4-2 祈り
「はぁー……」
寝室として案内された部屋に入ったイルデットは、盛大に溜息を吐いた。
部屋の中にはベッドとソファーが一つずつ。
「そんな溜息つかなくても、ベッドは譲ってやるよ」
一緒に部屋に入ったヴァレドが呆れたようにそう言った。イルデットは渋面を浮かべる。
「そんなことで溜息つくか。僕を何だと思ってるんだ」
「……悪ぃ。ああいう話で落ち込むタイプには見えなかったもんでな」
「いや……僕自身、意外だ。けど、結構ショックだったんだ。会ったことも話したことも無いし、名前すら知らなかったのに」
大人になってから、どこか旅先でひょっこり会って、お互い一目見て兄弟だと分かって、酒でも飲みながら近況を語り合う——そんな未来を夢想していた。双子の兄の存在を母から聞く度に、そんな楽しげなひと時を夢見ていた。こんなものはただの空想で、どうせ叶わないと思ってはいても、心のどこかで期待していたのだろう。それが、会えないどころか死にざまを知ることになるとは予想外もいいところだ。
再び溜息を吐いて、イルデットは窓際へ行く。窓は大きく、簡単に出入りできそうだ。
「ちょっと散歩してくる」
窓を開けると、夕暮れの冷たい風が吹き込んできた。積もった埃が舞い上がり、視界を少し煙らせる。
ヴァレドは「行くならさっさと行ってこい」とばかりに手を揺らした。それを視界の隅で捉え、イルデットは窓から飛び降りる。
もちろん当てなど無い。ただ歩く。家も木々も夕闇に沈んでいく中で、気分も沈んでいくのを感じた。これでは何のために散歩しているのか分からない。
「あー……もやもやする……」
かけ違えたボタンをなかなか直せないような苛立ちともどかしさが、ずっとある。それは、双子の兄の死を知ったが故の感情とは別の物だ。
(僕はきっと、ロイスのようには出来ない。自分の命をなげうってでも村を守るなんて真似は……)
遺伝のせいだと思っていた。父の性格を受け継いでしまったから、こんなにも根がクズなのだと思っていた。だが、双子の兄に全くクズさが無いのなら——。
そんなことを考えていたイルデットは、いつの間にか教会の前に立っていた。いや、教会の正面に向かって歩いていた。
わざわざ足を止めたりはせず、そのまま教会に入る。
祈ってみるのも良いかもしれない。誰もいないようだし、丁度良い。
「……クズな僕を赦してください。これからも今まで通り……今まで以上に頑張ります。だからどうか、心が汚いのは勘弁してください」
呟くように紡がれた神への言葉を、裏にいた聖職者の女性が聞いていた。彼女は驚いたような顔で出てきてイルデットに近付いていく。
「ねえ、さっきの言葉……」
「あ」聞いている人がいたのか、とイルデットは気まずそうに彼女を見た。「すみません、聞かなかったことにしてもらえませんか」
「それは良いんだけれどね……」
彼女はしげしげとイルデットを見て、改めて口を開く。
「あなたにそっくりな、ロイスくんという子がこの村にいたのだけれど、その子も似たようなことを言っていたのよ」
「……似たようなこと?」
「ええ、毎日のようにここに祈りに来ては、〝父のようにはなりたくありません。どうか、受け継いでしまった心の有り様を、クソみたいな心根を、赦してください〟と」
その話を聞いて、イルデットは目を丸くした。
「そう、言ってたんですか? 確かですか、それは」
「ええもちろん。変わったことを祈る子だなあと思っていたから、よく覚えているのよ。だからねえ、あなたの祈りを聞いて、ロイスくん以外にもそんな祈りをする人がいるなんてと驚いたわ。それで出てきて見てみれば、ロイスくんとそっくりなものだから驚いて驚いて」
聖職者はそう言ってころころと笑った。イルデットは曖昧な笑みを浮かべる。
「この村に入ってすぐはロイスと間違えられたんですが、あなたは僕が違うと分かるんですね」
「それはそうよ、ロイスくんは〝僕〟なんて言わないもの」
「ああなるほど……」
イルデットの表情は、幾分晴れやかになっていた。
きっかけも目指すものも違ったのだろうが、ロイスもまた、自分の性格を嫌い、その原因を父だと断じ、そうはなるまいと生きていた——そのことが、イルデットに安堵と気勢を与えていた。
「話が聞けて良かったです」
* * *
ヴァレドは埃まみれのベッドの上で仰向けになった。
掃除がどうのとリオネラが言っていたが、この程度なら気にならない。むしろこの埃臭さは安らぎすら感じさせてくれる。
今日はこのまま寝てしまおうかと思った矢先。
開きっぱなしの窓から、何かが飛び込んできた。
「——っ!」
咄嗟に転がって避ける。矢のように飛んできたそれは、ベッドの中央に突き刺さっていた。
羽。
この世のものとは思えない、白い輝きをもった羽が、折りたたまれた紙をベッドに縫い留めている。
「神使……」
油断していた。いつ来るかも分からない神使を警戒し続けることに耐えられず、頭から追いやってしまっていた。
彼女が今、殺しに来ていたのなら、あっけなくやられていただろう。
「手紙、か?」
渋面を浮かべたヴァレドは、ベッドから羽を抜き、折りたたまれた紙を広げる。中に書かれていた文章は、少し予想と違っていた。
「……考える猶予をくれるってか」
ぐしゃりと紙を丸め、窓から捨てようとした。だが思いとどまり、枕の下に差し込む。
「何でこんなことしてるんだ、オレは」
この手紙を、見られたくない。でも、見つけてほしい。そんな矛盾した思いが、ヴァレドに不可解な行動を取らせたのだ。
「こんなモン、燃やしちまえば良いのにな」
ぽつりと呟きながら、ベッドの上に寝転がる。このまま寝ようと決めると、すぐに眠りに落ちていった。




