【信じる】と【心許せる】の違い
精霊国中央部から出立し、長閑な風景に目を和ませながら馬を走らせる。
皇国訪問時の様に土産を荷馬車一杯に持たせられるような事は無く、身軽な帰還となった。
「我々の友好は気遣いの要らぬものと致しましょう。
気軽に訪れ、気軽に帰る、
そんな身近な家族の様な関係がいいですね。
ほほほ。」
別れの挨拶の時、チュバリヌはそんなことを言っていたが、実際には手土産に持たせられるような特産品が無いだけだろう。
だが、彼女たちに期待しているのは【物】ではなく【情報】だ。
遠い地であるアヴェーリシャや、伝手の無い聖公国の情報は私たちでは手にし得ない。
掴みつつある自治区の平和を【悪しき神】や他国の脅威から守る為に、精霊国には最大限の情報収集に務めてもらいたい。
出発の時間が遅かったため、草原の【橋】の近くで野営を行った。
月明かりの中で川魚を狩猟する。
この近辺では今まで【魔物】を見掛けることが無かったので、皆かなりリラックスして過ごすことが出来ていた。
年長者のカカンドですら、はしゃいだ挙句足を滑らせ川に落ちる始末だ。
カンディとリルリカに全身を乾かしてもらうカカンドを囲み、楽しげに笑い合ったあと、食事をしてから交代で仮眠を取りつつ、自治区の未来について語り明かした。
朝起きて寝惚け眼のまま橋の向こうを眺めていたら、草を掻き分けこちらへ向かってくる馬に気付いた。
よくよく見てみれば、それはアグトとマグシュだった。
「よぉジッガ、
なんでこんなとこで野営してるんだ?」
「精霊国に行っていたんだ。
精霊復活の件でな。
で、随分早かったが【断崖の細道】は偵察出来たのか?」
「あぁ、しっかり見てきた。」
アグトの報告によると、マグシュの【魔力循環】が馬にも有効だったため想定より早く移動が出来たという。
一度通った道程であったので気を付けるポイントも理解出来ており、魔物の居ない区域では夜間も移動を続けたらしい。
エルフと遭遇することも無く【断崖の細道】まで楽々辿り着いたが、そこには【先客】がいたそうだ。
「また【オーク】がわんさか居やがった。
あの【果実】の木がある溜まり場に溢れてたぞ。」
そういえばあの果実の木を処分することなく通過していた、と思い出す。
アグトがマグシュを放り投げる形で断崖の壁面を登らせ、オークらの向こうを【身体強化】で観察したところ、私の炸裂魔法で崩壊した道はそのままだったそうだ。
「オークは匂いに釣られて崩れた土砂を乗り越えたんだと思う。
そんな訳でアヴェーリシャの奴らはあそこに近付いてないと断言出来る。」
「よし、わかった。
偵察お疲れ様、休憩したら朝食にしようか。
マグシュ、また魚を捕まえる勝負するか?」
「お、いいな。
今度は負けねぇぞ!」
エンリケは居ないが、久々に【ジッガ団】の面々が揃い、村での生活が思い出された。
あの頃に比べ、私の胸の内に在る復讐の炎はだいぶ勢いを弱めている。
だが、建国への熱意はそれに反比例するかのように気高く燃え広がっている。
あの頃の七人から始まった集団は、今や総勢七百人に迫ろうという規模に成長した。
眼前に広がる【草原】、この地があの頃に夢見た私たちの【国】となるのだろうか?
