素直に欲しいと言える状況は幸せなことだ
自治区が成立してから実に半年以上が経過している。
季節は冬だが、ヌエボステレノスはアヴェーリシャに比較すると暖かくて過ごし易い。
何度か精霊国経由で連邦避難民の受け容れも行われたが問題無く進められた。
ガーランテ皇国からの支援物資も届いたので、寒さに凍える者も居ない。
冬の間は畑で【カブ】や【白菜】など生育期間の短い作物を育てている。
魔力が込められた土地は次々と実を生したが、一部の畑では実りの悪い場所が出始めた。
老人たちの話では、同じ作物を同じ土地で繰り返し育てると土の状態が悪くなるらしい。
違う作物の種を蒔く前に、土の状態が悪くなっている箇所を重点的に耕すことにした。
ゲーナ、リルリカ、マグシュら魔力を流し込める仲間を中心に数百人でひたすら汗を流した。
ひんやりした冬の空気が労働後の火照った肌に心地良い。
ゲーナから『畑に【祝福の光】を降らせることが出来る?』と問い掛けられたので実行してみる。
「わぁっ!」
「うひょぅっ!」
畑で作業していた全員が驚いていた。
私の祈りによって、見渡す限りの畑全体に【祝福の光】が降り注いだのだから。
キラキラと光が舞う中で、茫然とした表情ながらも天に祈る区民たちだったが、後で『あまりにも眩しい光景に自分が【死んでしまった】のかと思った』と口々に言い合っていた。
果樹園の方も順調に生育が進んでいる。
巡察の際、育てた覚えの無い【野イチゴ】のような植物が実を生らせていると報告を受けた。
発見した若者に薦められて一粒食べてみる。
酸味が強いが甘みも感じられてそこそこ美味しい。
折角生っているのだから、と皆で収穫する。
一粒一粒が小さいのでかなりの数が獲れた。
若者たちと分担して袋を抱え集落に戻ると、広場に子供たちを集め、配って回った。
百人前後の子供たちがわらわらと集まってきて、野イチゴの味を堪能している。
マグシュもちゃっかり参加しており「酸っぱ美味い!」と感想を漏らしていた。
果樹園で働く者の内、特に熱心に働いているのが『酒好き』たちだ。
主に【ブドウ】に似た果実を栽培している為、実が生ったら【酒】を作れるようになるのだという。
獣人の国にも【酒】はあるが、【イモ】から造るものしかないようなので、【ブドウ酒】は交易品に為り得るだろう。
精霊国や皇国の文化も調べておく必要があるな、と頭の中でメモしておく。
もしかしたらゲーナやカカンドが既に調査済みかも知れないが。
いずれにしろ現状で他国への交易品として自治区特産と云えるのは、カンディの【実りの種】しかない。
皇国への先行投資が実を結び、【実りの種】は高い価値を付けられ、多くの生活必需品との物々交換となっている。
皇国が物資と共に種を沢山積んでやって来て、物資を降ろすと、カンディによって種に魔法が掛けられ、それを持って帰っていく。
精霊国も似たような取引方法だが、彼らが置いていくのは通貨のみなので、距離も近いことも有り、身軽で気安い取引となっていた。
たまに村の代表のような者が種を袋に入れ単騎でやって来ることも有る。
『魔物に気を付けろ』と注意するのだが『最近は安全だから大丈夫』と一向に気にせず精霊国へ帰っていく。
【草原】と精霊国の間には森林が広がっている筈だが、あそこに【魔物】や危険な野生動物はいないのだろうか?
現在、リベーレン自治区は今までで一番落ち着いた状況となっていた。
連邦や聖公国は策が当たったのか鳴りを潜め、連合王国もあれから何も動きが無い。
精霊国や皇国との取引は順調で、最近は獣人の国も【実りの種】の対価を払い始めている。
『貰ってばかりいるわけにはいかない、もう対等の立場だ』とゼダックヘインから伝えられ、調味料等との物々交換をするようになった。
ただ『約束だから』と無償の深井戸掘りだけは続けた。
そろそろ百在るという全ての村に深井戸が開通する見込みだ。
一応それでゼダックヘインたちと本当に【対等】と云える立場になると思う。
総人口的には六百対数万だが、向こうが『対等だ』と言ってくれるのだから、心意気だけは対等でありたい。
ある日、またもやキシンティルクから相談を受けた。
「獣人のうち、怪我してる者、居る。
ジッガに願う、怪我、治して欲しい。」
以前聞いた話だな、とハザラを見やるが、首を横に振っている。
彼の差し金では無いらしい。
「仮住まい、前に見た、布と天幕だけでいい。
獣人は丈夫、あれで平気だ。
滞在中、食料送る。
対価は、労働力、どうだ?」
話の行間を読んで推察するに、怪我人の住まいは簡単なものでいい、滞在中の怪我人が食べる分の食糧は国で負担する、怪我が治ったら気が済むまで自治区で働いてもらうという条件でどうだ、という話らしい。
ゼダックヘインによって魔物が粗方斃された獣人の国に、重症患者がそれほど多く居るとは思えない。
数を訊いてみると五十人程だという。
怪我の程度によるがそれならば問題無いだろうということで可決された。
その数日後から、怪我をした獣人が馬車で次々と運ばれてきた。
老若男女問わず、様々な怪我人が居た。
足を引き摺る者、片腕が動かない者、目が見えない者、腰の痛みで動けない者などが順々にテントに引き取られていく。
予想通り命に関わるような重症患者は居なかったが、完治まで時間の掛かりそうな者もチラホラ見受けられる。
時間の掛かる者や老人子供を優先して、魔力循環による治療を始めた。
カンディとソムラルディを補佐に付け、全力の【奇跡の力】を流し込む。
症状によっては一回の治療で完治して、感謝のあとすぐさま仕事を欲する者もいた。
数日治療が行われ、最初に運ばれてきた際の暗い雰囲気が嘘のようにテントの中に活気が溢れてきた頃、【重傷患者】が二頭立ての馬車で荒々しく運ばれてきた。
ゼダックヘインが付き添っていることで事態は察せられたが、一目見て【命に関わる】と分かった。
「テントじゃ駄目だ!
