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滂沱の日々  作者: 水下直英
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貧しさは他人と比較しなければ分からない


 国境を越え、【草原】地帯へ向かう前に、簡易的な墓所で先日の戦いによる戦死者へチュバリヌらと共に祈りを捧げる。


私たちにとっては襲撃してきた【敵】だが、彼女らにとっては愚かなれど同じ【国民】だ。


静かな祈りにより、ささやかな光が降り注ぐ。


「ありがとうございますジッガさん。

 ご迷惑をお掛けした同朋の為に祈って頂いて。」


「首魁たるレヂャンバの魂は冥府に引き込まれ消え、

 他の者の魂は天へと還っていった。

 もはや憎むべき者など居ない。」


「そう言って頂けて、

 この者らも安心しておりましょう。」


憂いの籠もった目で墓に視線を送ったあと、チュバリヌは出発を促す。


スィチャカを先頭にして、また精霊国へ向けての旅が再開された。



 見慣れた川岸が見えてきて、皆で建設した橋が近付いてくる。


ここから川に沿って北上すれば【ヘネローソ精霊国】へと到着するはずだ。


スィチャカに案内され、森へと近付いてみて驚く。


「ほぉ! これは凄い!」


川沿いには、かつて私たちが村と断崖の細道を繋ぐために整備したものより立派な【街道】がズラッと伸びていた。


平らな地面の舗装方法も気になるが、森林側には【柵】まで立てられ大型動物の侵入を阻んでいる。


かなりの人員と時間と手間暇を掛けたに違いない。


私たちと【本気】で友好を結ぼうという心意気が伝わってくる。


チラリとチュバリヌたちを見ると、『どうだ』と云わんばかりに鼻息を吹いていた。


スィチャカが得意満面な顔で街道舗装の苦労を話し出す。


彼が陣頭指揮を執って進められたらしく、その作業内容がつまびらかに語られた。


「そんな私たちの努力の証がこの【街道】なんです!

 いや本当に大変でした!

 【滝側の道】との並行作業でしたからね!

 忙しいのなんのって……あ」


「スィチャカ、あなた減俸げんぽうね」


どうやら滝の近辺を通る別の近道も有るようだ。


口を滑らせ青い顔色のスィチャカがチュバリヌに睨まれている。


相変わらず愉快な主従だが、これすらも【演技】の可能性があるのが怖いところだ。



 馬上で項垂うなだれるスィチャカが案内役を務めたまま、私たちは整備された街道を快適に進んでいった。


左には穏やかに流れる川を臨み、右では森が爽やかなさざめきを響かせる。


何の用が無くてもまた来て散歩したくなるような、現世では珍しいそんな平和なひと時を過ごした。



「ジッガさん、精霊国へようこそ!

 ここが我が国、ヘネローソです!」


チュバリヌが前方へ手を掲げ、誇らしそうに歓迎の言葉を発した。


小高い丘から眺めてみれば、そこには長閑のどかで美しい景観が広がっている。


【精霊】の力により、精霊国は水の豊かな地と聞いていたが本当だった。


【草原】へと繋がる川の他にも、遠くにいくつか流れが見える。


川の近くには【水田】に似た畑が広がっており、【水車】のような物も点在していた。


【水田】では【牛】の様な生き物が農耕に使われていて、近くを通りかかると「ブモゥゥ」と鳴き声を上げ、カンディやリルリカを驚かせた。


水田や畑に囲まれるように小さな集落がいくつも形成されているが、それが【村】とは思えない。


チュバリヌに訊いてみると、このような集落を統治する【地方官】が兵士と共に【地方領館】に置かれており、各地の平和を守っているのだという。


「それらを統括しているのが【中央議会】です。

 各地で【武力】や【魔力】に優れた者が選出され、国政を担います。」


「へぇ、でもそれだと【知力】に長けた者が出てこないんじゃないか?」


「知恵ある者は自然と台頭してきますよ。

 議員は馬鹿では務まりませんから。

 すぐに蹴倒けたおされます。」


「へ、へぇぇ」


ちょっとだけチュバリヌが猛禽類のような鋭い目になったので怯んでしまった。


普段笑いを誘うような言動ばかりしているので、こういったギャップに戸惑う。


「それにしても、

 【不作】と聞いていたが、

 そんなに生活が苦しそうには見えないな。」


「いえいえ、

 それが本当に【不作】なんですよ。

 国庫を空っぽ寸前まで大盤振る舞いして維持してる状態です。

 買い取った【実りの種】で少しずつ持ち直してますがね。」


「なるほど、

 しかしそれなら【精霊】を急いで復活させなくても良いのでは?

