1-6 ヴァレド
鍵を回して扉を開けば、地下へと下りる階段がある。屋敷の奥の、隠匿された地下牢獄に繋がる階段が。
この地下牢獄の存在は、屋敷の主と数名の使用人しか知らないはずだった。しかしヴァレドは屋敷の近くを通りかかっただけで気付いてしまった。ここに、怨念の溜まり場があったから。
「待たせたな。今からたっぷり喰わせてやるよ」
地下牢獄にいるのは、屋敷の主の〝お楽しみ〟のために生かされている犯罪者数十名だ。捕らえられてからずっと酷い扱いを受け続け、度重なる拷問の末に死ぬことになる予定の、救われない罪人だ。
彼らは、先ほど発されたヴァレドの声を聞き、怨嗟の声や呻き声を上げている。或いは、絶望に満ちた目を階段の方に向けている。
「さて……」タンッと最後の段を下り、ヴァレドは牢獄を見渡した。「どれから喰う?」
その問いは、自らの持つ剣に投げられたものだった。その前の発言も、剣に向けられたものだった。
返事は無い。いくら魔神と契約して得た魔剣とはいえ、喋る訳ではない。だが確かに、この剣には意思があった。
「どれでも良いって? なら近いとこからいっとくか」
言うが早いか剣を牢に突き入れる。それは過たず罪人の心臓を貫いていた。
「何? ちょっと薄味? 贅沢言うなよ」
一人、また一人、抵抗できぬ罪人たちは心臓を一突きされて絶命していく。
草抜きでもしているかのような、淡々とした動きだった。実際、ヴァレドにとっては、魔剣に〝強い負の感情を持つ魂〟を喰わせるためにやっている単純な作業だ。
「何やってんだ……? さっきから、一人でブツブツ言いやがって、何なんだテメーは⁉」
遠めの牢から叫ぶ男がいる。ヴァレドは手を止め、そちらを向いた。
「悪ぃな。オレはここにいる全員を殺しに来たんだ」
「はぁ⁉ 何のために⁉ 殺しがしてーだけなら、わざわざあのクソ貴族の言うこと聞いてまで、こんなとこ来る必要ねーだろ!」
捕らえられたのが最近なのか、他の罪人と比べ際立って元気だ。しかしその顔は、得体の知れないモノを見たような恐怖で歪んでいる。
そんな男に、ヴァレドは
「……強い負の感情を持つ魂をたくさん魔剣に喰わせれば、魔神が願いを叶えてくれる。どんな無茶な願いでも、叶えてくれるんだ。だからオレは、そのために」
答えながら、剣を突き立てた。それからふと、視線を落とす。
「もう腹いっぱいだと? しょうがねぇ、残りは明日にするか」
剣をひと振り。刃についた血が全て飛び散り、暗赤色が鈍く輝く。
ヴァレドは踵を返し、罪人たちの視線を感じながら階段へ向かった。このペースだと何日もかかりそうだな、と思いながら。