4-6 村の外Ⅱ
「……うーん……?」
風を感じた気がして、イルデットは薄く目を開けた。
部屋の扉も窓も閉まっている。気のせいか、と再び眠ろうとしたが、どうにも肌寒い。
夜は冷える季節だが、この家は気密性が高く、ずっと快適な温度だった。いきなりこんなに寒くなるのは妙だ。
イルデットは溜息を吐きながらソファーから起き上がる。そしてふとベッドを見て、ヴァレドがいないことに気付いた。
「……さては窓から出たな。こんな夜中に一人で出歩くとか……自分の立場分かってるのか?」
呆れたように呟いた頃には、しっかり目が覚め頭が働いてきた。足早に部屋を出て、もう一つの部屋のドアを叩く。
あまり間を置かずにエシュカが出てきた。
「何かあった?」
「ヴァレドがいない」
「……何の理由も無く勝手なことする人じゃないと思うけど」
エシュカは首を傾げながら、男部屋に向かう。入って中を見渡して、顔をしかめた。
「掃除してないのね」
「あー……」
「ヴァレドはどこで寝てたの?」
「そっち」
イルデットがベッドを指さし答えると、エシュカはすたすたとそちらに歩き、毛布を床に引きずり下ろした。それからシーツを引き剥がし、ベッドの下を覗き込む。特に何も無いと分かると、今度は枕を持ち上げた。
「……あった」
「何が?」
「手がかりよ」
エシュカは見つけた紙を手に取り、ひらひらと振ってみせる。そのタイミングで、
「どーしたの?」
と言いながらリオネラが入ってきた。エシュカはそちらに目を向けた後、答えもせずに折りたたまれた紙を広げて視線を落とす。
「とりあえず読み上げるわ。——〝魔剣の使い手だけではなく、共に旅する者たちも処分することを主はお許しになりました。巻き込みたくないという思いが少しでもあるならば、明日の深夜、村の西の外れへ一人で来ることをお勧めします。後悔無きよう、じっくり考えると良いでしょう〟——ヴァレドはこの誘いに乗ったのね」
「まどろっこしいな。要するに、今ヴァレドは村の西の外れにいるってことだろ。早く行かないと」
イルデットはそう言ってエシュカを見つめる。転移魔法で飛んでくれ、と言わんばかりの目だ。
エシュカは首を横に振り、扉の方へ歩く。
「行くなら徒歩。どんな戦いしてるのかも分からない所に転移なんて無謀よ」
「確かに。じゃあ早歩きで行こう」
そうして3人は家を出た。月明かりを頼りに歩くも、どんどん翳っていく。エシュカは空を見上げ、溜息を吐いた。
「嫌な雲ね」
「あー……」リオネラも空を見て苦笑いする。「こりゃ雨降るね。土砂降り来ちゃいそう」
それを聞いたイルデットは、嫌だなぁと思いながら
「とりあえず暗視魔法かけてくれ」
と頼んだ。
それから5分ほど黙々と歩き、村の西の外れに来た時には、ぽつりぽつりと雨が降り始めていた。
目の前で、熾烈な戦いが繰り広げられている。目にも留まらぬ速さで、ヴァレドと神使が斬り結んでいる。
イルデットには見えていた。
「……っ」
神使の猛攻にヴァレドが押されているのが。ヴァレドが返し技を試みて、神使がそれをひらりと躱し、魔剣が空を切った隙に神剣が突き出されるのが。その刃が赤く染まり、ヴァレドの目が見開かれるのが。
全部、はっきり見えていた。
「えっ……」
声を漏らしたのはリオネラだ。動きの止まった両者を——ヴァレドの体が神剣に貫かれているのを見て、何が起きたのかと戸惑うような声が漏れたのだ。
神使は神剣を引き抜いて血を振り払い、イルデット達に目を向ける。
「一足遅かったですね。彼の魂は、既にこの神剣の中にあります」
「……違う」
遅くはなかった。間に合うタイミングだった。
ただ、動けなかったのだ。
考えるより先に体が動いていれば、庇えた。本物のお人好しならば、そう出来た。
「本当、目指してなるようなものじゃないな」
お人好しならどうするかと考えている間に終わっていた。結論が出て動こうとした時には遅かった。
はぁ、と大げさな溜息を吐いて、イルデットは神使を見据える。
「残念だけどしょうがない。それで、僕たちは見逃してもらえますよね?」
「もちろん、構いません」
そう答えた神使は、顔をしかめていた。それまでの無表情とは打って変わった、何かを堪えるような顔だった。
「……っ」彼女は顔を歪め、頭を押さえて蹲る。「これ、は……何が……あ、ああっ……」
その様子を、イルデットもエシュカもリオネラも、ぽかんと見つめることしか出来なかった。近寄るのは何となく身の危険を感じるし、かといって放って帰るのは気が引ける。3人は時折気まずそうに視線を交わしつつ、神使が落ち着くのを待った。
大きな雨粒に叩かれながら、黙ってじっと待っていた。