 何とかなっているんだろ?」


「う~ん、

 それは中央へ到着してから話しましょうか。」


そう言ってチュバリヌは先を急ぐよう促し始めた。


確かにもう夕暮れの時刻となっている。


朝に聞いたように、到着は夜になってしまうようだ。



 薄暗くなり始めた頃に、私たちは【中央館ちゅうおうやかた】へと辿り着いた。


【議員】というチュバリヌの肩書による言葉の響きから、勝手に【前世の知識】が当てはめられ、【国会】的な建物を想像していたが、目の前には【大きな屋敷】があった。


獣人の国や皇国に比べ、かなり質素な建物だ。


大きめの家、と言っていいかも知れない、自治区の集会所の方がまだ立派だろう。


「さ、どうぞ。

 ご遠慮なさらず。」


チュバリヌに案内されて中に入る。


中も外観同様に質素な造りだった。


板を敷き詰めることもせず、どの部屋も土床のままだった。


「私たちは【精霊様】のお考えをたっとび、

 弱者を守ることを信条としています。

 弱者を守るには弱者の気持ちを知らねばならない。

 ですので議員の私たちは集落の皆と同じ境遇で暮らしています。」


「な、なるほど。

 見習うべき考えでは、ある。」


夕食として出された料理も慎ましいものだった。


だが【コメ】のような穀物は美味しいし、見慣れぬ野菜を材料とした煮物は滋養を豊富に含んだもので、身体に染み入った。


「【実りの種】を買い取った時、

 【通貨】をかなり持ってたからな。

 【貧しい】というのは嘘なのかと思っていた。」


「連邦との交易で【通貨】が入ってくるのですが、

 我が国には他に交易相手がいませんからね。

 獣人の国とは物々交換ばかりですし、

 エルフやドワーフとは国交が成り立っていませんから。」


「ソムラルディに頼んだらどうだ?」


「あぁ、いえ、

 正直エルフから買いたいものはありませんし、

 そもそも【通貨】が使えませんから。」


「あ、なるほど」


精霊国の経済状況は思っていたより苦しいようだ。


これは嘘偽り無い真実なのだと思われる。


「北西の国と交易は出来ないのか?」


「【遥かな高山】を越えることなど出来ませんよ。

 一応連邦の北には【アーマルイト王国】という

 比較的温厚な小国があるにはあります。

 しかし連邦を簡単には通り抜け出来ませんから。

 領地によっては私たちに攻撃を加えてきます。」


「得意の情報操作でなんとかならないのか?」


「さすがにそこまでは出来ません。

 連邦だって精霊国に力を付けて欲しくないですから。

 だから【通貨】は主に【情報収集】に費やしてました。」


「ふぅむ、打開策無し、か」


使節団の面々が他国の苦しい懐事情にため息を吐く。


だが、チュバリヌがニンマリと微笑み、言葉を紡ぐ。


「そこに現れたのがジッガさん達【リベーレン自治区】です。

 遠い異国から避難してきた哀れな一団と思いきや、

 エルフや獣人と交誼を結び、与えられた地を富ませ、

 他国の干渉を受けることなくみるみる人口を増やしてみせました。」


「唯一の直接干渉がレヂャンバの件だが」


「果ては東の大国ガーランテとの国交樹立まで成し遂げる快挙。

 ただ気に掛かるは【亜人戦争再び】の懸念。

 我が精霊国も微力ではありますが【悪しき神】に抗う所存。

 自治区友邦の我が国の為、何卒【精霊様】復活に御助力を!」


チュバリヌの嘆願に合わせ、私の対面に座る精霊国の議員らが一斉に頭を下げてきた。


ゲーナやカカンドに視線を送ると、苦々しい表情ながら頷いてくる。


「チュバリヌ殿、他の方々も、頭を上げて頂きたい。

 もとより我らはそれを目的にこの地を訪れた。

 ただし、

 世界各地の情報を集めて頂く件、お忘れなく。」


揃って頭を上げたチュバリヌたちが同じような笑顔をしているのが気に掛かるが、情報収集の件は胸を叩いて請け負ってくれた。



 ここで私は昼間の疑問を思い出す。


「チュバリヌ殿、昼に訊いた件だが、

 【精霊】復活が為されたら、

 この国にはどんな恩恵が与えられるんだ?」


「それについて確証は無いのですが……、」


一転、精霊国の議員としての顔は潜められ、彼女の研究馬鹿の一面が姿を現していく。


滔々(とうとう)と述べられていく精霊研究に関しての推論。


数十年前までの【精霊】が健在だった時期、【ヘネローソ精霊国】は【水の力】豊かな国だった。


現在でも国は水に関する資源を豊富に持つ。


だが、そういう事ではなく、【水の魔力】に溢れた国だったというのだ。


【精霊】に厚い【祝福】を受けた者は水に関連した【魔法】を使えるようになった。


伐採作業をする際に【水の刃】で大木を真っ二つにした者までいたそうだ。


魔物との戦いでも【水弾】という【魔法】によって犠牲者を出すことなく退治を行い、川に魔力を込めれば数週間で稚魚が大魚へと成長したという。


確かにその話が本当ならば、【精霊】が復活したら精霊国は国力を大幅に上げることとなるだろう。


だが、と私は以前ソムラルディと討論した【精霊】と【魔物】の関係性についての話を思い返す。


【精霊】とは、【魔物】が【悪しき神】の支配を逃れ、高潔なる自我を得た存在であるのではないか、という推論だった。


その場合、『生命を在るべき姿に戻す』という私の【精霊の力】はどう作用するのだろうか?


『在るべき姿』というのは、【精霊】を【魔物】に戻してしまうことを意味するのではないだろうか?


もしそうなってしまったら、精霊国との関係は【破綻】してしまうのでは?


笑顔で話し続けるチュバリヌを見詰めながら、私は不安におののいていた。




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