歳上の上司に恋するOL、新人社員くんに告られてしまいました
勤め始めてはや五年。
私は現在、とある会社でOLとして働いている。
「下倉田くん。調子はどうだい?」
「はい大丈夫です、部長」
カタカタとキーボードの音が響くオフィスの一室で、部長の永川が私に優しく語りかけてきた。
私は手を止めて、彼ににこりと笑う。それに頷き、永川部長は歩き去っていった。
「下倉田って、部長に気に入られてるよね」
部長が出ていった後、少し歳上の同僚女性がそんなことを言い出した。
「うん」などと適当に答えながら、私は考えに耽る。
確かに私は、部長に気に入られているかも知れない。
他の社員より声をかけられることが多いし、よく指導してもらう。
実は、私は永川部長のことが好きだった。スタイルがいいしかっこいいし面倒見がいい上司。惚れない要素がない。
周りの女子社員たちももちろんそんな彼に憧れている人が多くて、私を嫉妬する人も。
でも短大卒の二十五歳、容姿もパッとしない私は好かれているというよりは、可愛い後輩――というより、子供扱いされている。
もしかしてもしかすると惚れられているのでは? と思ったことはあった。が、もし違ったら今の関係を壊してしまうかと思うと怖くて、まだ告白できていない。
「はぁ……。私って部長に好かれてると思います?」
「じゃないの? あなたのどこがいいんだかねぇ」
私は深くため息を吐いた。
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仕事は至って真っ当にこなしている。しかし何ヶ月経っても私と上司の関係は何も変わっていなかった。
他の人間よりよく喋りかけられ、注意されたり優しくされたり。でもそれ以上でもそれ以下でもない。相変わらず気持ちを伝えられないでいた。
そんなある日のこと。
私たちの部署に、新人社員がやってきた。
「碇です。よろしくお願いします」
碇翔。私より二つ歳下の二十三歳。
私が彼の教育係に抜擢され、色々と教えることになった。
面倒臭い……と思っていたのだが、意外と彼は飲み込みが早い。一度言ったことはちゃんと覚えてくれるし、熱心だし、色々と役に立つ新人だった。
「碇くん、これをこうして」
「うんうんその調子」
「うまいじゃない」
さすがエリートは違う。短大の私とは違いちゃんとした大学を卒業しているだけあった。
「ありがとうございます。理沙先輩のご指導助かります」
それに、礼儀もちゃんとなっている。それに比べて他の社員は……と頭を抱えたくなるくらい。
ちなみに理沙というのは私の下の名前だ。
三ヶ月もすると、すっかり教えてやることはなくなった。
今度は逆に碇くんの方が私を助けてくれるようになり、苦手な雑用やら人手のいる作業などを引き受けてくれた。
少し、気が緩んでしまったのだろう。
その日も部長に声をかけられ、しかし恋心を打ち明けられないでモヤモヤとしている時、ちょうど他に誰もいないこともあって、ついこぼしてしまったのだ。
「私あの人が好きなんだけど、全然気持ちを言えないのよね」
単なる愚痴のつもりだった。
なのに碇くんはじっと私の方を見ると、「そうなんですか?」なんて真面目に聞いてくる。
私は慌てて「気にしないで」と言ったが、彼は本気だった。
「永川部長をお好きでいらっしゃるのであれば、まず思いを伝えることが大切なのでは?」
「え……」
「僕も一度、青春時代に甘酸っぱい思いをしたことがあります。その時はしっかり気持ちが伝えられずに終わってしまいました。だから理沙先輩も」
私は目を丸くした。
だってまさか、碇くんがこんなことを言い出すなんて思いもしなかったのだから。
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すぐに他の社員が戻ってきてしまったので、話は一旦中断となった。
そして帰り道、喫茶店で待ち合わせをして話の続きをすることに。
彼は、どうやら私の恋愛相談に乗ってくれるらしい。
「恋愛経験の薄い僕ですが、お力になれることがあれば手伝わせてください!」とのこと。
私が告白できないということを言うと、碇くんは「うーん」と唸った。
「理沙先輩なりに、アピールとかはしているんですか?」
「別に……。いつも私を気にかけてはくれてるんだけど、異性としてというよりはただの可愛い後輩って感じで」
項垂れる私を、慰めてくれる碇くん。
「きっとそのうち振り向いてくれますよ」と笑う。
「そうだといいんだけどね」
私も控えめに笑い、その日は別れた。
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それから彼は、度々私の愚痴に付き合ってくれた。
部長を振り向かせる作戦を彼と一緒に考えたりもしたのだが、なかなか進まずである。
一方私たち二人の距離は確実に縮まっていた。社員食堂で一緒にご飯を食べるなど、会話の機会も増え、他愛ないことを話して笑い合う日々。
そして突然、告げられた。
「理沙先輩。ちょっといいですか?」
「なあに?」何気なく私が答えると、彼は一言。
「僕、先輩のことが好きになってしまいました」
え、と声を漏らして私は凝固する。
一体何を言われたのか。やっと意味を理解した時、心臓が早鐘を打ち始める。
この日から私たちの関係は大きく変化することとなった。
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告白されてしまった。
でも私はまだ部長への想いが薄れたわけではなく、かといって碇くんのことも悪く思ってはいないので一応『保留』にしておいた。
彼との関係は変わった。やはり告られたことを意識するからか、少しドギマギしてしまう。
一方、なぜだか以前より部長が話しかけてくるように。
「どうしたんだい下倉田くん」
「俺に手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
「最近元気がないようだね。大丈夫かい?」
今までの歳下への気遣い、といった態度からほんのちょっと変化が感じられた。もしかして本当に好かれているのじゃないだろうか?
悩んだ。
私はどちらかを選ばなければならない。――永川部長か、碇くんか。
このまま私がぼんやりしていても、いいことにはならない。決断しなくてはいけない時だった。
私は思い切り、部長が私を好きなのかどうかと聞いてみた。
返ってきた答えは意外なものだった。
「実は俺は彼女がいてね。すまないが……」
そんなこと、全然知らなかった。
私は唖然となる。大きく肩を落とした。
フラれてもいい。そう思っていた覚悟など粉々に割れ砕ける。やはり心が折れた。
今までのあの好意は、私の勘違いでしかなかったのだ。私の恋は、今終わった。
しかしその時、誰かが私の肩をそっと抱いた。
「……碇くん」
「理沙先輩、ごめんなさい。僕のせいで先輩がフラれて」
私は首を横に振った。決して彼のせいなんかじゃない。
「ううん。私ね、踏ん切りがついた。やっぱり私は、碇くんといたい」
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それから私たちは恋人同士となり、やがて結ばれることとなる。
永川部長は幼馴染だという彼女と結婚し、会社を離れていった。
私は今になって思う。
恋心と愛は違うのだと。
私の恋は儚く破れた。しかし代わりに本物の愛を掴めたのだ。
私と碇くん、改め翔くんは今でも一緒の部署で働いている。
時に励まし、時に慰め合いながら。