残酷な【現実】など知りたくない
翌朝、食事を終えた私たちは【精霊】が眠るという【泉】へと向かった。
出発前には散々に水をぶっ掛けられ、身を【清め】られた。
【精霊】は最近ほとんど姿を見せておらず、目撃証言もひどく曖昧なものが多いという。
チュバリヌの研究結果から、精霊に会うための方法として考えられるものが全て試された。
清潔な白装束に着替えさせられ、馬ではなく数人掛かりの人力車に乗せられ移動している。
前世の知識ばかりでなく、現世でも昔話に在る【人身御供】のようだなと感じつつ、為されるがままに任せた。
やがて泉のある、小さな森へ到着した。
「ここからは私一人で行く。
精霊は静謐を好むのだろう?
大勢で行っては姿を見せぬかも知れない。」
「わかりました。
ジッガさん、全てを貴女に委ねます。」
「頑張ってねジッガ」
「無理はしないでね」
見送る者たちに静かに頷き、私は泉へと歩みを進めた。
一人で向かうのは静謐を保つ為ではない。
精霊が【魔物】へと変化した際に犠牲者を出さないためだ。
私一人ならばどうとでも逃げられる。
カンディに武器を預けてあるので、【最悪の場合】は斃すつもりだ。
緊張のままに泉へと辿り着く。
木洩れ日が泉を幻想的に照らしている。
【精霊】が眠るに相応しい、幽玄な光景だ。
私が【精霊の力】を行使した後、ここはどのような変化を起こすのだろうか?
懼れる気持ちに無理矢理蓋をし閉じ込め、祈りの体勢をとる。
「弱きものを救い、ヘネローソを興した精霊よ。
我が力を受け取りたまえ。
汝が救いし者の困窮を今一度救う為、
我が力を受け取り、現れ出でたまえ。」
祈りを捧げると、すぐに泉へ【祝福の光】が降り注ぐ。
遠く背後に控える一団が歓声を上げたのが微かに聞こえる。
私の【精霊の力】に対し初見の精霊国の者たちが驚いたものと察せられた。
しかし、泉に変化は見られない。
が、ここで諦める訳にはいかない、祈りを捧げ続けた。
「水の力を司りし精霊よ、
その力が失われたのは何故か?
そなたは元々より精霊だったか?
【悪しき神】の支配より抜け出た存在か?
我が前に現れ導きを与えたまえ。」
二度目の【祝福の光】が泉を照らし水面を輝かせる。
その輝きは揺蕩うようにして消えることなく、泉を淡く光らせたままだ。
『何かが起きそうだ』
そう感じて、更に魔力を込めて祈りを捧げていく。
「精霊よ、何故に弱き存在を助けたか?
その精神の発露はどこから得たものか?
【偉大なる魂】からか? 【善き神】からか?
我が力を受け取り、再び現世へと還り応えたまえ。」
三度目の【祝福の光】は輝きを固形化させ、無数の【光の珠】を生み出した。
泉の水面を【光の珠】が動き回り、中央へ集まったかと思うと、螺旋を描きながら水面を波立たせ始める。
祈りを捧げ続ける私の眼前で、光の珠と波飛沫は溶け合うように融合していき、みるみる人間の女性のような姿へと変貌していった。
「我を呼ぶは、誰か?
この【クリャスォンス】の、眠りを妨げるは、誰か?」
泉の周囲全体を震わせるような、不思議な声が響いた。
その姿を目にして、私の脳裏に前世の知識による閃きが舞い降りる。
『ウンディーネだ!』
四大元素の内の【水】を司る精霊、全身が水で形成され、その長い髪まで透明な水の中に青の光沢が見て取れる。
「クリャスォンスと名乗る精霊よ。
キミを永き眠りから呼び覚ましたのは私だ。
まずはそのことを謝罪する。」
精霊の問い掛けに対し答える。
精霊に対し敬語など通じないだろう、ただ素直な感情だけ乗せて話した。
が、私の返答が聴こえなかったのだろうか?
クリャスォンスなるウンディーネは、周囲を漂う光の残滓へ興味深そうに手を伸ばしている。
再度答えようかどうか迷っていると、クリャスォンスはこちらを見ぬまま、また周囲全体を震わせる女性的な声で問い掛けてきた。
「これは【光の精霊の力】か?
