4-3 修練場
翌日。
「じゃ、おねーさんは目当ての人の家に行ってくるね。みんなはテキトーにくつろいでてよ」
リオネラがそう言って家を出ようとした。
手持ちの保存食で朝食を済ませた直後である。イルデットは「いや僕も行くって」と慌て、エシュカは「どういうつもり?」と不満そうな顔をした。
「いやー、あの人すっごく人見知りだからさー。あたし一人で行った方がスムーズなんだよねー」
とリオネラは肩を竦め、そのまま家を出てしまう。
イルデットとエシュカは困惑気味に顔を見合わせた。そこへ、黙って様子を見ていたヴァレドが声を投げる。
「なあイルデット。自警団の詰所に行ってみねぇか?」
「え? 何でいきなり」
「そりゃあ、今いきなり時間ができたからだろうが」
「そうじゃなくて、何でそんな所行きたいんだ?」
正直なところ、イルデットは自警団の詰所に行ってみたい気持ちはあった。双子の兄がよく行っていた場所に興味があった。だが、何故ヴァレドがそこへ行きたいのかさっぱり分からない。
ヴァレドは、そんなの決まってるだろうと言わんばかりの表情をした。
「お前ともう一回勝負してぇんだよ」
「あー……修練場か」
自警団が国から助成金を得るためには、詰所に〝修練場〟を設けなければならない。そのため、どの村の自警団の詰所にも、修練場は必ず存在する。観客席の無い小さな闘技場のような施設で、村人同士の決闘に使われたりもする、人目を気にせず戦いやすい場所だ。
「……まあ、良いけど」
渋面を浮かべながらそう言ったイルデットは、ちらりとエシュカを見る。彼女は軽く頷いて、
「私はリオネラに言われた通りくつろいでおくわ」
と微笑んだ。
そういう訳で、イルデットとヴァレドは自警団の詰所に来た。
修練場は空いていて、使いたい旨を告げるとあっさり許可してくれた。それを良いことに、2人は堂々たる足取りで修練場に向かう。村人でもない部外者だというのに遠慮の欠片も無い。そんな彼らを、自警団員たちは退屈そうに見送るだけだった。
修練場へと繋がる廊下には、木剣がいくつも立てて入れられた、傘立てのような円筒があった。それを目にしたヴァレドは、「良いものを見つけた」と言わんばかりの様子で木剣を手に取る。
「これなら本気を出せるだろ? 勝負としてのじゃなく、本当の本気を」
言葉と共に、木剣は無造作に放り投げられた。それは難なくイルデットの手に収まり、同時にヴァレドは別の木剣を手に取る。
イルデットは笑みを浮かべた。
「受けて立つ」
2人で修練場に踏み入って、木剣を構えて対峙。
今度こそ、剣で勝つ! 心の中でそう吼えて、イルデットは地を蹴った。
木剣を振るう。続けざまに2度、3度。目にも留まらぬ連撃は、ガガッと音立て弾かれる。
(……?)
すぐに距離を取った。
手応えに違和感があったのだ。これまでの戦いでも連撃をことごとく弾かれていたのだが、さっきの感触とは違った。単に弾かれたのではなく、巧く受け流されたような——
「来ねぇならこっちから行くぞ」
言葉と共にヴァレドが突っ込んでくる。その切っ先を弾きながら、イルデットは確信した。
(やっぱり、全然違う!)
もともとヴァレドの戦い方は、速さと鋭さにものをいわせる、型の無い我流だった。その荒さはイルデットから見れば隙だらけだったが、その隙は魔剣による身体強化で補われていた。
今は違う。ヴァレドは魔剣を使っておらず、荒さも鳴りを潜めている。
(これで負けたら、言い訳できないじゃないか!)
何度となく急所を狙ってくる攻撃を全て弾き、身を低くして前へ跳ぶ。すれ違いざまの一閃は、またしても受け流された。
(読まれた⁉)
それならば、と流れるような動きで身を翻し、斬り上げる。さすがにこれは受け流せなかったようで、木剣がぶつかり合ったまま互いの動きが止まった。
いや、単純な膂力ならヴァレドが上回っていて、イルデットは少しずつ押されていた。
「急に強くなりすぎだろ、ヴァレド! 今までだったら、既に3撃くらいは入ってるはずだ!」
「……お前が強ぇからだ」
「嫌味かそれは⁉」
木剣を滑らせ、膠着状態を脱する。その勢いを利用して斬りかかれば、待ってましたとばかりに受け流された。体勢が崩される。
「くっ……」
なら、それに応じた技を使うだけのことだ。
持ち変えながら斬りつけるべく、木剣の握りを弱める。そこへ、重い一撃をぶつけられた。
イルデットの手から、木剣が飛んでいく。高々と上がって、放物線を描いて落ちていく。
これで勝負ありなどと、両者とも思いはしない。
跳び上がって木剣を再び手にするイルデット。下から攻撃を仕掛けるヴァレド。互いに繰り出す斬撃が、ぶつかる。
激しい技の応酬が、これでもかと繰り広げられた。
興味本位で修練場を覗きに来た自警団員は、その光景を見て目を丸くする。速すぎて、何をしているのかよく分からない。ぶつかり離れ、また交錯。そんなことを幾度となく繰り返している——その程度しか、認識できない。
その自警団員は、「化け物どもめ」と苦々しく呟いて立ち去った。
決着がついたのはその直後だった。
イルデットの使った技を、ヴァレドが完璧に返してみせたのだ。
さほど長く戦っていた訳ではないのに、2人とも息が上がっていた。




