずかしいことこの上ない。「本当、何なんだお前は⁉」
「あはは、顔真っ赤~」
「嘘つくな! この暗さじゃ見えてないだろ!」
「それが見えてるんだよね。聖系統の魔法には暗視魔法もあるから」
さらりと告げられた事実にイルデットは絶句する。一方、それまで黙っていたエシュカが一言
「茶番は終わった?」
と冷たく尋ねた。
因みに、エシュカの〈魔力封じ〉はイルデットが「やってられるか!」と叫んだ時点で砕かれていた。