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滂沱の日々  作者: 水下直英
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効果の保証されていないモノの危険性


 私が扇状地だけでなく、周辺の山林にまで【祝福の光】を降り注いだせいだろうか?


【魔物】の出現は全く報告されていないが、【鳥】や【獣】がわんさか集まるようになってしまった。


今日もまた、【鳥網】に引っ掛かった大量の小鳥たちを【発破魔法】で追い返す作業に明け暮れている。


獲っても食肉部分が少ないので小鳥は追い返すのみにしているが、【イノシシ】や【ウサギ】はそうもいかない。


追い返すだけだと獣はどんどん増える。


特に【ウサギ】はかなりの繁殖力を持つ。


最近自治区の共同食堂ではウサギ肉のスープが頻繁に出される。


保存食に加工し切れないぐらい獲れるのだから仕方ない。


扇央の果樹園だけでなく、扇端より外側の畑にまで出没し始めている。


私たちの【魔力循環】で活力を取り戻した老人たちが、ガンガン【ウサギ】を狩っている。


農業に携わる人々にとって【ウサギ】は目のかたきのようだ。


生体看破魔法でその怒りの強さが把握出来る。


ある老人に聞いたところ、幼い頃に可哀想だからと罠にかかった【ウサギ】を逃がしたら、後日群れをなして畑を荒らされまくったという。


『ウサギとの勝負は生きるか死ぬかの戦争なんじゃ』とその老人は吠えていた。


人間は罪深い、それは確かにそうなのだが、獣側に罪は無いのか、という疑問が残る話だった。



 【祝福の光】が鳥獣を呼び寄せてしまったのではないか、という疑問についてソムラルディの意見を訊いてみた。


『その可能性が高い』という返答をもらったので、解説を聞いてみる。


私の【精霊の力】は『生命を在るべき姿に戻す』という効果が確認出来ている。


即ち【祝福】された土地は、野生に生きる生物が暮らし易いものへとその姿を変えたのではないか、との推察がなされた。


そういえば、畑に光を注いだ後、一時的に作物の生育速度が鈍ったらしい。


これも彼に言わせれば、土の【魔力】によって増幅された作物を生育させる力が、『在るべき姿に戻った』ことにより、その効果が薄れたのだろうと結論付けられた。


【精霊の力】も万能ではないのだな、と知らしめられた一件だった。



 さらに私は疑問に思っていたことを次々と尋ねてみる。


「【悪しき神】についてはよく聞くが、

 【善き神】とは一体どんな存在なんだ?」


「森の民の伝承に【善き神】は現れず。

 ほかのヒト共には【人類】を創り出だしし存在と伝えられたり。

 聖公国には【聖女】が神の力を具したりしと云はれ、

 皇国には天子殿が【神の御使い】とされたり。

 げに様々なる伝承があり、定かにせぬ存在なり。」


どうやら【善き神】とは統一された見解の無い存在のようだ。


「それならキミらが言う【偉大なる魂】、

 それもまた【善き神】と同一の存在なのではないか?」


「良き質問とぶらいなり。

 案の足らぬ所改善されきたりやな?