そなた、名はあるか?」
「私の名前は【ジッガ】だ。
この力が【光の精霊】のものかどうかは分からない。」
「理解せぬまま、力を使うか。
そなた、人間か? 魔物か?」
「人間だ。
魔物に見えるか?」
私の返答に、精霊は身をくねらせている、どうやら笑っているようだ。
「人の姿の魔物もいる。
ジッガ、そなた、人間のつもりなだけでは?」
「そ、そんなことは無い。
魔物は人間を襲うだろう。
私にそんなつもりは無い。」
「確かにそうか、
だが……、
今はそうでも、人間は変わる。
我が助けた人間たちも、変わった。」
そう言うと、精霊は水で出来た表情を悲しげなものに変えた。
「どう変わったんだ?」
「初めは手を取り合い、助け合っていた。
我の助けに、純粋な感謝を返していた。
だが、やがて変わった。
魂が【濁り】始めた。」
「それは……、
それは少数の者だけだろう?
いまこの国の者たちはキミを見習い、
弱い者を助けようという敬虔な者が多いぞ?」
「だが【濁った】魂は、他の者をも濁らせる。
あの【人狼】のような建国は、出来なんだな。」
聞き捨てならない言葉が聞こえた、【人狼】とはもしや?
「クリャスォンス、
【人狼】の建国とは【獣人の国】のことか?
【ヌエボステレノス】のことなのか?」
「どうであったか……、
【人狼】は、【善き者】へとその身を変えた。
人間を忌避せず受け入れたと聞く。
我は、そうなれなかった。
アレより我の方が、チカラ大きし筈なのにな。」
「もしかして、
キミは【力を失った】のではなく、
【人間に絶望して】泉に眠ったのか?」
この私の問いは精霊の動揺を誘った。
「我は……、人間を、諦めた?
いや、……まだ信じておる。
……だが、……濁った魂に触れたくない。」
己に問いかけるかのように呟く精霊に、私は助言を与える。
「クリャスォンス、
この国にはもう【悪しき神】に魅入られた人間はいない。
これからは皆にこの泉で祈りを捧げるように言っておこう。
彼らの魂が澄んでいたなら、また力を与えてくれるか?」
「ほぉ、ジッガ、
我が眠りにつく間に、
そなたが、この国の主となったか?」
「いや、私はここの南に国を興す予定だ。
このヘネローソ精霊国とは友邦たる者だ。
今は【悪しき神】に対抗する同朋なんだ。」
「なるほど、理解せり、
だが、我の力が減少した、それまた真のことわり。
悪しき魂なくば、徐々に力は取り戻せよう。
また来るがいい、さすれ……、話し……よう」
それを最後に不思議な声は途絶え、クリャスォンスの身体は泉へと沈み込んでいってしまった。
三度照らした【祝福の光】の効果が切れてしまった、ということだろうか?
まだまだ聞きたいことは残っている。
再度来訪する必要を感じたが、今日はここまでだろう。
話してくれた感謝にと、もう一度【祝福の光】を注ぐが、何の反応も得られなかった。
皆の元へ戻り、今の出来事を【人狼】の部分のみぼやかし、話して聞かせた。
「つまり!
私たちが清らかな魂のまま!
祈りを捧げていれば!
【精霊様】は復活なされる!
そういうことですか!?」
「あぁ、そういうことらしい。
チュバリヌ殿、ちょっと離れてくれ。」
「あぁ、すいません、つい」
ずいずいと顔を寄せてくるチュバリヌを押し返し、ホッと一息つく。
ここからでも泉が光り、クリャスォンスが顕現した様子は見えていたそうだ。
ウーグラが今なお感涙を零し祈りを捧げている。
精霊に対し信仰心のあまり無いツセンカは『いやー凄かったな』と呑気にはしゃぎ、ベイデルは『まさかこの目で【精霊】を見ることが出来るとは』と興奮していた。
リルリカやカンディは『想像してた通りの姿だった』と手を取り合い、ゲーナとカカンドは『復活に向けてまた【助力】という交渉の手札が残った』と囁き合う。
大成功、とはいかなかったが、失敗ではなかっただろう今回の【精霊復活】の件。
精霊と人間、そして人間同士でも、【認識の違い】というものが長年続いてしまうと関係性を壊してしまう、という教訓を得られるものとなった。




