5-2 〈魔の領域〉
神使が聖剣をイルデットに渡す。
内心わくわくしながら受け取ったイルデットは、聖剣を軽く掲げ、目を細めた。降りしきる雨に叩かれて、刃が幻想的な音を立てている。
「……ちょっと体が軽くなった感じはしますね。魔剣より強力ってことは、使いこなせれば身体能力がとんでもなく強化されるってことですか?」
『それだけではないぞ。世界を斬り裂き、次元の狭間へ通ずる穴を開ける。そこへ魔神を封印すれば良い』
「え、倒すんじゃないんですか」
『同じこと。魔神を殺せるならそうすれば良いし、難しそうなら次元の狭間へ封印すれば良い。どちらにせよ、魔神の力はこの世界へ及ばなくなる』
「瘴気病も治ります?」
『無論』
神の短い快答が、イルデットへ更なる自信をもたらす。「余裕かも」などと呟いているところへ、
「それより、どうやって〈魔の領域〉へ行くの? 聖剣を使えば行ける?」エシュカが雨粒を払いながら問いかけた。
イルデットは目を瞬かせ、改めて空を見上げる。すると神は、さも当然のように
『知らぬ』
と言ってのけた。
「いや知らなかったら困るんですけど」
『聖剣にそのような力があるかどうかは知らぬ。そもそも送り届けてやろうと思っていたが』
「あ、じゃあ今すぐ送ってください。僕たち3人を、〈魔の領域〉に」
大降りの雨に打たれ続けるのがそろそろ嫌になってきたイルデットの要求に、神は無言で応えた。
一瞬で景色が変わっていた。
黒い。
視界の大半を、黒い蔓のようなものが占めている。前方を覆い尽くすように伸びていて、窮屈さと圧迫感を感じさせる。
「うっわ……何だこれ……」
顔をしかめて呟くイルデット。その後ろから、エシュカが小さく声をかける。
「ねえ、気付いてる?」
「何が?」
「いつの間にか、ヴァレドが消えてたの。魔剣ごと」
「それって……」
魔剣はともかく、ヴァレドの体が消滅するはずはない。神か魔神が何らかの理由で回収したのだろう。
その理由を考えても仕方がない。
「とにかく進まないとな」
目の前に蔓延る黒は、瘴気と殺気を出している。ただの蔓でないのは明らかだが、蔓以外の形容の仕方は思い付かない。とりあえず、という風にイルデットは魔法を放った。清らかな水が無数の刃となって蔓を滅多切りにする。切断面から瘴気がばら撒かれたが、それも水刃がかき消していった。
後ろは異空間の端。ならば魔神のいる場所は、この蔓の先のはず。そのような考えで、道を切り開こうとしたのだった。
思惑通り、蔓の壁に人が何人も横並びで通れそうな穴が開いた。
「ここ通って先に行けば——」
穴の先を見て、言葉が途切れた。
ヴァレドがいる。
剣を構えて、来る者は殺すと言わんばかりの様子で、立っている。血に濡れた体で、光の無い瞳で、立ちはだかっている。
イルデットは軽く息を吐き、前へ跳んだ。
斬りかかる。躊躇なく。
金属音が幾度か響き、余韻を残して消え去った。10秒とかからず勝負がついた。
「え。え?」リオネラが困惑したような声を上げる。「どゆこと? 何が起きてたの?」
それにはエシュカが答えた。
「魔神がヴァレドの体を回収し、仮初の命を与えた、ってところかしら。妨害目的ね。けど、所詮はただの死体だから、ヴァレド本人のような強さは発揮できなかった。だからイルデットは簡単に勝てたのよ」
「妨害になってないじゃん。ヴァレドの体を使う意味あった?」
「無かったわね。まあ、知り合いを前にすればいくら死体でも躊躇するだろうって意図だったんじゃない?」
その話を後ろに聞いていたイルデットは、ちょっとくらい躊躇すべきだったかな、と素が出てしまったことを反省した。
「念のため確保しておくわね」
エシュカがそう言って異空間を開く。ヴァレドの体はそこへ吸い込まれていった。
それに抗議するかのように、ひしめく蔓がうごめき伸びる。
「鬱陶しいな」
斬る。
聖剣の一振りが衝撃波のようになって、蔓という蔓をことごとくぶった斬っていく。いとも容易く道が開けた。
瘴気が充満しているのが難点だ。
「試し斬りのつもりだったんだけどな……」
イルデットは苦笑いして呟いた。聖剣の凄さを目の当たりにして驚いたのと、蔓の処理は魔法の方が良かったかもという反省と、開けた道の先から凄まじい圧を感じて緊張してしまったのとで、足を踏み出せなかった。
その間に、蔓の断面から新たな蔓が生じる。再び壁となり侵入者を阻もうと、うねり絡んで伸びていく。
それだけなら再び斬れば良かったが、瘴気の方も動いた。集まり固まり丸まって、魔物となって立ちはだかる。
それらを水流で貫いて、イルデットは溜息を吐いた。
「これ、キリ無いやつ?」
浄化されたはずの瘴気は未だ目の前で澱み、引き千切られた蔓は即座に再生して壁を作る。
どうしたものかと思っていると。
「ここは私達に任せて、あなたは魔神を」
透明なトンネルが作られた。
エシュカが空間を歪め、リオネラが障壁で固定している。どちらも高度な魔法で、その場から動けない。
消耗少なく魔神のもとへ行くにはこれしかないのだと、イルデットは理解した。
「ああ、頼む!」
言い終える前に駆け出して、トンネルを一直線に進んだ。




