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2-2 教会Ⅱ

「ばれちゃった?」


 小首を傾げて少女は言った。

 直後、イルデットたちへ光線が襲い来る。四方八方から、避ける隙など与えずに。

「——っ」

 息を呑んだイルデットは、次の瞬間、少女の真後ろへ転移していた。リオネラとエシュカも一緒だ。

「用意していて正解だったわ」

 エシュカはそう呟きながら、再び魔力を練り始める。その様子を見た少女は、ニィと口の端を上げた。

「ダメだよ、ちゃんとわたしのエサになってくれなくちゃ。せっかくワナをはったのに」

「罠、ね……」エシュカは眉をひそめる。「こんな所に来る人が、そう多いとも思えないけど?」

「うん。すくない。でも、わたしはここでしかイきられない」

 少女の魔力が練り上げられていく。

 イルデットは、迷った。この距離なら剣が届く。エシュカの瞳が、この子を斬れと主張している。だが、こんな年端の行かない少女を手にかけるのは、どうしても気が引けた。この子を殺さなくても、異空間から脱出すれば済む話なのだ。

「エシュカ、ここから」

「無理よ。この子を殺すか、異空間を破壊するかの2択。ついでに言うと、この異空間、破壊できるような強度じゃない。とんでもない魔力量だわ」

「おはなししてるヨユー、あるの?」

 少女から破壊光線が放たれたのとエシュカが転移魔法を使ったのは同時だった。位置取りが変わったことで、今度は異空間そのものが光線攻撃を仕掛ける。

「っ」

 まずい。思ったより早い。転移魔法が間に合わない。焦るエシュカの傍で、

「おねーさんに任せなさい!」

 先ほどからこっそり魔力を練っていたリオネラが、ドーム状の防御魔法を展開した。

 光が飛び散り、金属を擦り合わせるような音がけたたましく響く。エシュカはほうと息を吐いた。

「助かったわ……」

 その様子をイルデットは不思議そうに見る。

「珍しいな。お前なら連続転移を準備してるかと思ってたけど」

「異空間の中じゃ普通に転移魔法使うだけでも大変なのよ。私だけならともかく、複数人で連続転移なんて無理だわ」

「そっか……」

「ちょっと」リオネラが口を挟んだ。「この防御魔法、聖系統だからさ。光系統にはあんまり相性良くないんだよね。あんまり長くはもたないから、早めに方針決めてくれると助かるかな」

 その間に少女は魔力を練っている。異空間だけに頼らず、自らも光系統の魔法でもって防御魔法を砕くつもりだ。

 手が掲げられる。太い光条が、防御魔法を呑み込む。

 ドウッ、と、大砲のような音が響いた。

 灼炎。

 光は防御魔法の手前で炎に押し返され、伸びた炎は勢いよく少女を燃やす。異空間が消失し、教会に夜が戻った。

「……⁉」

 リオネラは目を丸くし、エシュカは眉をひそめる。イルデットは、ばっと後ろを振り返り、苦々しい声を出した。

「ヴァレド……」

「この辺りには村があったらしい」教会の出入り口に立つヴァレドは、淡々と告げる。「何十年前かに村は魔物に滅ぼされたが、さっきの嬢ちゃんだけ生き残ったんだろうな。だが、瘴気病に侵されて、体質も人格も変わっちまった」

「瘴気病⁉」

 驚きの声を上げたのはリオネラだ。そちらをちらりと見て、ヴァレドは話を続ける。

「たまに、そういう症状が出るやつがいるんだ。血も臓器も瘴気に置き換わって、残虐非道なやつに豹変する」

 先ほど殺した少女について話しているはずなのに、別の人物を思い浮かべているような語り方だった。

「だから、殺してやる方が良い」

「あなた何でこんな所に来たの?」

 警戒を込めて尋ねたエシュカ。ヴァレドは肩を竦めた。

「隠密部隊のやつらに、イルデットがここにいるって教えてもらったからな。まったく優秀なもんだぜ、影系統の魔法ってのは」

「答えになってないわ。ここにあった村についての情報も、何で知ってるの?」

「だから、隠密部隊のやつらに教えてもらったんだって。……って、そもそも隠密部隊のこと教えてなかったな。オレの雇い主に仕えてる、影系統の魔法で情報収集するやつらだ」

「あなたの雇い主って、まだあの貴族?」

「そうだ」

「なら、もしかして……」

「オレはイルデットを殺すためにここに来た。ただ、仲間までは殺すよう言われてねぇ。とっとと逃げるか、大人しく後ろで見とけ」

 それを聞き、イルデットは嘆息する。

「本当に始末しようとするとはな。エシュカの言った通り、情報を独占するためか」

 どこかのんびりとした口調だった。窮地だとは微塵も思っていないような、余裕すら感じさせる様子だった。

 ヴァレドは、その緩い空気をぶった斬るように剣を奔らせる。イルデットは剣を抜きざまこれを受け流し、踏み込む。

 金属音が高らかに響いた。

 この状況でヴァレドを殺さずに生き延びようとするならば、それは「お人好し」などではない。「甘すぎる」か「ただの馬鹿」だ。——そう考えたイルデットは、後ろに跳んで間合いを取り、剣を構えた。

「本気を出すしかないみたいだな」

「なに? この間の勝負は本気じゃなかったのか?」

()()()()()()本気だった」

 何しろ故郷で受け継がれている剣技は、戦争のために——殺し合いのために作られたものだ。殺さないように戦うのでは、真価は発揮できない。

「悪く思うなよ、ヴァレド。殺さず勝とうとするには、お前は強すぎる」

「……やれるモンならやってみろ」

 2人は同時に前へ跳ぶ。

 交錯。一閃。互いに振り向きもう一撃。

 血しぶきが舞う。ヴァレドのものだ。

 浅い、とイルデットは思った。追撃を見舞おうと剣を持ち変えた刹那。

 目の前に炎が立ちはだかった。

「っ!」

 転がって回避。勢いのまま立ち上がり、改めてヴァレドを見る。

「……僕の目がおかしいのか? 傷が塞がってるように見えるんだけど」

「ちゃんと塞がってるぜ」

「有り得ない。魔法には注意してた。魔力を練ってる気配は無かった!」

「魔法じゃねぇからな。この剣の力だ。多少の傷ならすぐ治る」

 それを聞いて、イルデットは眉間にしわを寄せた。

「……このチート野郎」

「? 何か言ったか?」

「いや。わざわざ教えてくれてありがとう。ついでに聞きたいんだけど、ヴァレドの魔力の適性は?」

「特殊系統だ」

「それってどんな魔法が使えるんだ?」

「使えねぇよ、オレはな。人によるんだが……オレの魔力は、この剣を手に入れるきっかけになったくらいで、他には何の役にも立たねぇ」

「ふーん。そんなチートな剣が手に入ったなら充分だと思うけどな」

「別に不満は言ってねぇだろ。もう良いか?」

 質問攻めはうんざりだと顔に書いてある。その割にきちんと答えるのだから、律義な奴だ。おかげで戦いやすくなった、とイルデットはほくそ笑んだ。



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