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現実世界恋愛系

歳上の上司に恋するOL、新人社員くんに告られてしまいました

 勤め始めてはや五年。

 私は現在、とある会社でOLとして働いている。


下倉田(かくらた)くん。調子はどうだい?」


「はい大丈夫です、部長」


 カタカタとキーボードの音が響くオフィスの一室で、部長の永川(ながかわ)が私に優しく語りかけてきた。

 私は手を止めて、彼ににこりと笑う。それに頷き、永川部長は歩き去っていった。


「下倉田って、部長に気に入られてるよね」


 部長が出ていった後、少し歳上の同僚女性がそんなことを言い出した。

「うん」などと適当に答えながら、私は考えに耽る。


 確かに私は、部長に気に入られているかも知れない。

 他の社員より声をかけられることが多いし、よく指導してもらう。


 実は、私は永川部長のことが好きだった。スタイルがいいしかっこいいし面倒見がいい上司。惚れない要素がない。


 周りの女子社員たちももちろんそんな彼に憧れている人が多くて、私を嫉妬する人も。

 でも短大卒の二十五歳、容姿もパッとしない私は好かれているというよりは、可愛い後輩――というより、子供扱いされている。


 もしかしてもしかすると惚れられているのでは? と思ったことはあった。が、もし違ったら今の関係を壊してしまうかと思うと怖くて、まだ告白できていない。


「はぁ……。私って部長に好かれてると思います?」


「じゃないの? あなたのどこがいいんだかねぇ」


 私は深くため息を吐いた。



******************************



 仕事は至って真っ当にこなしている。しかし何ヶ月経っても私と上司の関係は何も変わっていなかった。


 他の人間よりよく喋りかけられ、注意されたり優しくされたり。でもそれ以上でもそれ以下でもない。相変わらず気持ちを伝えられないでいた。


 そんなある日のこと。


 私たちの部署に、新人社員がやってきた。


(いかり)です。よろしくお願いします」


 碇翔(いかりかける)。私より二つ歳下の二十三歳。


 私が彼の教育係に抜擢され、色々と教えることになった。

 面倒臭い……と思っていたのだが、意外と彼は飲み込みが早い。一度言ったことはちゃんと覚えてくれるし、熱心だし、色々と役に立つ新人だった。


「碇くん、これをこうして」

「うんうんその調子」

「うまいじゃない」


 さすがエリートは違う。短大の私とは違いちゃんとした大学を卒業しているだけあった。


「ありがとうございます。理沙先輩のご指導助かります」


 それに、礼儀もちゃんとなっている。それに比べて他の社員は……と頭を抱えたくなるくらい。

 ちなみに理沙というのは私の下の名前だ。


 三ヶ月もすると、すっかり教えてやることはなくなった。


 今度は逆に碇くんの方が私を助けてくれるようになり、苦手な雑用やら人手のいる作業などを引き受けてくれた。


 少し、気が緩んでしまったのだろう。


 その日も部長に声をかけられ、しかし恋心を打ち明けられないでモヤモヤとしている時、ちょうど他に誰もいないこともあって、ついこぼしてしまったのだ。


「私あの人が好きなんだけど、全然気持ちを言えないのよね」


 単なる愚痴のつもりだった。

 なのに碇くんはじっと私の方を見ると、「そうなんですか?」なんて真面目に聞いてくる。


 私は慌てて「気にしないで」と言ったが、彼は本気だった。


「永川部長をお好きでいらっしゃるのであれば、まず思いを伝えることが大切なのでは?」


「え……」


「僕も一度、青春時代に甘酸っぱい思いをしたことがあります。その時はしっかり気持ちが伝えられずに終わってしまいました。だから理沙先輩も」


 私は目を丸くした。

 だってまさか、碇くんがこんなことを言い出すなんて思いもしなかったのだから。



******************************



 すぐに他の社員が戻ってきてしまったので、話は一旦中断となった。

 そして帰り道、喫茶店で待ち合わせをして話の続きをすることに。


 彼は、どうやら私の恋愛相談に乗ってくれるらしい。