治療室へ運べ!
揺らすな! 慎重にだ!」
指示を伝えてから、カンディと共に治療室へ駆け込む。
「先生!
獣人の重症患者が来た!
準備を!
カンディ! ベッドや包帯の【浄化】を頼む!」
「おぅ!」
「うん!」
やがてガヤガヤとしたざわめきと共に治療室の戸が開かれた。
「患者以外は入るな!
怪我が悪化する可能性がある!
ゆっくりこの台に乗せるんだ!」
ゼダックヘインが自ら患者を輸送台に乗せている。
「ジッガ、
【トルックゲイル】、助けてくれ、
こいつまだ若い、死ぬには早過ぎる。」
「全力を尽くす!
【王】として堂々と待て!」
「う、わかった、
ジッガ、信じてる。」
「任せろ!」
戸を閉め、患者を治療台に乗せる。
すぐに両手を取り、全力の魔力循環を始めた。
カンディも精神安定の魔法を掛け始める。
「先生!
通常治療も同時進行してくれ!」
「うむ、
しかし酷い傷じゃ、
獣人だから何とかもっとるが、人間ならとっくに死んどるぞ。」
魔力循環の影響か、脈動に合わせて腹の傷から血が噴き出る。
コゥヌスが必死に布で抑えるが、血が止まらない。
すると背後で見ていたソムラルディが珍しく手を出した。
「そのままには危うし。
暫く冷して血の流れを止む。
まま抑えよ。」
そう言って、負傷箇所に冷却魔法を掛け始めた。
血の噴出は収まったが、危篤状態に変わりは無い。
ソムラルディは患部の過熱と冷却を繰り返して小康状態を維持している。
「キミの名はトルックゲイルと言うのか?
ゼダックヘインが期待しているのが分かるぞ!
死の安息を求めるな!
生きて王に生を捧げるんだ!」
「……お、……王に……」
「そうだ!」
眼を開け! 死に抗え!
その魂を絶対に手放すな!
「……お、おぉ」
剛毛に覆われている為、治療が効いているのか外見では判断が付かない。
コゥヌスが止血に手間取ったのもそのせいだ。
だが、いつの間にかソムラルディは手出しを止めている。
気付けば握っていた両手に、力が戻り始めていた。
「ジッガ、出血が止まっとる。
なんとか峠は越したようじゃな。」
コゥヌスの見立てにホッと息を吐き出す。
だがまだソムラルディから制止は掛からない、そのまま魔力を流し続けた。
「お、おぉ?
ここ、どこだ?
お前、王の友、ジッガか?」
患者に意識が戻った、記憶の混濁も起きていないらしい。
「ここはリベーレン自治区だ。
キミは大怪我してここに運ばれてきた。
部屋の外でゼダックヘインが心配してるぞ。」
「おぉ、そうか。
治療、したんだな、礼言う。
だが、すごく痛い。
手から、痛み、流れてる。」
「その痛みは治療する魔力の痛みだ。
精神安定の魔法が流れてるからまだマシだぞ?
黙ってしばらく受け容れろ。」
「うぐぅ、痛いが、我慢する」
魔力循環を続けていると、戸の向こうでゼダックヘインらの歓声が聞こえた。
コゥヌスが患者の無事を伝えたのだろう。
少しして、ようやくソムラルディの「止めよ」という声が掛かり、緊急治療は終わりを告げた。
今までソムラルディが何を判断して制止していたか分からなかったが、今回の治療で何となく判別出来た。
患者に流れる魔力が安定してきているかどうかを見極めているのだと思う。
私の魔力には【精霊の力】が混じっているので、ソムラルディは【精霊の力】の揺らぎを感じ取りながら判断を下しているのだろう。
今回時間が掛かったのは、獣人が魔力に対する耐性が低いことに起因していると思われた。
それをソムラルディに伝えると、
「漸く気や付きし、
なお思考を働かせよ。」
と嫌味臭く言われた、本当にこれさえ無ければ、と思う。
トルックゲイルが眠りについたので、あとはコゥヌスに任せ部屋を出る。
外では感極まったゼダックヘインに抱き上げられ、ぐるぐると廊下で回転した。
獣人たちに次々と感謝の言葉を述べられたので、
「感謝は一度でいい、
ゼダックヘインの【友】であるキミらは、
私の【友】でもあるのだから。」
と返しておいた。




