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滂沱の日々  作者: 水下直英
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正義とは一体なんなのか説明してくれ


 無事に自治区へ帰り着くと、集まった区民から次々に労いの言葉を貰った。


会うなり抱きしめてくれるニーナを抱きしめ返したあと、魔力循環をしながら留守中の出来事について聞く。


新たに移住してきた二百名が私の不在により少し不安がったそうだが、スムロイとハザラが上手く収めてくれたそうだ。


大勢の人間を纏めてきた者はこういう時に頼りになる。


見習うべき仲間が多く、学ぶ時間が足りないな、と気が焦ってしまう。


とりあえず、集まった人々に『交渉は大成功だった』と伝え解散させた。



 まずは区役所に行き詳細を報告する必要がある。


私たちの到着を聞きつけ、主だった者らは既に集結しており、その成果に喜んでくれた。


ツェルゼンもいつものムッツリとした表情を崩し微笑んでいる。


この交渉の結果如何に自治区の未来が懸かっていたのだから、当然の反応とも云えるだろう。


エンリケにも【鞭】によって自治区の威厳が守られたことを伝えておく。


「じゃあ魔法使い専用の魔物素材武器を開発してみようかな。」


と、やる気をみなぎらせ始めた。


ますます引き篭もりに拍車がかかる気がする。


だがそれが自治区にとって有用に働いたのだから、何とも引き留められない。


その後、モンゴから警備隊の活動について報告を受けたり、ツェルゼンから訓練の進捗状況について教えられ相談をしたりした。


ハッゲルからも生真面目な報告があり、兵士の一人が精霊国出身の女性と結婚を望んでいるという。


めでたい事だとすぐに賛成して、結婚式の時には盛大な【祝福の光】を捧げることを約束した。


ハザラにも報告を求めたが、『現状は問題無い』という簡素な答えを貰った。


彼が問題無いと言うならば、本当に問題が無いのだろう。


むしろ簡素な言葉だったことに安心出来た。


区民を構成するほぼ半数となった連邦出身者の代表であるラポンソからの報告でもそれが分かる。


移住者らは良く働き、畑はどんどん拡張され、仮住宅も次々建設されテントはもう必要ないとのことだった。


生活に慣れてきたのでそろそろ警備隊に参加したいという者も現れているらしい。


問題無く、順調に融和が進められている。



 報告会が終わり、皆が解散していく。


使節団参加者は本日休息を取るよう言われている。


だが私はなんだかジッとしていられなかった。


一週間離れていたことで自治区は僅かに変化をしている。


それを早く知りたくて堪らない気持ちだったのだ。


ついて来ようとするカンディとソムラルディを押し止め、身体能力全開で自治区内を飛び回った。


畑で働く人々、集落で家屋を建てる人々、広場で遊ぶ子供たち、果樹園で鳥を追い払う人々、訓練場で汗を流す人々、果ては牧場まで駆けて馬の世話をする人々に声を掛けていった。


自治区で暮らす人々は既に五百名を軽く超えている。


【区長】となった頃は、その責任の重さに憂いを感じたことも有った。


だが、今は区民が増えていくことに歓びを感じている。


区民が安心して暮らせている、皆が生きることの幸せを感じられていることに、自分自身の存在意義を見い出すことが出来ているのだ。


『獣人の国や皇国のような国を創ろう』


私はこの一週間の旅で、【統治者】としての意識を大きく刺激されていた。




 皇国から帰還して十日後、私たちが皇国で購入した生活物資が到着した。


これで移住者らの生活レベルを向上させることが出来る。


食糧物資の支援はまた後日に予定されている為、今回は衣類や寝具などの布製品が大半だが、女性用の装飾品などが色彩豊かな箱に入れられているのを発見した。


「おや?