 森の民はそれを同一視したらず。

 共に天に在る存在と伝えなれど、

 他の人類の言う【神】とは考えたらぬなり。」


このいやらしい物言いは、もう治らぬ病のようなものなのだろう。


逃避行のさなかに同行してきた頃は、どうやって追い出そうか考えたりしていた存在だが、近頃はツェルゼンに対して抱くような親愛の情を時々感じている。


ただ今の様に嫌味を述べて来るので時々数段落ちる親愛だが。


とにかくエルフたちにとってみれば『【神】などいない、ただ【偉大なる魂】が在るだけ』という考え方なのだと理解出来た。


【悪しき神】という存在も、人間たちが思う【神】というものではなく、【偉大なる魂】に対しての【邪悪の根源】という概念なのでは、と思わされた。


「ではチェチャル殿が言っていた【巫女】なる存在。

 あれについてはどう思う?」


「無論、【神】ならず【精霊の力】なり。

 その力は君の才と近し。

 さ思わざりきや?」


皇国にてチェチャルから【巫女】について説明を受けた時のことを思い出す。


【巫女】は【神の御使い】とされる天子を助ける者として度々歴史に登場した存在とのことだった。


国を纏める天子の傍に在り、その祈りは時に未来を切り拓き、大地に豊穣をもたらし、人々の心を癒したと伝えられていると。


隣でニコニコと私たちの話を聞いている幼馴染みの少女を見やる。


その話を聞いた時も思ったが、私よりカンディの方がその力に近い気がする。


「ん?」と首を傾げる彼女の頭を撫で、爺ぃエルフの問い掛けは無視して立ち上がった。


「さ、そろそろ行こうか。

 獣人の民が待っている頃だろう。」



 陽が赤くなる前に、獣人の患者が待つテントへ到着できた。


軽症の者らは既に完治して働いている為、残る者は快癒に時間の掛かる者だけだった。


子供に関しては労働を求めず、治り次第国の親許に帰している。


「ジッガ様、

 ありがとう、今日も、お願いする。」


「うん、

 だいぶ良くなったなトルックゲイル。

 毛並みに艶が出てきた。」


「あは、ジッガ様の、おかげだ。」


まだ十六歳だという剛毛の騎士が無邪気に応える。


ボストウィナの村出身だそうで、【おすそわけ】に訪れた彼女が思わぬ再会に驚いていた。


『王様に追い出されたのか!?』と怒る彼女に状況を説明すると、『助けてくれてありがとう!』と泣いて感謝された。


歳の離れた姉弟のような関係性を羨ましい思いで見つめていたら、ゲーナから『私たちだって姉妹同然だよ』と頭を撫でられた。


そんなことを思い出しながらトルックゲイルに【奇跡の力】を流す。


カンディの魔法で緩和してるが、やはりだいぶ痛いらしく顔をしかめている。


剛毛に覆われていても苦しみの表情だけは分かり易い。


魔力の状態が安定してきたのを感じ、いったん循環を止め、ソムラルディを仰ぎ見る。


目が合うと鼻を鳴らして頷いていた、どうやら治療のコツを掴んできたようだ。


それから残る者たちを治療したあとテントを出た。


夕日がもう山際にかかる時間になっていた。


何も事件が起きなかった今日という日に感謝しつつ、共同食堂へ向け歩き出した。



「え? 【神様】ですか?」


偶然食堂で一緒になったラポンソに【神】について問い掛けてみた。


「あぁ、現在区民の半分は元連邦民だ。

 宗教観を知ることも、

 キミたちの価値観を計る一助となるだろう?」


「あ、そういうことですか。

 そうですねぇ……、

 領地ごとに微妙に違うんですが、

 【善き神】に祈りを捧げる人が多いですかねぇ。」


「ほぉ、

 隣の聖公国の影響があるのか?」


「どうなんですかねぇ?

 確かに国全体としては聖公国との交流が多いと思います。

 精霊国は貧乏なので【鉄】をあまり買ってくれませんから。」


「はは、そうか」


我知らず笑いが漏れる。


「あ、今は精霊国が貧乏だなんて思ってませんよ?

 チュバリヌ様の【喰わせ者】ぶりを知りましたからね。

 私たちはずっと、騙されてたんですねぇ……。」


「国を飛び出さなければ分からないことは多い。

 私たちもそうだ。

 小さな村の狭い世界で生きていたのだから。」


「本当にそうですよねぇ。

 あ、神様の話でしたね。

 そういえば、あの精霊国から攻めてきたレヂャンバって人、

 あの人の最期って【悪しき神】の昔話みたいでしたよ。」


「ほぉ、聞かせてくれ。」


連邦の昔話は、確かにレヂャンバの最期を彷彿とさせるものだった。



 欲深い男が好き勝手暴れ回り、とある深夜に不思議な声を聴く。


『望むものを与えよう』という声に、男は欲望のままに願い続ける。


金、女、力、次々と願いは叶う。


だがある日、池に映し出された自分の姿に男は驚く。


「なんだこれは!?」


男はまるで【悪鬼】のような姿になっていたのだ。


森の中に逃げ込んだ男だったが、やがて国の兵士らに斃される。


すると男の身体から黒い魂が飛び出し、怨念を撒き散らし爆散した。


男は【悪しき神】に魅入られていたのだ。


欲に憑りつかれた、哀れな男の最期だった。



「欲を出すのも程々にした方がいい。

 そんな教訓のための昔話ですね。」


「なるほど」


ラポンソの語る昔話を聞き、私の脳裏に真っ先に浮かんだのは、かつて【亜人戦争】を引き起こした【シャーディン王国】の【凶王】のことだった。


レヂャンバは人の姿をしていたが、行動は常軌を逸していた。


もし彼が死なずにそのまま暮らしていたら、【悪鬼】となっていたのでは?


【悪鬼】たる【オーガー】とは、元々人間だった?


ソムラルディに視線を送ると、こちらを見て頷いている。


「ラポンソ、興味深い話をありがとう。

 明日、会議を開きたい。

 予定を空けておいてくれ。」


「え? あ、はい。」


胸中に不安がよぎる。


私たちが【安心して暮らせる国】を手に入れるためには、得体の知れぬ【神】に打ち克つ必要があるのではないだろうか?




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