3-4 月夜Ⅲ
気に入らない。
天上の神々は、人や村や街を魔物から守ってくれない。助けてくれない。それなのに、神使を遣わして、ヴァレドを殺そうとしている。自分の利などそっちのけで街を魔物から救ったヴァレドをだ。
とても気に食わない。だが、それ以上に、そんな感情が自分の中で渦巻いていることにイルデットは驚いていた。
最初はラッキーだと思った。神使がヴァレドの背後に降り立ち剣を向けたのを見て、ああこれでどう転んでも勝てる、と安心した。傍観するもよし、神使に気付かないフリをして魔法で攻撃を続けるもよし、神使からヴァレドを庇って恩を売るのもよし。状況次第で、より気持ちよく勝てる手段を選べばいい。
そのような考えのもと、ヴァレドの隣に歩いて行き、神使と対峙した。神使と話しているうちに、妙な苛立ちに襲われた。
「納得がいかない、ですか……」神使は不思議そうな顔をする。「何故でしょう。人々の理解を得るために悪人の魂を集めていると、主はおっしゃっていたのですが」
「悪人? ヴァレドはかなりの善人ですよ?」
だからこそ、出来れば殺さず勝ちたいのだ。殺したら、自分が悪者みたいに思えてしまうから。
イルデットはそのように考えていたが、神使はきっぱり告げる。
「いいえ、間違いなく悪人です」
「まさか魔神と契約してるってだけで悪人判定してます?」
にっこり笑って問いを重ねるイルデット。言葉は丁寧だが、声音はもう喧嘩腰である。
「おい、イルデット」ヴァレドが困惑したように声をかけるが、
「黙ってろ」
一蹴。
神使は少し戸惑うような表情になった。
「ともかく、無関係な者を害する訳にはいかないのです。退いてください」
「あなたがヴァレドを殺すと言うなら、僕はあなたと戦います」
イルデットの言葉に、神使は困ったような顔をする。
「そう言われては、こちらは引かざるを得ませんが……良いのですか? 今は無関係でも、主の意向次第では関係者扱いに——」
「構いません」
「……分かりました」
嘆息混じりに言いながら、神使は大きく翼を広げた。バサッと軽やかな音を立て、白く輝く羽が舞う。
そのまま飛び去る彼女を、ヴァレドは目で追い続けていた。
「なあヴァレド。一応確認なんだけど、僕の勝ちで良いんだよな?」
「……え?」
「え?」
まさかまだ戦うつもりだろうかとイルデットが笑顔を引きつらせていると、ヴァレドは申し訳なさそうな顔をした。
「悪ぃ、聞いてなかった」
「あ、なんだ。じゃあ改めて。僕の勝ちで良いんだよな?」
「そうだな……。オレはもう、お前を殺せねぇ」
悔しそうに言いながら、ヴァレドは剣を鞘に納める。
分かってしまっているからだ。ここで死んでいてもおかしくなかったと。イルデットが神使を退けてくれなかったら間違いなく死んでいたし、そうでなくてもイルデットが神使の介入に気付いて魔法攻撃を中断しなかったら死んでいた。
つまり、イルデットは命の恩人である。いくら報酬の良い任務とはいえ命の恩人を嬉々として殺せるような精神構造は、生憎持ち合わせていなかった。仮に心を殺してイルデットに挑んでも、魔剣の力を引き出せなければ勝ち目は無い。
「オレはまだ、死ぬ訳にはいかねぇんだ」
そう呟いて立ち去ろうとしたヴァレドに、イルデットが声をかける。
「じゃあ、僕たちの旅に同行しないか? また神使が来たら困るだろ?」
「何言ってんだ。神使が来て困るのはお前の方だろ。オレがいなけりゃ来ねぇんだから、落ち着いて情報収集するならオレからなるべく離れた方が」
「人手は多い方が助かるんだ。というか、お前に付け狙われたせいで思うように情報収集できなかったんだから、その分くらいは手伝ってもらわないと」
というのはもちろん建て前だ。ヴァレドが断れないようにするための口実だ。
イルデットは、ヴァレドを神使から守りたいのだ。「お人好し」を目指す者として、この状況でヴァレドを一人にはできない。放っておけない。
その思いが伝わってしまったのかは分からないが、ヴァレドは渋面を浮かべた。
「言っておくが、あの神使に次会ったらオレは互角に戦えると思うぜ。さっきは急すぎて気持ちが追いつかなかったが、次は魔剣の力を十全に引き出してみせる」
「一人で勝てると思ってるのか?」
神使は強すぎる。人間には不可能なほど、速く鋭く重い攻撃を繰り出してくる。人間ではないのだから当然だが、だからこそヴァレド一人でどうにかなる相手ではないはずだ。いくら魔剣の力で強化されるといっても、限度があるだろう。
それをヴァレドも分かっていた。分かっているから、勝てるとはどうしても言えなかった。
「……分からねぇ。けど、それとこれとは話が別だ。大体、オレは善人じゃねぇ。オレが目的のために何してきたか知らねぇから神使にあんなこと言えたんだ」
「そうかもしれない。でも、街を救ったのは事実だ。ただの悪人には出来ないことだ」
「戦う力があるんだから、あの状況で戦うのは普通だろ。善悪は関係無く、よほどのクズじゃなければ誰でもそうする」
「それを認めると僕の立場が無くなるというか……根がクズすぎて嫌になるというか……」
お人好しを目指していなければ街を救おうとせず逃げているところだったイルデットにとっては、ヴァレドの言葉は耳やら胸やらが痛くなるものだった。
ヴァレドは不思議そうな顔をする。
「お前も街のために戦ってたじゃねぇか」
「それはまあそうなんだけど」
苦笑いを浮かべるイルデット。そこへ、黙って遠目に様子を見守っていたリオネラがやってきた。
「あたしもヴァレドが仲間になるのは賛成だよー。ぜひとも情報収集を手伝ってもらいたいよね」
そう言って、ヴァレドに向けて悪戯っぽく笑う。
ヴァレドは嘆息した。
「あーくそ。分かった、手伝う」
「そうこなくちゃ。じゃ、とりあえず旅館に戻ろっか。エシュカも首を長くして待ってるだろーし」
リオネラは楽しげに言いながら歩き出した。




