5-1 任命
少し経って、
「ヴァレドの記憶が流れ込んできたのです……」神使は滔々と語り出した。「今までにも、神剣に吸わせた魂の記憶が私に流れてくることはありましたが……今回は勝手が違いました。その記憶の中に、私が出てきたのですから」
淡々とした声だったが、表情には悔しさが滲んでいた。
「そのせいで、記憶が戻ってしまいました。戻るべきではない、生前の記憶が……」
彼女は翼をばさりと揺らし、雲に満ちた天を仰ぐ。雨粒が顔にかかり、頬を流れていく。
「主よ、どうか慈悲を。神剣が聖剣となった後なら、魂の一つや二つくらいは取り出しても問題無いはずです。どうかヴァレドを還してください」
『ふむ……』
空から声が降り落ちた。大粒の雨と共に、重厚な声が。
『出来ぬことはない。人を生き返らせるくらい、豊作をもたらすよりも容易いことだ。ただし、我の出す条件を呑むのなら、な』
「……」
『そんな不満そうな顔をするでない。神といえども無条件に何でも出来る訳ではないのだ』
「……不満なのではありません。私にどうにか出来るような条件なのか……無理難題を条件に出されるのではないかと、不安なのです」
『なに、簡単な条件だ。そこの転生者を聖剣使いに任命せよ』
「転生者……?」
何のことかと目を瞬かせる神使。一方、「やっぱり神使はレリーシャだったのかぁ」と思いつつ何とも言えない表情で話を聞いていたイルデットは、心当たりがありすぎて目を丸くした。
「え、僕? 僕のことですか?」
『そうだ』
「聖剣使いって言いました? 何のことですか、僕に何させようとしてるんですか」
じりじりと後ずさりしながら尋ねるイルデットに、神はこともなげに答える。
『無論、魔神を倒させようとしておる』
「無理無理無理無理!」
『何が無理か』
「だって僕より強いヴァレドがそこの神使に殺られてるんですよ? 魔神が神使より弱いとかなら別ですけど」
『そんな訳が無かろう』
「ですよね、だから無理です。不可能です。他を当たってください」
『不可能ではない。聖剣は魔剣なんぞより遥かに強力なのだ。使いこなせれば、だが』
「…………僕なら使いこなせると?」
イルデットが胡乱げな顔で問うと、神は『知らぬ』と即答した。
「ええぇ……」
『ただ、聖剣の使い手は、この世界の理から外れた魂の持ち主が望ましいのだ。同質の魂では、これまで神剣が吸ってきた魂の存在の大きさに押されてしまうからな。異質な魂なら関係無く力を発揮できるという訳だ』
「何かよく分かりませんけど、転生者って僕だけなんですか?」
『否。おいそれと見つかるものでもないが、複数いるのは間違いない』
「……僕が選ばれたのは、たまたま聖剣完成の場に居合わせたからですか」
『そうだ。断っても良いぞ。ただし、その場合は願いを叶えてやることは出来ぬがな』
「……!」神使は息を呑む。「ど、どうかお願いします、イルデット様。聖剣を手に取り、魔神を倒してください」
瞳を潤ませて懇願する彼女に、イルデットは頷くしかなかった。この期に及んで、まだいつもの思考が——お人好しならこうする、という確信が——イルデットを突き動かす。
「僕が〝聖剣使い〟になります」
さっきまでの逃げ腰はどこへやら、静かに決然と告げた。そのイルデットの肩に、たおやかな手が置かれる。
「だめ」リオネラだった。神妙な表情で、イルデットを真っ直ぐ見つめている。「そんな危険な役目、引き受けちゃだめだよ。テンセーシャってのが何なのかは知らないけど、キミがやらなくたって他の誰かがやってくれるんでしょ?」
「それじゃヴァレドは生き返らない」
「神使の頼みごとなんて聞かなくていいじゃん」
「僕は、目指すものを変えたくないんだ」
無理だ無駄だと何度も思った。これからも思うだろう。それでも、お人好しを目指し続けると、とっくに決めきってしまったから。
何を言って止めようとしても、もう遅いのだ。
「なに、それ。英雄にでもなりたいの? そんなところまで弟に似ないでよ、双子だからって……」
うなだれるリオネラの髪を雨滴が伝って落ちていく。
魔神を倒しに行くなんて死にに行くようなものだ、と言わんばかりの彼女に、イルデットは苦笑した。
「ロイスと重ね合わせて心配するのは止してくれ。僕の方が強いだろ?」
「それはもちろんそうだけど……」
リオネラは助けを求めるようにエシュカを見た。
エシュカはゆっくりと頷く。
「私も、魔神を倒すなんて馬鹿げてると思うわ」
「エシュカまで反対するのか? 魔神を倒せば瘴気病は——」
「あなたが聖剣を使いこなせるというのなら、反対なんてしないけど」
「使いこなしてみせる」
「なら良いわ。私も一緒に行く」
「ちょっと待ってよ」リオネラが慌てる。「何でそんな話になってるの? 馬鹿げてるって言っといて、どゆこと?」
「前に言ったでしょ。私、分の悪い賭けはやらないの」
「賭け自体もやりたくないって言ってたっしょ?」
「瘴気病の治療法を探すことがそもそも賭けなのよ。どうせ賭けるなら、イルデットが魔神を倒すことに賭けたい」
「……そっか、魔神を倒すのが一番、瘴気病を治すには効率的だもんね……」
無理やり自分を納得させるように呟いて、リオネラはイルデットに顔を向けた。
「うん、ごめん分かったもう止めない。その代わり、おねーさんも連れてってよ」
「もちろん」




