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3-3 月夜Ⅱ

 街はずれの荒れ地で、イルデットとヴァレドが対峙する。

 2人の距離はかなり開いている。イルデットの隣にはリオネラが立ち、エシュカは近くの岩の上に座っていた。

「私は戦いに一切参加しない」エシュカがはっきりとした口調で宣言する。「イルデットの勝利条件は、ヴァレドを殺すか諦めさせること。ヴァレドの勝利条件は、イルデットを殺すこと。間違いない?」

「ああ」

 とヴァレド。イルデットも同時に頷く。

 エシュカは、深く息を吸い、口を開いた。

「じゃあ今から、2()()2()で、正々堂々勝負して。始めっ!」

「おい待て!」慌ててヴァレドが制止をかける。「何をどう換算したら2対2になるんだ⁉」

「魔剣には意思があると聞いたわ。だから、ヴァレドで1、魔剣で1、合わせて2よ。それでもこちらが1人多いから、私は戦わないことにしたの」

「本当に、そこで見てるだけか?」

 ヴァレドは疑わしそうにエシュカを見つめる。エシュカは肩を竦めた。

「そんなに信用できないなら、私は旅館に戻っておくわ」

「いやお前、転移魔法ですぐここに来——」

 述べられる懸念を、途中で押し潰すように、

「状況が見えない状態でそんなこと出来ないわよ」

 エシュカはきっぱりと告げて、その場から消えてしまった。

 風が吹く。

「じゃ、始めよっか」

 リオネラの明るい声が、イルデットとヴァレドの間で響いた。彼女はいつの間にか、イルデットの前に陣取っていた。

「どういうつもりだ?」

「答えるわけないっしょ」

「ちっ」

 舌打ちしながらヴァレドは駆け出す。リオネラに斬りかかる——と見せかけて、その脇をすり抜けようとした。

 だが。

「だーめ。イルデットには近寄らせないよ」

 聖系統の魔力が練られ、ヴァレドを阻む障壁となる。その上から、氷の槍が雨あられと降り注いだ。

「こんなもの!」

 迸る炎が氷槍に触れ、ことごとく蒸発させていく。

 イルデットの魔法攻撃が止むのを見計らい、ヴァレドは掲げた剣を勢いよく振り下ろした。力任せのその一撃で、障壁が砕け散る。

 返す刃でリオネラを斬ることは、充分に可能だった。

 だが、ヴァレドはそうしない。あくまで狙いはイルデット。とにかく前へと踏み出した足が、突然、動かなくなった。

「……⁉」

 固定されている。足が、地面に、()()()()()()で。

 これを破壊しようと剣を突き立てたならば、足まで貫いてしまうことになる。その前に、再びイルデットが魔法で攻撃してくるのを凌がなければならない。生半可な攻撃で殺せるほどイルデットは弱くないし、接近戦に持ち込もうとすればリオネラに邪魔される。

「なあ、お前……」材料が欲しい。リオネラを殺しても良いと思えるような大義名分が。或いは、イルデットへ怒りや殺意を抱けるような何かが。「何でそこまで身を張ってイルデットを守るんだ?」

 その質問の答えとして最も期待していたのは、「脅されて強制されている」といったものだった。

 しかし、リオネラから発された言葉は。

「弟に似てるから、弟のように可愛がってる。姉が弟を守るのに理由が必要?」

「……それは困る。凄ぇ困る。余計に殺しにくいじゃねぇか」

 ヴァレドは苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。

 一方、リオネラには晴れやかな笑みが浮かんでいた。先ほどの言葉は本心だが、エシュカから与えられたセリフでもある。

 全てが作戦通りに進んでいた。あとは、ヴァレドが諦めるか、イルデットの魔法がヴァレドを貫くのを待つだけだ。もう一つ、「もし一般人が近くを通ったら、ヴァレドがそっちに遠距離攻撃するよう誘導して。で、イルデットがその一般人を庇うの。それが出来れば間違いなくヴァレドは戦意を喪失するわ」などとエシュカが言っていたが、そう都合良くはいくまい。

 ともかくリオネラは勝利を確信していて、それはイルデットも同じだった。

 ヴァレドは防戦一方。間断なく降ってくる水系統の魔法攻撃を焼き払いながら、どうしようかと考える。考えて、何も良い案が出ず、もう降参してしまおうかと思いつつも、それでは目的が果たせないと踏ん切りがつかず迷っていた時。

 ふと、視界に()が過ぎった。

 真っ白な羽だ。鳥が落としたもののように見えるそれはしかし、鳥のものでは有り得ない輝きを帯びていた。

 その羽が、いくつもいくつも降ってくる。魔法に紛れながら、ふわふわと、雪のように。

 背に冷たいものを感じた。

 殺気。

「……!」

 幸い氷槍は止んでいた。ヴァレドは振り向きざま剣を奔らせる。

 澄んだ音が鳴り響き、神剣の刺突が弾かれた。

 神使は、そうなるのが分かっていたかのようにゆっくりと口を開く。

「魔剣の使い手なら、これくらいは反応してくると思っていました。しかし、次はそうはいきません」

「おい待て、何なんだお前。その翼、まさか神使か?」

 困惑するヴァレドに、神使は剣を構えながら頷く。

「その通りです。主の命令により、魔剣の使い手の魂を頂きに参りました」

「な……何で、今更」

 ヴァレドは呆然と呟く。

 考えたことが無かった訳ではない。魔神と契約するということは、天上の神々と敵対するも同然だ。もしかしたら神使が殺しに来るのではないかと不安で眠れない日もあった。

 10年も前のことだ。

 もう来ないものとして、頭から消していたのに。何故、今になって、神使が来たのか。

 分からない。分かるはずがない。神の考えなど、ただの人には推し量れない。


「それは困ります」


 イルデットの淡々とした声が、ヴァレドの()で響いた。

 ヴァレドは驚いてそちらを見る。

「いつの間に……」

「気付かなかったのか?」

 呆れたようにそう言ってから、イルデットは改めて神使を見据える。

「こういう勝負に横やりを入れるのは、神使といえどもどうかと思います。それで僕が勝っても気分が悪い」

「……そうですか」神使は悩まし気な顔をする。「無関係な者へ害を及ぼすのは本意ではありません。どうぞ、先に勝負を終わらせてください。ここで待ちます」

「いや、もう遅いですよ。こんな形で中断されて、まともに勝負を続けられる訳が無い。あと、〝ヴァレドが神使に殺されようとしている〟という今の状況そのものに納得がいきません」

 言い募るイルデットの口調には、少しずつ苛立ちが混ざってきていた。



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