それを実現させるためにも、今は諸々(もろもろ)に抱える問題を片付けていく必要がある。
マグシュやカンディらと魚獲りに興じながら、私はそんなことを考えていた。
自治区に戻ると、子供たちがワイワイと出迎えてくれた。
クリャスォンスと名乗った精霊の言葉が正しいとするならば、区民の魂が【悪しきモノ】とならないようにする必要がある。
ベイデルが提案していた【学校】建設は、考えていた以上に重要な事かも知れない。
私たちに声援を送ってくれる無垢な子供たちを見ていると、自治区の発展計画を練り直す必要性が感じられた。
区役所で留守の間の報告を受けてみると、気になる情報がひとつ有った。
北の観測施設から【グリフォン】の目撃情報が寄せられたのだ。
山の向こう側へ【大蜘蛛】を鷲掴みにして去っていくグリフォンらしき影が数体あったらしい。
人間たちの【不作】が影響しているとは思えないが、縄張りを越えて食糧調達をしていたと考えられる。
キシンティルクからの情報だと話が通じる可能性が高いので、一度訪問すべき相手なのかも知れない。
それから何事も無く数日経過して、新たな年となった。
現世では厳密な戸籍管理などなされていないため、この日我々は一斉に歳を重ねた。
十一歳となった私だが、身体はあまり成長していない。
背は少し伸びたが、いつも一緒にいる十二歳となったカンディが急激に成長しているため、逆に背が縮んだかと疑われる有り様だ。
マグシュはまだ成長期が来ていないため見る度にホッとする。
エンリケはいきなり声変わりを果たしていて、会う者皆にギョッとされたらしい。
ささやかながら区民全員で新年の祝い事が広場で行われた。
溜め込んでいた珍しい食材が振る舞われる一方、皇国土産の【工芸品】や【嗜好品】が倉庫から引き出され、区民たちは異国文化に驚き感心しきりだった。
慎ましい祭事が終わり、日常が戻った頃、ソムラルディが帰ってきた。
体調を気遣ったが相変わらず嫌な顔を返されたので、早速会議室に連れて行く。
旅の疲れを取るのと報告を兼ねてエィドナがソムラルディに【魔力循環】を行う。
「ふうむ。
魔力は火の系統かな。
思えどまま励むべし。」
エィドナはマグシュと同系統の魔力らしい。
ソムラルディは【火】関連が不得手らしく、マグシュにほとんど教えることが無い。
そのためマグシュは新たな【火魔法】を憶えることが出来ず、生来の器用さで【土の魔力】や【魔力循環】を熟練させるのみだった。
この爺ぃエルフはプライドが高いので認めないが、正直なところ困っている。
爺ぃと同系統のゲーナがぐんぐん氷結魔法を熟練させる一方で、その他の者が置いてけぼりなのだ。
理論だけは長々と講釈を垂れるのだが、いまいちピンと来ないというのが皆の率直な意見である、本人には言わないが。
「で、ドワーフからの返事はあったのか?
あ、それと【悪しき神】についての伝承については?」
「焦らずとも言う。
粗忽者が。」
最近この爺ぃは、私に対し増々歯に衣着せぬ言動となっている。
気を許してきたのだと思うべきか、本性を現してきたと見るべきか迷う。
兎にも角にも報告を聞いてみると、ドワーフからの返事は性急なものだった。
五百年前の【亜人戦争】によってドワーフは【剣閣】と呼ばれる【遥かな高山】に囲まれた奥地に引き篭もった。
【剣閣】はドワーフ生誕の地とされる聖地であった。
だが、エルフ同様に【悪しき神】への警戒心は現在も緩んでおらず、今回の呼び掛けにもすぐさま反応は有ったのだとか。
「されど、彼らはヒトを信ぜずなりき。
我ら三種族のみに連携せばやと言うなり。」
ドワーフは【亜人戦争】で【人間】に対し強い不信感を抱いた。
戦争終結から四百年経過した今、それは種族全体の意志と化している。
エルフと獣人なら連携しても良いが、【人間】と共闘など出来ぬ相談だ、と言っているらしい。
そう、ドワーフは一団を形成して既に【ディプボス】に滞在しているというのだ。
「ジッガ、いかがなり?
我と【深き森】に行き、
彼らを説得すべしや?」
爺ぃが挑発的な笑顔で問い掛けてくる。
「わかった、行こう」
答えなど決まっている。
ゼダックヘインとの南方調査の日程連絡が来ないうちに済ませてしまいたい。
爺ぃが満足気に微笑んでいるのが何故か少々癪に障るが、精霊国との【共同事業】の仲介を願い出るのにも、区長である私本人が行くのが誠意を見せられて都合が良い。
「誰を連れて行けばいいと思う?」
「無論君一人なり。
ドワーフの前に数多具してえ行かず。
心得るべからむ?」
「む、そうなるか」
私一人で人間不信となったドワーフの所へ行く、ということを仲間たちは中々了承しなかった。
だが、
「これから協力して【悪しき神】と戦おうとする【同志】なんだ。
こちらが【信じる】ことが出来ないで、
相手に【信じて】もらおうなんて虫が良過ぎる話と思わないか?」
最終的には私の説得で折れてくれた。
カンディが最後まで愚図ついていたが、必ず戻ると約束して、私よりも少し高くなった頭を撫でたら渋々頷いてくれた。
「ソムラルディ、
あとは【悪しき神】についての伝承の件なんだが、
何か分かったことは有ったか?」
「ドワーフ並に性急なることを言う。
我らは一万人以上森に居たり。
話を伝うるばかりにも労なるぞ?」
ちゃんと聞いたのは初めてだが、ディプボスのエルフは森の各地に点在して住んでおり、総数一万を超えるとのことだった。
遠距離通信の無い現世では、民全体に何かを周知させるのにかなりの時間を要する。
しかもディプボスは総面積がアヴェーリシャの二倍近くある。
魔力に優れるエルフと云えども、各地から情報を集めるのは簡単な事では無いらしい。
「わかった。
ではいつ行こうか?」
「我と君のみの旅なり。
今やがて打ち出でむ。」
【やがて】とは【すぐ】のことだ。
『性急過ぎなのは貴様の方だろうが!』という叫びを喉元で抑え込み、ゲーナに簡易な旅支度をしてもらい、すぐさま爺ぃと二人で【深き森】へと旅立った。