 こんなの目録にあったか?」


鏡や髪留めなど、交渉の時には話に出なかった品物を前に困惑する。


「ハッ、チェチャル様が『主上様からの贈り物である』と、

 取り決められた品物に付け加えられておりました。」


「おぅん……、そうなのか。

 ありがとう、礼を言っていたと伝えてくれ。」


「ハッ!」


輸送してくれたのは兵士なのだろう。


きびきびした動きで荷物を運び終え、綺麗な敬礼をして去っていった。


まさか更に贈り物を貰うと思っていなかったので返礼品を用意していなかった。


手ぶらで返してしまったことを相談したが、


「無いもんはしょうがねぇだろ」


と、カカンドにあっさり言われて何も言い返せなかった。


折角だからとゲーナたちが装飾品を付け合っていたが、ハザラから『争いの原因になる』と、暫く倉庫に眠らせておくようにきつく言われていた。


区民に広く普及するまでは、と贅沢品は同様に倉庫行きとなる。


特権階級と示されるような物は身に付けないように、との注意も受けた。


いま自治区は仮初の【平等】によって成り立っている。


富を分配出来るようになるまでは、区民に差をつけることなく生活させなければすぐに不満を持ってしまう、とのことだった。


納得できる理由であったのでゲーナらはすぐに従った。


『早く皆が着飾れるように、自治区を豊かにしよう』と意気込みを新たにするゲーナらに、微笑ましさと可笑しみを感じ、少し笑ってしまった。



 さらに数日後、今度はキシンティルクの訪問を受けた。


また連邦と聖公国の使者がやって来たらしい。


前回相談した通りの返答をしたところ、連邦側は想定通りの反応を見せたが、聖公国側が険悪な感情を露わにして粘ったとのことだった。


『【精霊】が癒しの魔法を使うなど聞いたことが無い。

 ジッガなる者は【聖女の力】を持っている。

 我が聖公国に在ってこそ、その力は【正義】となるのだ。』


と、主張を曲げなかったそうだ。


キシンティルクの方も、『ジッガは【精霊】だし【エルフ】が保護してるから』と言い張り、『文句があるならエルフに言え』と追い返したらしい。


「長耳、すまんが、聞いての通りだ。」


「謝る要は無し。

 そう言えと言いしは我なり。

 聖公国が想定以上にくらかりきと言うばかりなり。

 昏し者は手にえ負わずな。」


エルフの言う『昏い』は『愚か』を意味する。


確かに聖公国は想像以上の馬鹿共らしい。


「ジッガ、どうする?

 聖公国の国境、封鎖するか?」


「うーん、

 どう思う?」


仲間たちに問いかけてみる。


するとまずゲーナが返答した。


「そのままでいいと思う。

 変に刺激したら暴発する危険があるからね。

 たぶん聖公国単独では何もしないよ。

 連邦と合同だから強気なだけじゃないかな?」


「確かにそうだな、

 連邦が使節を寄越すまで動きを見せなかったしな。

 自分たちだけで獣人らに喧嘩売ろうなんて気持ち無ぇんだろ。」


ゲーナとカカンドに続いてハザラも意見を述べる。


「そうだな。

 連邦が戦うならその尻馬に乗ろうって魂胆が透けて見える。

 相手にする必要は無ぇだろう。

 可能ならチュバリヌみてぇに策略を仕掛けてぇとこだがな。」


「噂を流す、ということか?」


「あぁ、聖公国経由で行商人は通ってんだろ?

 聖公国の密偵も紛れてるに違いねぇ。

 それに獣人は嘘を吐かないことで有名だ。

 話して聞かせりゃ真に受けること間違いなしだろ。」


「ふぅむ」


話の流れにキシンティルクは目を丸くし、ソムラルディは口をへの字にしている。


二人の亜人は人間の悪辣あくらつさを目の当たりにして思う所が有るのかもしれない。


だが、それに対してのフォローは後に回すことにしよう。


「で、どんな噂を流せばいいんだ?」


私の問いにハザラはニヤリと片側の口角を上げ答えた。


「今回も聖公国から来たのは【ナールメイナ】って狂信者なんだろ?

 結構偉いはずの【司祭】が何度も来てんだ。

 その要求はその女の考えである可能性が高い。」


「なるほど、その司祭の悪い噂を流すんですね?」


「そうさ、

 ナールメイナは獣人の前で口を滑らした、

 【聖女の力】を独占しようとしている、

 聖公国に内乱の可能性が出てきた、そんな感じだな。」


「ほほぉぅ」


ハザラの策を聞き、皆が感心して唸り声を上げる。


その噂が聖公国内に広まれば、ナールメイナはこちらに構っていられなくなるに違いない。


「だが、行商人、かなりの人数。

 密偵、どう見分ける?」


「ジッガがいれば【悪意】で見分けられるだろうがな。

 ま、でも今回の件なら大丈夫だ。

 行商人全員に言ってやりゃいいんだ。

 この話は本当の可能性も高いしな。

 罪悪感無く伝えて構わんぜ。」


「おぅ、ん、分かった。

 皆に伝える。」


「これが【策略】だ、ってことは言っちゃダメだぜ?」


「言う訳無い、

 策略と知る、俺だけ。

 商人相手する獣人、伝えておく。」


キシンティルクが胸を叩いて請け負ってくれた。


これが成功すれば暫くの間は彼も私も聖公国に悩むことは無くなるだろう。


レヂャンバの例もあるので【暴発】だけが心配だが、聖公国は【司祭長】の元に【聖公救国軍】なる軍隊の指揮権が集約されていると聞く。


ナールメイナがトチ狂って私兵をもって攻め込んできても、大した数にはならないと思われた。


人生で数少ない【嘘】を言わねばならないキシンティルクを、帰還の際にまた励ます。


嘘を吐くことに痛痒つうようを感じない人間の罪深さを感じながら、肩を落とし帰っていく彼の後ろ姿を、暫くの間見送っていた。




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