「恋愛経験の薄い僕ですが、お力になれることがあれば手伝わせてください!」とのこと。


 私が告白できないということを言うと、碇くんは「うーん」と唸った。


「理沙先輩なりに、アピールとかはしているんですか?」


「別に……。いつも私を気にかけてはくれてるんだけど、異性としてというよりはただの可愛い後輩って感じで」


 項垂れる私を、慰めてくれる碇くん。


「きっとそのうち振り向いてくれますよ」と笑う。


「そうだといいんだけどね」


 私も控えめに笑い、その日は別れた。



******************************



 それから彼は、度々私の愚痴に付き合ってくれた。

 部長を振り向かせる作戦を彼と一緒に考えたりもしたのだが、なかなか進まずである。


 一方私たち二人の距離は確実に縮まっていた。社員食堂で一緒にご飯を食べるなど、会話の機会も増え、他愛ないことを話して笑い合う日々。


 そして突然、告げられた。


「理沙先輩。ちょっといいですか?」


「なあに?」何気なく私が答えると、彼は一言。


「僕、先輩のことが好きになってしまいました」


 え、と声を漏らして私は凝固する。

 一体何を言われたのか。やっと意味を理解した時、心臓が早鐘を打ち始める。


 この日から私たちの関係は大きく変化することとなった。



******************************



 告白されてしまった。

 でも私はまだ部長への想いが薄れたわけではなく、かといって碇くんのことも悪く思ってはいないので一応『保留』にしておいた。


 彼との関係は変わった。やはり告られたことを意識するからか、少しドギマギしてしまう。


 一方、なぜだか以前より部長が話しかけてくるように。


「どうしたんだい下倉田くん」

「俺に手伝えることがあったら何でも言ってくれ」

「最近元気がないようだね。大丈夫かい?」


 今までの歳下への気遣い、といった態度からほんのちょっと変化が感じられた。もしかして本当に好かれているのじゃないだろうか?


 悩んだ。

 私はどちらかを選ばなければならない。――永川部長か、碇くんか。


 このまま私がぼんやりしていても、いいことにはならない。決断しなくてはいけない時だった。


 私は思い切り、部長が私を好きなのかどうかと聞いてみた。

 返ってきた答えは意外なものだった。


「実は俺は彼女がいてね。すまないが……」


 そんなこと、全然知らなかった。

 私は唖然となる。大きく肩を落とした。


 フラれてもいい。そう思っていた覚悟など粉々に割れ砕ける。やはり心が折れた。


 今までのあの好意は、私の勘違いでしかなかったのだ。私の恋は、今終わった。


 しかしその時、誰かが私の肩をそっと抱いた。


「……碇くん」


「理沙先輩、ごめんなさい。僕のせいで先輩がフラれて」


 私は首を横に振った。決して彼のせいなんかじゃない。


「ううん。私ね、踏ん切りがついた。やっぱり私は、碇くんといたい」



******************************



 それから私たちは恋人同士となり、やがて結ばれることとなる。

 永川部長は幼馴染だという彼女と結婚し、会社を離れていった。


 私は今になって思う。

 恋心と愛は違うのだと。


 私の恋は儚く破れた。しかし代わりに本物の愛を掴めたのだ。


 私と碇くん、改め翔くんは今でも一緒の部署で働いている。

 時に励まし、時に慰め合いながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分のすぐ隣で起きているような、でもとても共感できるお話でした。ときめく恋心も大切だけど、ゆっくり育む愛もまた得がたいものですよね。
[良い点] おお、こういう展開ですか……! どっちになるんだろうとドキドキしながら読みました! 幸せになれて良かったです♪
[良い点] 部長、そうだったんですね。 碇くん、優しくていい男。 結果としては残念でしたけど、ちゃんと告白できて踏ん切りがついて良かったです。
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