4-5 村の外Ⅰ
皆が寝静まった深夜。
ただ一人起き出して、こっそりと村の外へ歩いて行く者がいた。彼は足音を立てず、夜闇と一体になったかのように気配無く、誰にも気付かれぬまま目的の場所へ到達した。
そこで抜かれた暗赤色の刃が月明かりを反射する。
応じるように、月の下から神使が舞い降りた。
「やはり一人で来ましたか、魔剣の使い手」
「ああ。殺されてやるつもりは無ぇがな」
「そうですか」
冷たい声が夜風に乗るのと、神剣が閃くのは同時だった。
「くっ」ヴァレドはかろうじでこれを受け、そこから熾烈な打ち合いが始まった。
羽が舞い、炎が躍る。
連なる金属音が虫の声と混ざり、やかましい旋律を奏でる。縦横無尽に空駆ける神使。翻弄されずに技を繰り出すヴァレド。互いに傷一つ付けられないまま時が過ぎていく。
完全に互角だった。だが、不利なのはヴァレドだ。いくら魔剣で強化されていても、所詮は人の身。無限に戦える神使とは比ぶべくもない。
「はぁっ、はぁっ、……くそっ、もっとだ……もっと力を寄越せ、魔剣!」
戦いの手を休めず叫ぶヴァレドに、魔剣は意思を伝える。「これ以上は体がもたないぞ」と。
「知ったことか! オレは、まだ、死ぬ訳にはいかねぇんだッ!」
「うるさいですよ」
神剣が横なぎに振るわれる。それを受けたヴァレドは、勢いを殺しきれずに大きく弾き飛ばされた。
「もう分かったでしょう」冷然と、神使は告げる「無駄な抵抗は、苦痛を大きくするだけです」
「死ぬ訳にはいかねぇって、言ってるだろうが……ぐっ……魔剣、早く力を……」
ヴァレドは既に、体力が限界にきていた。魔剣の力を借りているからまだ動けるが、そうでなければ指一本動かせないような状態だった。大した時間を戦っていないのにここまで体力を削られているのは、魔剣の力を借り過ぎているからだった。
それを魔剣は分かっているから、これ以上力を貸せない。主人の体を崩壊させる訳にはいかない。
「おい、魔剣! 聞いてるのか⁉」
ヴァレドの戦意の昂りは、それこそ無尽蔵に魔剣の力を引き出せるほどだった。だからこそ魔剣は、強い意思でもって貸す力をセーブしていた。
だが、それもここまでかもしれない。
魔剣は迷ってしまった。どうすべきか分からなくなってしまった。より大きな力を貸せば、ヴァレドは力に耐えきれず死ぬだろう。だが、このままでは神使に殺されるのが目に見えている。
「……もういい」
幾分か冷静になった声が、魔剣に注がれる。
「オレが悪かった。焦ってお前に頼りすぎてた。これじゃあ何のためにイルデットの技を盗んだのか分からねぇな」
ヴァレドは魔剣を下段に構え、強い瞳を神使に向けた。
「来るなら来い」
「やっと大人しく魂を差し出す気になった……という訳ではなさそうですね。良いでしょう、乗って差し上げます」
交錯する。幾度も打ち合って、まだ勝負がつかない。
神使にとっては不可解なことだった。あれほど消耗し息が上がり切っていたヴァレドが、まだまともに戦えている。それが一体何故なのか、神使には分からなかった。
「とっくに限界のように見えますが……」
不審そうに呟く神使に、ヴァレドは心の中で答えた。「限界でも割としっかり戦えるのが、イルデットの技の特徴だった。それを使わせてもらってる」と。
声に出す余裕は無かった。何とか隙を見出そうとするが、全く見当たらない。長引けば長引くほど不利になっていく中で、焦りとも諦めともつかない雑念が頭に湧いてくる。
必死の形相で魔剣を振るうヴァレドと、依然として冷たい表情で淡々と神剣を繰り出す神使。2人の戦いを見下ろす月は、徐々に翳りを帯びてきていた。




