3-1 ガールズトーク
ばさりと翼をはためかせ、剣持つ美女が天へと降りる。
「ただいま戻りました」
主に跪く動きに合わせ、金糸のような髪がさらりと流れた。
彼女は、特殊な使命を持った神使である。神に命じられるがまま人の魂を刈り取る存在だ。彼女の携える神剣には、今までの長い年月の間に刈られた魂が全て内包されている。
『次で最後だ』
姿無き神の声が、神使の耳に届く。彼女は意外そうに眉を動かした。
神剣に魂が満ちれば、魔神を倒せる聖剣となる。魔神もまた神なので、天の神の力では魔神を倒すに至らないが、人間の魂から力を得て人間が使う聖剣ならば可能なのだ。聖剣を作るために、神剣を持つ神使は代替わりをしながら数百年にも渡って使命を果たし続けていた。
彼女が神剣を託されてから、まだ10年ほどしか経っていない。
『もう終わりか、と不思議なのだろう。本来であれば、あと十人ほど必要だったが、一人で足るほど強い魂を見つけたのでな』
「では今回ばかりは、〝天界に招き入れたくない悪人〟ではなく……」
『否。極悪人だ。何しろ魔神と契約しているのだからな。いずれ消さねばならぬと思っていたが、どうせなら利用しようとお前が戻ってくるのを待っていたのだ』
「……手こずってしまい申し訳ありません」
『良い。時間はいくらでもある』
「それでは、魔神の契約者の魂を刈りに行って参ります」
輝くような純白の翼がふわりと動き、次の瞬間には天界から彼女の姿が消えていた。
* * *
「ねえリオネラ。本当に、イルデットを狙ってないの?」
風呂の中である。肩まで湯につかりながら、エシュカは唐突に尋ねた。
魔物に襲われた街がイルデットとヴァレドによって救われてから1週間が経っていた。瘴気病の治療法を求める一行は、王都から遠く東に離れた小さな街を訪れていた。
ここは、その街の大旅館の浴場だ。
「そんな心配無用だよー。えいっ」
バシャン。
二人きりなのを良いことに、リオネラはエシュカにちょっかいをかける。
「ちょっ、何やって……ひゃうっ」
「あはは、エシュカは可愛いなぁ」
「もう! 私は真面目に聞いてるのに!」
「そんなにイルデットのこと好きなら告っちゃえば良いのに」
「ち・が・う! 親友の婚約者が怪しい女に盗られやしないかと心配してるの!」
「むう。このあたしをまだ怪しいと言うか」
「当たり前でしょ! どれだけイルデットにべたべたすれば気が済むのよ!」
湯面に垂れるエシュカの髪が、灯篭の光を浴びて妖艶な色を宿す。それを手で掬いながら、リオネラはニヤリと笑った。
「おねーさんは知ってるんだぞ? キミはイルデットに好意を抱いてる。れっきとした恋愛感情をね」
「そ、そんなこと……っ話を逸らそうとしてるわね⁉」
「べたべたしてるとか言うけどさー、あたしは弟に対してずっとあんな感じだったんだよねー」
「知らないわよ」
エシュカが冷たく言うと、リオネラは肩を竦めた。
「だって、本当にイルデットは弟に似てるんだよ。顔や声だけじゃない。高い身体能力も、人好きのする笑顔も、そっくり。生き写しってやつ? 口調や態度は違うけどね」
「……あなたとイルデットは似ていないけど?」
「だってあたし、弟と血が繋がってないもん」
「え?」
「あたしが5歳の時だったかな。実の父を亡くして、あたしと母は途方に暮れてた。そんな時に、母は今の父と出会ったの」
「じゃあ、あなたの弟はその、新しいお父さんの連れ子ってこと?」
「そゆこと。まあ、本当にあの父の血を引いてるとは思えないくらい、弟は心優しい良い子だったよ」
「それって……」
「うん、父は冷酷な人でね。あと、合理主義なくせに女好きで、ほとんど家に帰って来なかった。だから父のことはあんまり好きじゃないんだけど、別に恨んでる訳でもないよ。何せ最高の弟を連れて来てくれたからね」
その話を聞きながら、エシュカはあることを思い出していた。イルデットと旅を始めて間もない頃、暇つぶしのように互いの身の上話をしていた時のことだ。
(イルデットは、赤子の時に生き別れた双子の兄がいるとか言ってたわね……父親と母親が一人ずつ引き取ることになったとか……もしかして、その父親に引き取られた方がリオネラの弟なの?)
辻褄は合う。リオネラとの歳の差はもちろん、イルデットが女手一つで育てられたことについても、完璧なまでに繋がる。
このことを話そうかと口を開きかけたエシュカだったが、リオネラが「そんなことより」と悪戯っぽい笑みで何やら言い始めたのでやめた。
「イルデットに思いを伝えれば良いのに。おねーさんとしては、会ったことも無い婚約者ちゃんよりキミを応援したいな」
「勝手なことを。私は今のままで良いの。……イルデットに変なこと吹きこんだら承知しないから」
ザバッと立ち上がったエシュカは、そのまま湯舟から上がり、すたすたと風呂場から出ていった。
リオネラは湯につかったまま苦笑する。
「やっぱ好きなんじゃん」
おそらくイルデットは全く気付いていないだろう。エシュカがさも「単に目的を同じくしているだけです」というようなドライな態度でいるのだから無理はないが、傍から見てもどかしく感じてしまう。
「うーん、何だろうなぁ、これ。フェイって子のこと、よく知らないのに嫌いになってる。……嫉妬、かな」
くぐもった自分の声を、リオネラは耳にして、勢いよく頭を振った。
「あー、やだやだ。駄目だこんなこと考えてちゃ」
妬ましく思ってしまったのだ。イルデットに愛されている婚約者だから、ではない。瘴気病に罹っても昏睡状態だけで済んでいて、治そうとしている人がいて。大事な人を瘴気病で亡くした身としては、助かるであろうフェイのことが羨ましくて妬ましかった。
そもそも「瘴気病に罹っても助かる人を増やしたい」との思いでイルデットとエシュカに同行したのに、こんなことを考えているようでは何をしているのか分からない。リオネラは深々と溜息を吐きながら風呂から上がった。




