1-5 王都Ⅲ
イルデットは、エシュカと一旦合流して情報交換をするために集合場所——泊っている宿の前へ行き、愕然とすることになった。
エシュカが首筋に剣を突きつけられた状態で突っ立っている。その状態を作り出しているのはヴァレドだ。
「卑怯な」
イルデットの呟きに、ヴァレドは眉根を寄せる。
「卑怯なのはお前だろ。約束破って逃げたくせに」
「……」
あまりにその通りなので何も言い返せなかった。しかし認めるのも癪で、黙ってヴァレドを睨みつける。
そんなイルデットへ、ヴァレドは淡々と〈魔力封じ〉を装着し、ついてくるよう促しながら歩き出した。エシュカへ向けていた剣は既に鞘へしまっているが、決して逃がさないという気迫のこもった瞳がイルデットとエシュカを捉えていた。
イルデットは観念したようについて行く。その隣を歩くエシュカは、悔しそうに口を開いた。
「ごめん、イルデット。私の失態だわ」
「いや……びっくりはしたけど、ヴァレドが一枚上手だったってだけだろ。それより、この腕輪って何? 隷属させるようなやつ?」
「れ、隷属? そんな恐ろしい効果は無いはずだけど……。無いわよね、ヴァレド?」
「さっき話しただろ、〈魔力封じ〉だって。それ以上でも以下でもねぇよ」
困惑気味に答えが返ってきたので、エシュカは先ほど聞いた〈魔力封じ〉についてイルデットに語った。
イルデットは納得し、溜息を吐く。
「そっか……。なぁ、ヴァレド。用が済んだら〈魔力封じ〉を外してくれるんだよな? このままって訳じゃないよな?」
「どうだろうな。その腕輪は雇い主の魔力を流さねぇと伸びねぇようになってるから、オレにはどうにも」
「っ……そんな」エシュカが焦ったような声を出す。「じゃあ、外してもらえなかったら、もう二度と魔法が使えないってことじゃない!」
「いや、手はあるぜ。その金属の特性として〝聖系統の魔法を浴びせると脆くなって砕ける〟ってのがあるからな」
その言葉に、イルデットは目を丸くした。
「そんな裏技じみたこと、僕たちに教えて良かったのか? お前の雇い主が不利になる情報だろ」
「? お前らが魔法で逃げたり攻撃したり出来ねぇのは変わらねぇんだから、教えても一緒だろ」
「いや、『〈魔力封じ〉を外してほしければ言うことを聞け』みたいな脅しが出来なくなるじゃん」
「…………オレの仕事はお前らの魔力を封じた状態で雇い主に引き渡すところまでだから。その後のことなんて知ったこっちゃねぇ」
開き直ったようにそう言って、ヴァレドは前方を指さした。そこには王都内でよく見かける佇まいの屋敷がある。庭園が無く、地方の屋敷と比べればさほど大きくはないが、重厚感と威圧感を前面に押し出すような面構えの邸宅だ。
「着いたぜ」
とヴァレドが言うのと同時に、屋敷の扉が開いて男が2人出てくる。皺ひとつ無い揃いの服を着ており、作り物のような無表情と淡々として精錬された仕草が不気味なほど似合っている。
彼らは無言でイルデットとエシュカの後ろに回り、その背を押して屋敷の中へ向かわせた。
一連の流れの中で、イルデットは剣を奪い取られたが、抗議はしない。そうされて当然だと思ったし、特別な剣という訳ではないからだ。予備はエシュカの異空間収納に何本もある。
「……あ。異空間収納も使えないのか」
「うん。これが一番困るわね」
屋敷へ入ると、上質な服を着た壮年の男が待ち構えていた。無表情の男2人はするりとその場を辞す。
イルデットとエシュカは、目の前の男がヴァレドの雇い主だと悟り、身構えた。その後ろから、
「もう良いだろ?」
とヴァレドが確認すれば、雇い主は
「ああ、ほれ」
と小さな鍵を投げてよこす。ヴァレドはパシッとそれを受け取って、屋敷の奥へ歩いて行った。
イルデットが不思議そうに見送っていると、屋敷の主たる〝とある貴族〟が話を切り出す。
「さて、用件はもう分かっているな?」
「村の発展について、ですよね」
「ああ、包み隠さず話してもらおう」
そうするのが当然だと言わんばかりの尊大な口調だった。
彼が何を知って、どんな情報を求めているのか、正確なことは分からない。それでもイルデットは、「お人好しならきっと出来る限り教える」と考え、話し出す。隣でエシュカが「何も話さない方が良い」と言うような視線を向けて来ていても。