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3-2 月夜Ⅰ

 何でここだけ和風なんだろう、と不思議に思いながら、イルデットは畳の上で寝そべっていた。

 旅館の一室である。ここに3人で泊っているのだが、今はイルデットだけしかいない。エシュカとリオネラは入浴中だからだ。

 浴場は男湯と女湯に分かれていたので、同時に風呂に入っても良かったのだが、ヴァレドの襲撃に備えて時間をずらしたのだった。

 しばらくしてエシュカが部屋に入ってきた。

「……何してるの」

 その呆れた声に、イルデットはごろんと転がってからゆっくりと身を起こす。

「暇だなーって思って」

「気を抜きすぎでしょ。いつヴァレドが襲ってくるか分からないのに」

「分かってる。だから浴衣は着ずにいつでも戦える格好してるだろ」

「ユカタって?」

「これだよこれ」押し入れを開け、綺麗にたたまれた浴衣を取り出す。「そういや旅館の人から何も説明無かったな。寝間着みたいなものなんだけど」

「ああ、それならイルデットがお風呂に入ってる間に説明されたわよ。〝引き戸の中に寝間着があるので自由に使ってください〟って」

「へー。この旅館のことについては何か言ってたか? 変わった作りしてることについて」

「創業者が遠い異国の人だったそうよ」

 エシュカはそう言いながら、異空間から取り出したドライヤーで髪を乾かし始めた。ブオオオという稼働音が、静かだった部屋を一気に騒音地獄に変える。

 そこへリオネラが入ってきた。

「ちょっと、何の音? 部屋の外まで聞こえてたよ」

 あまりのうるささに顔をしかめながら音の出どころを探る彼女に、エシュカは平然と答えた。

「何って、ドライヤーよ」

「何それ知らない」

「魔力導体に魔力を流すことで熱源と羽付モーターを稼働させて温風を出す機械よ。熱源に使われているのは——」

「待って、仕組みじゃなくて用途を教えて」

「髪を乾かすためのものよ。ほら、もうほとんど乾いてるでしょ」

 桔梗色の髪がふわりと揺れた。それを見たリオネラは感嘆の息を吐く。

「……ほんとだ。そんな便利なものがあるんだね……でも、うるさくない?」

「慣れれば平気よ。掃除機よりはマシだし。あなたも使う?」

 そう言いながら、エシュカはドライヤーをリオネラに向けた。温風を顔面に浴びたリオネラは慌てて顔の向きを変える。

「あ、結構気持ち良いかも。音も気にならなくなってきたし……こんな凄いもの、何で今まで使ってなかったの?」

「故障してたから。野営の見張りの時とかにちょっとずつ直してて、昨日ようやく直ったの」

 その声はどこか得意げだった。

 エシュカはリオネラの髪を乾かしながら、ふとイルデットに目を向ける。

「そういえば、これもイルデットの発案よね。あの貴族には話してなかったけれど」

「あー……」イルデットは天井を見上げた。「そういやそうだったな。小さい頃のことだから忘れてた」

「よく考えれば、話してなかったもの結構あるわね」

「そりゃ漏れはあるだろ。多すぎて」

「あの貴族も馬鹿よね。儲けたいだけなら、このドライヤーの作り方くらいなら教えてあげられたのに」

「だよなぁ。結局、欲張りすぎて何も得られなかったどころかリオネラに離反されてるんだもんな、あの貴族」

「オレもさっさと縁を切りたいところだ」

「そうした方が良いぞ……っ⁉」

 あまりに自然に挟まれた言葉だったから、つい普通に答えてしまった。さっきのは、ヴァレドの声だ。それに思い至ったイルデットは身構え、視線を巡らせる。

 ヴァレドは部屋の入り口にいた。半開きの引き戸に身を預け、剣の柄に手をかけている。

「のんびりしてるところ悪いが、ここで決着をつけるぜ。また捜し回る羽目になるのはごめんだ」

「……僕も、いつヴァレドが来るのかと警戒し続けるのはしんどくなってきたところだ。もう逃げない。お前はここで倒す」

「随分と自信があるみてぇだな。この1週間で作戦が練れたのか」

「そうだ。おかげで本来の旅の目的がおろそかになったけどな。じゃ、まずは移動しよう」

「移動?」

「こんなところで戦ったら旅館に迷惑がかかるだろ。街の外れに良い場所があったから、そこに行こう」

「ああ、案内してくれ」

 剣の柄から手を離さずに、しかし鞘から抜くことはなく、ヴァレドは部屋から一歩出てイルデットに道を譲った。

 その様子を、イルデットはじろりと見る。

「居合斬りでもするつもりか?」

「は?」

 全く意味が分からないというように目を瞬かせるヴァレド。イルデットは嘆息した。

「移動中に不意打ち食らわされたらたまらない」

「んなことしねぇよ」

「じゃあ剣から手を放せ。目的地に着くまで触れるな」

「それじゃお前に不意打ちされたら対処できねぇじゃねぇか」

「……これなら良いだろ」イルデットは佩いていた剣を抜いてエシュカに渡した。「移動中、誰かが魔法を使おうとしたなら、お前は魔剣を使って良い」

「そういう条件なら」

 ヴァレドは両手を開いて頭の上に置いた。

 4人はぞろぞろと廊下を歩いて旅館を出ていく。冷たい夜風が雲を流し、明るい月が彼らを照らした。

 彼らの表情には、例外なく緊張感が現れていた。

 この期に及んでもヴァレドはイルデット以外を殺したくなかったし、イルデットはヴァレドを殺さず退けたかった。エシュカは自分が主だって立てた作戦がうまくいくだろうかとドキドキしていたし、リオネラは柄にもなくただただ緊張していた。

 だから、月の光が一瞬だけ陰っても、誰も夜空を見上げなかった。進む先だけをただ見つめて、歩き続けた。

 もし誰か一人でも空を見ていたならば、気付いただろう。何か見慣れないものが、月の下を横切ったことに。




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