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1-4 王都Ⅱ

 1時間ほど経って。

「これは……!」

 イルデットは思わず声を漏らし、慌てて口をつぐんだ。

 本に書かれていた内容は難解なものが多く、半分以上理解できなかったが、それでも瘴気病を治す方法は分かった。

 魔神を倒せば良いのだ。

 瘴気は魔神の魔力であり、濃い瘴気や魔物は魔神の放った魔法のようなものである。魔神が消えれば瘴気も全て消える。瘴気病は高濃度の瘴気が魔力と結びついて体内に残り続けているのが原因だから、瘴気が消えれば治る。——という理屈らしい。

 イルデットは難しい顔で本を閉じた。

(そんな無茶な)

 魔神というのは、天の神と対立している神だ。それだけならこの国の誰もが知っていることで、当然イルデットも知っていた。本には更に詳しいことが書いてあった。

 空高くには天の神が作った異空間である〈天界〉があり、地下には魔神が作った異空間である〈魔の領域〉がある。魔神と会うには〈魔の領域〉に行くか、何らかの方法で魔神を地上に呼び出す必要がある。——イルデットが本から読み取れたのは、これだけだった。肝心の「〈魔の領域〉に行く方法」や「魔神を呼び出す方法」についてはさっぱり理解できない。それらしい記述があるのは分かるのだが、聞いたことも無い単語や見たことも無い文字が多用されていて意味不明なのだ。

 そもそも、たとえ魔神に会えたとしても、倒せるはずがない。何しろ神だ。仮に倒す方法があるのなら、銅像を建てられ詩人に語られる古の英雄たちが既に倒しているだろう。

(瘴気を消す方法として〝魔神を倒せば良い〟って書いてある訳だから、他に体内の瘴気を消す方法があれば良いんだよな)

 瘴気病の原因が分かったのは大きな収穫だった。今まで分かっていたことといえば、〝瘴気病は高濃度の瘴気に触れると罹ることがある〟〝どんな症状が出るかは罹った人の魔力の量と性質次第〟ということくらいで、治療法など想像もつかない状態だったのだ。

(魔神を倒すのは無理としても、魔力と瘴気の結びつきを切り離すとか、そういう感じのことなら出来る人がいるかも。よし、希望が見えてきた!)

 イルデットは勢いよく立ち上がった。




 その頃、エシュカは酒場から出て路地を歩いていた。

 街での聞き込みはまず酒場を当たるのが彼女のやり方だった。それは王都でも変わらない。ただ、今まで訪れたどの街よりも、王都には酒場が多かった。

「これで6軒目……」

 溜息とともに呟きながら、扉に手をかける。その手の上に、突然、別の手が重ねられた。

 エシュカは驚き咄嗟に手を引っ込めようとして、

「おっと、そんなに怖がるなよ。おじさん達と良いことしようぜェ」

 力の込められた大きな手から逃れられぬまま、耳元で気色の悪い声を吹き付けられた。

 振り向けば、屈強な男が4人、ニヤニヤしながら立っている。エシュカは大きく嘆息し、

「私、瘴気病の治療法を探してるの。何か知らない?」

「はァ? そんなことより」

「知らないならどこか行って。聞き込みの邪魔よ」

 きっぱり告げると、男たちは明らかに気分を害したような顔をした。特に手を掴んでいた男は怒りも露わにエシュカの腕を掴み、強引に引き寄せる。

 ドスン、と音がしたのはそれと同時だった。

「……は?」

 男は足元を見て、息を呑む。

 鈍器が地面を抉っていた。それが上空から体を掠めて落ちたのだと理解した彼は、吹き出す冷や汗で背中を濡らしながらエシュカをまじまじと見る。

 これは何だ。どこから出てきた。まともに当たったら死ぬだろう殺す気か。そんな言葉を彼が吐き出す前に、エシュカは。

「異空間収納の応用よ。もちろんわざと外したわ。けど、これ以上しつこく絡んでくるのなら……次は当てる」

 鐘で殴りつけるような、冷たく重い声音で告げた。

 男たちは唾を飲み込みながら、或いは舌打ちをしながら、ぞろぞろと逃げていく。それを見送ったセフィアは溜息を吐きながら再び酒場に入ろうとして。

「動くな」

 首筋に、冷たいものが当てられた。若い男の声が後ろから聞こえてくる。

「魔法も無しだ。少しでも魔力を練ってみろ、即座に斬る」

「……」

 エシュカは目だけを動かして、ようやく首に触れているものが剣だと理解した。しかも、ただの剣ではない。イルデットから聞いた、暗赤色の刃。つまり、後ろにいるのはヴァレドだ。

「私を人質にするつもり?」

「そうだ。安心しろ、オレの指示に従うなら傷一つつけねぇ」

「……分かったわ」

「よし。じゃあ、イルデットのいる場所か待ち合わせ場所に案内しろ」

 その指示に、エシュカは大人しく従った。この状態で抵抗しても敵う気がしなかった、というのもあるが、決してそれだけではない。従うフリをして油断を誘うのも有りだし、このままイルデットと合流して2人でヴァレドと戦うのも良い。とにかく、ただの人質に甘んじる気はなかった。

 そうして少し歩いたところで、不意にヴァレドがエシュカの腕を掴んだ。

 エシュカは不満げな顔をする。

「何? 言われた通りにしてるのに」

「いや、ちょっと雇い主に言われてたことを思い出してな」

 そう言いながら、ヴァレドは手のひら大の細い金属の輪を取り出し、それにエシュカの手を通した。

 エシュカが訝し気にそれを見ていると、すぅっと輪が縮んで手首に収まった。痛くはないが、外せそうにないくらいにはキツく締まっている。

「こんな細い輪に伸縮機構を埋め込んでるの? 凄い技術ね」

「何言ってんだ? ……ああ、そうか、〈魔力封じ〉を知らねぇのか」

「〈魔力封じ〉? 不穏な名前……」

「この辺ではよく使われてるんだけど、地方じゃ全く知られてねぇよな。オレもここ来るまで知らなかったし。まあ、その名の通り魔力を練るのを封じることで魔法を使えなくする特殊金属だ。加工すると良い感じに伸縮するから手枷とかに重宝されてる。これは腕輪型だが」

 その説明を、エシュカは途中からあまり聞いていなかった。まさかと思って転移魔法を使おうと試みるも、本当に魔力が練れない。手足が痺れて動かせなくなったかのような違和感と不快感ともどかしさに襲われ、顔をしかめるしかなかった。





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